寂しい笑顔

「ええと、ニンジンに・・・ジャガイモっと」
隆敏はメモを片手に、食料品店の野菜売り場を歩いていた。
いつも紀子と居るわけにはいかないし、バイトの帰りなので隆敏だけだ。
しかし、傍らには今朝に帰ったはずのトムがいつの間にか付いている。
「今夜はカレーか。またお邪魔するよ」
「はい。……トムさん」
「何だ?」
「昨日言ってた事、多分本当だと思います」
「聞いてたのか」
「はい。あの話で思い出しました。
 昔、祖父ちゃんの家に遊びに行ったときとか、皆は分からない子達と遊んでたりしたんです。
 でも、その内段々見かけなくなってしまって、今まで、忘れてました」
そう話す間も、ジャガイモをチェックして二、三個カゴに入れてゆく。
「そうか。今は少なくなったけど、そういう子供はいるからさ」
「真、っていう親友が俺には居るんです」
「ん?」
「遠い親戚に神社の人がいるんだそうです」
「へえ。じゃあ、見えるかも知れないな」
「会いました。紀子と、会わせました」
トムが目を見開いた。
「会わせたのか!?」
「はい。あいつ自身は何も見えないって言ってたから。
 それに、俺は紀子を、居ても当たり前の者だと思ってました」
「成る程ね。でも、もし見えてたとしたら危ないね。
 神社の血筋ってのは生半可なモノじゃないから」
「すみません」
「別に良いよ。幸い、傍にいるだけだと逆にその素質のおかげで、君は紀子ちゃんにはあてられないから。
 いざとなったら、僕がどうにかする。ここらへんで一番強いの僕だし」
「有り難うございます」
「まあ、最近はそんなに目くじら立てて僕らを倒そうとはしてこないし」
ほっ、と隆敏は息をつく。
「あの子、死んでるかどうか分からないしね」
「え」
「そういうのが時々居るんだ。
 ……八割方死んでるけどね」
複雑な表情をした隆敏だが、それきり何も言わない。
「だから大抵の奴らは躊躇うよ。
 でもどういう理屈か、放っとくと鬼に成るとか、傍にいると弱るとか、ワケ分からない常識があるみたいでさ。
 素質がある奴はどうか知らないけど、凡人に死んで十年やそこらで鬼に成られなんかしたら、僕達の面子が立たないっての」
「そうなんですか?」
「そう。で、大体は僕らが浄化したり黄泉へ導いてあげたりするし、紀子ちゃんみたいに君みたいなのにとっては居てもいい存在となるのもいる。
 紀子ちゃんは霊に成るまでの記憶が無いから、尚更無害なんだ」
「ああ、どうもそうみたいですね」
「なのにさ、こっちにも犯罪者みたいのが居てさあ、人間に悪さしまくる。それで人間達は僕らを敵視するんだ。
 あいつらにとっては僕らを殺す事が正義なんだよね。自分が殺されるのは嫌がるくせに」
「すみません」
「君が謝る事無いよ」
微笑んでトムは一つ、スナック菓子を手に取った。
「そう言えば君、紀子ちゃんにホの字なのかな」
世間話のように言われた一言に隆敏は慌てた様子で、
「そんな事無いですよ。どうしてです」
「そうじゃないと、仮にも女の子を同居させないでしょ」
そのまま二人してレジに歩く。
「あいつはあそこにいたいみたいですから。いても害にはならないし、追い出しても戻ってきます」
「そう。でも、もしそうなってしまったら、覚悟を決めなくてはならないよ」
「分かってますよ」
「僕も一度、人間を好きになった事があった」
「え」
隆敏の驚きの声には応えず、レジで精算を済ます。
ビニール袋は受け取らなかった。
隆敏もそうした。3675円だった。
台にカゴを置き、袋に詰める。
トムはそのまま買い物袋を何処からか取り出してその中に菓子を入れた。
「平安の世だったけどね。僕に最初の名前をくれた。
 でもあっけなく死んじゃってさ。告白すら出来やしなかった。
 辛かったよ。後を追う事すら出来ない自分がね。
 待ったけど、ああいう奴はこの世に帰ってくるには馬鹿みたいな年月がかかる。
 そのまま君達を見るまで、思い出さないようにしていた」
「・・・」
「ああ、暗い話をしてしまったね。
 とにかく、霊と暮らすにはそれなりの覚悟がいる。
 まあ思うよりは凄い覚悟じゃないから」
「何言いたいのか分からないです」
「僕も分からない。取り敢えずは協力させて貰うよ」
もしかしたら、『その人』に会えるような気がする、と続けて、トムが浮かべたのは、
何時までも続く痛みを抱えているような、
寂しい笑顔。



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