盛大なファンファーレが鳴り、民衆が盛大な声援を送る。
その中をアレック達は歩いて、早く城から遠ざかろうとしていた。
フェイダが偽の仲間の選出理由を何をどうしたか通してしまったせいか、民衆の中には何故か涙する者までもいる。
どんな選出理由なのか知りたくもあったが、何となく恐いので聞かない事が暗黙の了解となっていた。
その巨大なドラゴンは美しいエメラルドグリーンの鱗を光らせ、王都の外れの森の中に鎮座していた。瞳はこれまた美しくサファイアの色に輝き、爪と牙は白銀に光る。
アレック一行を乗せるには格好の、しかしちょっと迫力のありすぎるドラゴンだった。
「こんな大きさのドラゴン、うちにはいないわよ……」
エルシアが気圧されつつ呟いた言葉に、
「あっちは戦闘用に育てられた奴だからな。機動性を求めた為だろ。こっちは輸送用と戦闘用に育てたから、兎に角でかいし強い。小さいのに化ける事も出来て、火だって吹くぞ」
と、得意気にヴィブラートが返す。
『お帰りですか、我が主』
そして、ドスのきいた人のものではない声が響いた。
「しかも、喋る」
得意そうに付け加えたヴィブラートに、
「本気でいないわよ、こんなドラゴン!」
エルシアが叫んだ。
『失敬な。我は由緒正しいキングドラゴンの末裔ぞ』
「絶滅してる筈の、知能を持つドラゴンだよ。……昔、王家で飼ってたものもいる。
お前、本当にあのヴィブラートなんだな」
「んだよ、信じてなかったのか?」
フェイダの言葉にヴィブラートが口をとがらせるが、
「さ、じゃあ乗って、他のも」
いつの間にやらアレックは平然とヴィステラの背に乗ってソードを引っ張り上げている。
「……アレック、お前って時々図太いよな」
ヴィブラートが呟いて、フェイダが深く頷いた。
「ところでさあ、ヴィー?」
「何だ、ルーン!」
ヴィーというあだ名に半ば怒り気味でヴィブラートが返しつつ、ルーンの方を振り向いて目を丸くした。
ルーンは抜刀していなかったが、怪しい者が一名いた。
ルーンが槍のようにたかく掲げた剣の鞘に、服の裾を引っかけられて。
「これ、どうしよう」
「ふ、ふみゃぁあー」
茶髪に黒い瞳。ちょっと男にしては中性的で可愛い顔。筋肉は一応ついていても細い手足。
そんな少年が情けない声を上げて、でもしっかり荷物を抱え手足をばたつかせている。
どうやらこっそり付いてきて、ルーンに捕らえられたらしい。
「ごごごめんなさい、あの、でも、その、えっと、……僕を勇者様一行に加えて下さい!」
全員の目が点になった。
「は!? て言うかあんた誰!?」
エルシアが突っ込む。
「お城の警備隊長の養子、トム=グリーン君だ」
どうやら知り合いらしいルーンが頭を抱える。その拍子にトム=グリーン君は地面に降ろされ、ついで土下座をした。
「お願いです、僕を、僕も……連れて行って下さい!
僕は両親を魔物に殺されました! だから、だから……」
「魔王を……殺し、に、行く?」
アレックがゆっくりと問うた。何故か声は震え、何か不安定な感じを思わせる。
ソード達が心配そうに彼の顔を見るが、それはまさに氷のようだった。
表情は何の感情も見せず、瞳の中には氷に映るような光が揺らめいているのみ。
「え…あ、は…う」
トムは戸惑ったようにびくびくしながらも、土下座を止めてアレックの顔を見る。
その瞬間、アレックの表情がわずかに動いた。まるで何かを懐かしむように目が細められる。
そしてはっ、とアレックは我に返ったように辺りを見回した。もう瞳の中の奇妙な光はない。
「あ、あの、ですから、一行に加えて下さい」
「いいよ」
アレックの即答に、皆が顔を見合う。
「おいちょっと待てよ、お前、魔物達を差別しないのが欲しかったんじゃあ……?」
フェイダが戸惑った声を上げる。
「勘。多分こいつは大丈夫。駄目か?」
「駄目じゃないけど」
「ありがとうございますー!」
トムは立ち上がり、そのままヴィステラを上り始める。
少し登っては登り切れず下がり、少し登っては下がり。
のろかった。このままでは確実に日が暮れる。
ほぼ同時に、全員が手を差し出していた。
*
彼は、自分が未だ踏みしめた事のない大地に足を降ろした。
長い航海だったように思うが、実質一週間程、短いものだ。
ドラゴンで海の上を飛ぶのとは、だいぶ違う景色や感覚。魔法とも違う、独特の情緒がある。
そんな事を以前に弟に話してみた事がある。お前は色々知ってるな、としみじみ呟かれた。
その弟も、今は遠い大陸にいて、自分のみが旅立った。
その方が良かったのだ。自分の為にも、弟の為にも。
そういったら間違いなく弟は怒るだろう。そんな弟が愛おしく、懐かしい。
荷物を持って、船員に金を払い、港と町の境に向かう。
ここからは、未知の土地となる。本で調べてきてはいるが、それも十分ではないだろう。
それでも期待に弾む胸は押さえられない。
彼は歩く。これからの旅に、思いを馳せながら。
その旅の終わりは、やがて新たな旅の始まりとなる。
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