夜の町

夜の町は暗い。そして、奇妙に明るい。
隆敏は人気の無い様であって、しかしそれなりに人のいる通りを抜けながら、近所の食料品店に向けて歩を進めていた。
「紀子。こっちだ」
他の店に目を向ける紀子に、隆敏は声をかける。
紀子は隆敏にしか見えないようになっている。変な男だと思われるかも知れないが、仕方がなかった。
「はーい」
そのまま歩いているが、どうも紀子の様子がおかしい。
きょろきょろとあちこちを見回しては、一点で目を止め、その度に隆敏の服をぎゅっと握る。
「どうした」
「・・・いっぱい、いる。目から血を流してるのとか、人の背中にくっついてるのが」
「何処に?」
「暗い所」
そう言って紀子が指さす方向を見ると、閉まった駄菓子屋や、寂れた店先などの暗闇で微妙に何かが蠢いている様にも見えた。
紀子の傍に何時もいるからか、そういうものがぼんやり、隆敏にも見える様になってしまった。
しかし、そんなにリアルにくっきり見えるわけでもないから、そんなに恐くはない。
「ああ、確かに。でも無視しろよ。あんまり見てると付いてくるって聞いた事がある」
「本当?」
「多分」
隆敏の服を握る手に力が入る。
「今まで、ここは通った事が無くって。
 他の場所の幽霊なら何度か会ったけど、あんなのは見た事が無い」
他にも幽霊がいる。
考えてみればそうだが、少し隆敏には意外だった。
「あれ? 紀子ちゃん」
そう声がかかる。
見れば、天然の茶髪に碧眼の青年が、ラフな格好で手をあげて立っていた。
「久しぶり」
「あ、トムさん。お久しぶりです」
教科書にでも出てきそうな名前だった。
「こんなところで会うなんて珍しいね。とりあえずあれらには目を合わせない様に。隆敏さんも」
どうして名前が分かったんだろう。
そう思ったのが顔に出たのか、トムと呼ばれた青年が笑う。
「有名だよ。恐がりもせずに淡々と紀子ちゃんと同居してる、変わり者って」
変わり者。そうなのか。
「僕はトム=グリーン」
本当に教科書に載ってそうな名前だった。
「ずっと昔からここにいるものだよ。
 幽霊でもないし、ご神体でもない。何か自分でも分からない。
 だからそんな名前なんだ」
そういう事か。隆敏が納得していると、トムが手を差し出す。
「よろしく」
「よろしく」
「これから、ジュースとか買って貰うつもりなんです、トムさん」
紀子が安心した顔で言う。
「へえ。じゃあ、僕も付いていくよ。隆敏さん、どうやら結構付いてこられやすいみたいだし」
「え?」
「今までは、そう、友達や彼女に嫌われる人種が居たみたいだけど。
 離れてるでしょう。暫く」
「ああ、はい。心当たりが」
真と玲奈のどちらかだろう。
「さて、では行こう。今の時間ならちょうどタイムサービスをしているはずだ。
 俺も一応お金はあるんだ。今宵は三人で飲んでみないか」
にっこりとトムが笑う。
別に拒む理由もないので、
「はい」
頷く。
「では、行こう」
街灯が照らすなかを三人は行く。
三人が歩くのは、奇妙なものが居て、でも誰もそれに気付かない、
夜の町。



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