「ああ、この先が神剣エクスカリバーのある街だな」
ヴィブラートが手を額に当てて遠くを眺める素振りをし、振り向いて皆に伝える。
「……ねえ」
「なんだよ、エルシア」
「なんでこんなあっさり着いてるわけ?
伝説とかだったら一悶着あるでしょうが」
「だって今は現実だろ。それにさあ、なにか一悶着あって欲しいわけ?
そんなのに巻き込まれる程弱かったら困るだろ、いくらなんでも」
さっぱりと返すヴィブラートにエルシアは黙り込む。
「神剣か。でも、俺に抜けるわけ? それ」
アレックが首を傾げる。
「運だな。
まあ、たかかクジ引きで人生を変えられた哀れな勇者様なんだから、剣も同情してくれるさ」
フェイダが即答した。
「神剣ですかぁ。格好良さそうです」
そう呟いたトム=グリーン君は数秒後、大量の物品の買い出しを任せられて半泣きになった。
*
ここが、有名な神殿のある街か。
彼は辺りを見回し、その景色に嘆息した。
街の壁は見事に白い。遠目に見える神殿は更に豪奢に輝いているように見える。
美しい。そして、興味深い。
どうしてこの街が成り立ったのか。
神官達はどんな術を使うのか。
辺りを更に詳しく見回し、道の反対側に適当な食事屋を見つける。
『郷土料理 ファイソン』。なかなか良さそうだ。
彼は若干空いてきた腹を押さえ、石畳を踏みしめて歩き出した。
***
「ああ、美味しい」
郷土料理の店、『ファイソン』で、アレックは料理を頬張りながら感嘆の声を上げた。
「本当ね。お前の直感に任せて良かったわ」
エルシアもそれに同意する。
「もうすぐ迎えが来る。それまでに食べちまうぞ」
フェイダは鰹のタタキを囓ろうとする手を止めて指示した。
「あの、僕までお相伴にあずかって良いのですか」
トム=グリーンが聞くが、
「いいのいいの。買い出ししてきてくれたんだし」
エルシアにそう答えられ、素直にハイ、と釈然としないながらも頷く。
そのまま店にいる客の中でひときわ賑やかに、一行はコース料理を食べ尽くしていった。
*
「……と、そうだ。フェイダ。この街についての情報が欲しい。
最近の出来事について」
他の者はまだ食べている中、食事の終わったアレックに聞かれ、満腹を感じていたが他の者に会わせて箸を進めていたフェイダは、食器を置いてアレックの方に向き直った。
「ああ、いいけど。
この街、グルーシュカラムは、ラーグ教の総本山だ」
「成立年代は千年前。始祖はラーグ=ディシュニカ。ガルズ神を崇拝する。
この大陸の八割の土地で信仰され、それ故に政治的影響も大きく、予備隊含めて六千に上る神官団による兵力も有する。
宗派は大きく分けて三つ。『始祖派』『原典派』『ギルニード』。だが、ガルズ神を第一とするならば他の神の信仰も許すため細分化するときりがない。
と、こんな感じか」
「そうそう」
「俺は信仰してないけどな。人々の環境や生活を映し出すものだから、宗教の教義やらには興味有るけど。基本的にナスカはフォーティア信仰だし」
「へえ」
「そうでなければ客観的に情勢を把握できないし」
さらりとそう言うアレックを見て、アレックの言動は少し変わっている、とフェイダは思う。
『辺境の若者だから情勢を把握する必要がない』とは言い切れないが、まるで本を丸暗記したようなラーグ教の説明といい、国教であるそれを、客観的情勢の把握の為に信仰していないと言い切り、けれど教義から得られる情報が欲しいという事といい、いくらそういう年頃だからといっても違和感がある。フォーティア信仰の土地に住んでいたのに、ラーグ教に詳しそうなのも謎だ。
やはり『勇者』だからだろうか。だが、くじ引きで強引に決まったはずだし、やはり妙だ。
そうフェイダは疑問に思ったが、それを口に出す前に、
「じゃあ、最近起こった出来事とかは? エクスカリバーって?」
アレックに質問されてしまう。
「連続殺人が一件。解決済み。あと、神官の不正が二、三発覚しただけだ」
「エクスカリバーは?」
アレックが身を乗り出す。フェイダはその瞳の中に旺盛な好奇心を見て取った。
エクスカリバーで戦う羽目になるのはアレックだ。アレックは勇者に望んでなったわけでもないのだから、楽しんでいる場合ではないのではないだろうか。どうも脳天気な奴だ。
「……神剣と呼ばれるだけあって、恐ろしく切れ味の良い、古の勇者・ヴェスティアーサの剣であったと言われている剣だ。
オリハルコンでできているらしい。カルズ神から刀匠が賜ったといわれている」
「ああ、だからこの街にあるんだ。一応街紹介の紙は見たけど…あの神殿だろ。迎えが来るっていう」
「そう。神殿にある。どんな風に保管されているかは俺も知らない。
何人かの勇者も用いたというけれど……資料をそこまであさってないからな。
まあ、お前が城で読んでた文庫本に書いてあるような、オーソドックスなもんだろ。
何百という剣の中から選ばせる、とか、石に刺さっているのを抜く、とか」
「あー、成る程」
「あと……そうだ、そういえば……氷に封印された聖女もいるって話だ。
俺が二、三歳頃かな……親父が話してた」
「ふうん。なんかやったの? その聖女様」
「さあ……。でも、神官の奴らが使うのは炎やらなにやら、暖かい感じの魔法だし」
「……あ、そ」
アレックが眉に皺を寄せ、不快そうな表情をする。
「……おい、俺だって完璧に説明できるワケじゃないんだからな」
少しむっとしてそう言うと、
「いや、違う。ごめんごめん。情報はそれだけで十分なんだけど……。
なんか、こう、イヤな事思い出しそうな感じで……」
頭を押さえてアレックがうめく。つう、と一筋の汗が額を伝い落ちた。
「おい、大丈夫か?」
「ん」
アレックは額を押さえながらも体制を直し、水を飲む。
心なしか青く見えた顔にも、赤みがすぐ差した。
「あー、すっきり」
そのアレックの代わりのように、入り口近くの席で酔っぱらいらしき男が倒れたらしく、大きな鈍い音が聞こえた。
*
あの突然倒れた男、酒でも飲んで酔っぱらっていたのだろうか。
彼はぼんやりそう思いつつ、次の街の方向を向く。
街の門も歴史がありそうで、この街の興味深さを思い起こさせた。
神殿、神の像、資料、聖女。
……そういえばあの聖女、どうしたものか。
彼は思案する。
そのまま数十秒。
まあ、なるようになるか。
そう結論づけて、彼は歩き出した。
*
やはり倒れたのは酔っぱらいだった。
黒い髪に碧の瞳のちょっとしたナイスミドルではあるものの、酔った赤ら顔は臭いしなんか嫌。
そうは思うものの、迎えに来た神官さん達が、治療をすると言って運んでいるのだから、一行はその酔っぱらいと神殿まで同行せねばならなかった。
「うう、臭い……」
エルシアは思わず口を押さえる。
彼女とは対照的に、実家の客商売で慣れているヴィブラートと、酔っぱらった父親を介抱し慣れているアレック、割と神経の強いフェイダ、警備の手伝いで絡まれ慣れているというトム、そして意識して嫌なものは視界に入れないルーンの男五人(実は四人)集は平然としていた。
「お前達、よく平気だな」
冷静ににおい消しの結界を張ったソードが、それでも鼻をつまみながら言う。
「済みません、もう少しで着きますので」
神官が謝る。そしてその神官に向けて酔っぱらいがえづく。
「吐いたら神殿から放り出しますよ」
「……うっぷ。分かったよ」
神官の厳しい一言に答える声は、意外に若い。
そのままゴクリ、と喉を鳴らし、酔っぱらいのオッサンは仰向けになって息を吐いた。
「……知り合いですか?」
ルーンが訝しむ。
「ええ。そうです。ヴァルム=ディシュニカ。お恥ずかしい事ですが、我らが始祖たるラーグ様の子孫にあたります」
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