「おいちょっとまて、どうして俺がこの男装の変態と旅をしなくっちゃなんないんだよ!」
「俺は男だっつうに!」
ソードが事情を話し終えてすぐ、そんな言葉の応酬が始まった。さっきの言い争いを皆が止めただけに、その勢いは止まらなさそうだ。
「何があったんだろうな、一体……」
アレックの呟きに、
「ルーンには覗きのクセがあったからな。大方女と間違えて着替えを覗きでもしたのだろう」
「覗きってすっごく重大な問題じゃあ」
「慣れてるんだよ、この城の奴は。たまに外から招かれて被害に遭うのもいるが」
フェイダがあっさりと答える。
「そうそう。鍵かけろって言うの忘れてたわね、そういえば」
エルシアがため息をつく。
「………」
アレックは最早何も言えなかった。そんな為に横で不毛な言い争いをしているヴィブラートが可哀相に思える。
哀れみの視線をヴィブラートに投げかけそうになった時、きっとヴィブラートがアレックの方を向いて叫ぶように問うた。
「なぁ、アレック、俺は男だよな!?」
「うん」
取り敢えずそれは確かな事実だと思う。
「んなわけないだろ!」
「自信満々に言うな、この変態!」
「誰が変態だ!」
ルーンが叫ぶが、変態以外の何者でもない。
「大体な、覗きをしてたのは六年前、十二歳までだよ! 何根も葉もない事を吹き込んでるんだ、そこの三人!」
「最後の覗きからそんなに経ってたのか」
言葉は違えど、そう三人にほぼ同時に言われ、ルーンは眉をつり上げる。
「それぐらい分かってろよぉ。今回は、なんだか怪しい気配がしたから覗いたんだ。ちょっとエルシアに似てるし、もしかして王族を名乗る胡散臭い奴じゃないのかって思ってな」
その勘は確かに当たっていたが、
「だからって、人の着替え中に覗くなよ!」
ヴィブラートの言い分も十分正論だった。
それからまた喧々囂々の話し合いが続く。
段々、アレックは苛々してきた。ソード達と話そうにも、声がよく聞こえない。しかも時々突然問いかけてくる。そして喧嘩は堂々巡り。
そしてそれが極限まで張りつめた、その時。
「大体男装が何だってんだよ! それを言うならそこにいる綺麗なねーちゃんだってそうしてんじゃないか! お前の言い分だと、彼女も変態って事になるだろうが!」
そう、ヴィブラートが叫んだ。
一気に自制心という名の糸が切れた。
「五月蠅い」
その一言が静かに、はっきりと部屋に響いた。
三人の話がぴたりと収まり、二人は一瞬こちらを見た。だが、言い争いは再開される。
アレックはそれを見て、静かに、ゆっくりと肺に空気を満たす。
「五月蠅いと言っているんだ! 分からないか、お前達!」
壁に本を叩きつける音と共に、厳しい怒りの声が、アレックの鍛え上げた喉から、少年のそれとは思えない程の迫力を持って発せられた。
びくり、と親に叱られた子供のように二人が静まりかえる。
「俺だってこんな事は言いたくはないが、俺は病人だ、そして此処は救護室だ。
静かにしてくれ、それか気が済まないのならさっさと何があったか言え!
早く、どちらかを選べ。そうでなければ、」
アレックの瞳が怒りの所為か、澄み渡っていく。
「出て行け」
氷より冷たい一言だった。
アレックの視界が揺れた。前に倒れた時と同じ様な感覚。だが、どこか違う。
ああそうか、呪いではない。
薄れ行く意識の中でアレックはぼんやりと思う。
呪いだけれど、これはアレックを害するモノではない………。
+++
「何ともないらしい」
ヴィブラートは自室で、机を挟んでルーンに向かい合いながらそう呟いた。
「何とも? 本当に?」
ルーンが目を見開く。
「ああ、無いらしい」
「あり得ない。そんな事。あの倒れ方は普通じゃないぞ」
「俺だって、分からないよ!」
ヴィブラートは叫ぶと、打って変わって静かな声で、
「分からないんだ。幼なじみをずっとやってたけど、持病も特になかった」
「……好きなのか? あいつの事」
ルーンはため息をついた。
「まあ、な。もう、昔の事だけど」
「女、だもんな」
「ああ」
こくりとヴィブラートが素直に頷く。
「黙っていて欲しいんだ」
「分かった」
ルーンは目の前の少女を見つめて息を吐く。
「でも、本名だけは、教えてくれないか」
「ああ、いいよ」
+++
「本当に、行くのか」
双子の弟の声を耳にし、旅装の彼は振り返った。
「行く」
「どうして。どうして、お前が行くんだ。辛いのか? だったら、どうにかするように頑張るから」
「どうにもできんし、そんな理由ではない。
知りたいのだ、この世の中を。もっと、別の、我々とは違う者達を」
冷静に答える彼の顔を見て、対照的に弟は顔を歪める。
「分かった」
泣き出しそうな声で答えた弟を背にし、彼は歩き出した。
+++
「何で俺、倒れたんだ?」
アレックの、目覚めの第一声はそれだった。
アレックには何となく倒れる寸前に分かったような気がしたが、それも思い出せない。
「済まない、分からん」
ソードの謝罪に、いや、別に良いんですと答えてから、アレックはまたベッドに横になる。
「まあいいや。明日出発しようかと思う」
そしてあっさり発せられた、突然の言葉に皆は言葉を失った。
「なんか分かんないけどさ。早く出発しないと。他の奴らがルシファードに行く前に」
「他の奴ら? おいおい、競争してるんじゃないだろ」
ヴィブラートの言葉にアレックは頷き、
「そうだよな。でも、そうしないと」
さも当然のようにそう言う。
「何か、理由があるのか」
フェイダの問いにも、
「分からない。でも、早く行かないと……」
そう小さく言ってベッドを出る。
今まで横になっていた者とは思えない程しっかりとした足取りで、扉に向かい、
「じゃ。俺は荷造りをするから」
澄んだ瞳で微笑んで部屋を出て行った。
「何だってんだよ、一体」
ルーンが首をかしげる。
「行ってやらないと」
ソードが綺麗な発音でその言葉を口にした。
「は?」
「行ってやらないと、と言っていた。寝言で」
眉をひそめる三人を余所に、ソードは呟く。
「むにゃむにゃ言ってただけだろ」
「お前達にはそう聞こえたろうな。あれは………」
言いかけて、ふむ、と髪を掻き上げ、
「私は明日の準備をする。ではな」
そう言って出て行った。
「何なんだ、一体………」
そう呟いたフェイダの袖をエルシアが引っ張る。
「なんだよエルシア、お前まで」
「発音よ。アクセントとイントネーション」
「はぁ?」
「さっきのアレックの『ルシファード』の発音、かなり変わってなかった?
少なくとも、うちの国の方言じゃないわ。いくらナスカが辺境っていっても、おかしくない?」
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