冷たいてのひら

「……帰りに、誰かに会ったかい?」
家に帰って、そうトムに聞かれて、隆敏はどきりとした。
「ああ、はい。真に。でも、何もなかった」
「そうかい? なら、良いんだけど」
「ここら辺の喫茶店で良いのはないかって聞かれたから、『トロイメライ』の話をしたんです」
そう言った途端、トムが血相を変える。
「何だって!? あの店は『見える』奴にしか見えないんだよ!?」
さっ、と隆敏の体から血の気が引いてゆく。
「ばれたかも、知れないって言う事ですか」
「そうだ。……少し警戒しておくよ」
トムがさっと腕を上げる。そこに空間から浮き出てきたように、真っ白な蛇が絡まる。
芳柳(ほうりゅう)。探ってくれ」
『承知した』
そういって蛇の姿がぼやけた、その時だった。
バン、と窓ガラスに何かが当たる。
隆敏達から、少し離れた所に座っていた紀子が立って、ガラスの向こう、ベランダを覗き込む。
「あ、烏だ」
トムの顔色が変わった。
まだ生きてるよ、といって紀子が窓ガラスをあけようとしたその時、バリンという音がして、ガラスに蜘蛛の巣状のひびが入った。
キシぃ、と蛇の鳴く音。
そして風の吹く音がし、一瞬外の景色が見えなくなっかと思うと、すぐにそれは無くなった。
烏はおらず、その代わりに数枚の黒い羽根が落ちていた。
紀子がただならぬ雰囲気を察して隆敏の方へ近寄ってきて、彼の服の裾を握る。
隆敏がそれに包み込むようにして触れて感じたのは、
緊張ですっかり温かくなくなってしまった、
氷のように冷たいてのひら。



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