「おはよー、アレック。さ、残りの奴らを選ぼう」
昨日とは打って変わって明るい顔で、ヴィブラートは救護室に現れた。
「なんだよ、その顔。今の俺は昨日の俺とは一味違うぞ」
驚いた顔の三人に不満げに問いながら、アレックの隣のベッドに座る。
「一応俺の中じゃあ整理ついてんだからな。ほら、始めて」
そう言われて吃驚していたフェイダが我に返って書類の内十数枚を選び取り、アレックの布団の上に置いた。
「昨日、選んでおいた。腕前、度量、精神。その三つを考えた。
 で、何か更に、アレックが言いたい事って無いか」
「言いたい事?」
「感じてる事、思ってる事。早い話が思想だな。思想が合わないために失敗した、何て言うのもいただけないだろ」
言いたい事。思想。特にアレックにはないが、一つだけ胸の中に浮かび上がってきた。
「……魔物や魔族を、敵とは決めつけないで、柔軟な対応が出来る事」
それを聞いて、成る程な、と頷くヴィブラートとは対照的に、フェイダとエルシアが眉をひそめた。
「柔軟な対応?」
「そう」
「でも、私達は魔王を倒しに行くんじゃないの」
エルシアの問いに、目で許可を取ってヴィブラートが答える。
「俺たちの住んでた所じゃあな、かなり田舎だから魔物がウヨウヨいた。自然も豊かだったし。俺とアレックの家がお互い行くのに四時間かかる位の所なんだ。
 だから、むしろ魔物と友好的に付き合ってたんだよ。森で迷った時にはいつも魔物の塒に行けば、暖かい毛皮で包んで守ってくれた。夕暮れまで一緒に遊んでいた事もある。襲いかかってくる時は、繁殖期か病か、理由があった。人語を解するのもざらにいたしな。
 獣の方がタチ悪かったな。畑とか荒らすし。
 とにかく、小さい頃から当たり前に傍にいたんだ。だから、敵とは到底思えないんだよ。
 因みに俺は魔族に封印を解いて貰ったから、その恩もある」
「成る程な」
面白い、と笑ってまた書類をめくり出すフェイダ。
少し不安そうな顔をしたが、フェイダを見習ってかエルシアは気丈な顔を作る。
良いコンビだな、とアレックは感心した。

***

フェイダは書類を検討する為に自室に戻り、エルシアは剣の鍛錬へと出かけ、ヴィブラートは城の中を昔と変わっているようなので探検する、と寂しい事を言い残して出て行った。
そしてアレックは、その後来たゴマスリ一人を丁重に追い払い、暇つぶしに文庫本を読む。題名は『勇者伝説』。兵士達が勝手に置いていったらしい。超人的な力で魔物達を倒してゆく光の勇者、という、アレックには面白くないものだったが、その他には怠そうな哲学書、恋愛小説しかない。割り切って読む事にした。

救護室が静まりかえる。
本の中盤にさしかかった頃、いきなり騒々しい物音がした。何かが開くような音。アレックはびくっとして背筋を伸ばす。差し込む光。
「怪我をしてしまったのだが……何だ、医師はいないのか?」
凛とした声で呼びかけられ、更に驚いた。
その声がした、保健室の外を見せる、高い所の窓を振り仰ぐ暇もなく、何かがアレックのベッドの前に落ちてきた。
風に靡く、美しい亜麻色の髪。透き通り、強い意志の光を放つエメラルドグリーンの瞳。真珠のようにすべらかな肌。形の良い、桜色の唇。すっと通った目鼻立ち。動きやすそうな紅の鎧。それら全てが陽光を受けて輝く、凛とした近寄りがたい雰囲気の少女がしなやかな体をバネのようにして、そこに舞い降りる。
思わずその幻想的な光景に見とれてしまったアレックだが、
「どうした」
少女の発した一言で我に返る。
「あ……いや」
「医者はいないのだな」
ため息をついて、少女は薬品棚の方へ手を伸ばし、何かを唱える。
すると、幾種類かの薬品が独りでに飛んできた。
魔法だ。アレックは何度か見た事があった。橋を直したり、暴走した魔物を鎮めたり、水晶に映像を映し出したりする。
少女はそれを手に取ると、速やかに鎧を脱いで患部らしい足と腕に綿を使って塗りつける。
いてて、などと呟きながら自分の手当をする様子は、エルシアなどの女の子と何も変わらないような気がした。やはり少女らしさが抜けてはいない。でも、やはり何処か凛としている。
「で、お前は誰だ? どこかの貴族の子か」
彼女に綿をあてながら、男のような口調でいきなりそう問われて、アレックは目を丸くした。一日にして勇者に成り上がってしまった自分を知らない者がいただなんて。いや、顔を覚えていないだけだろうか。
「あ……アレック=ナルスです」
「ナルス? 聞いた事のない家名だ」
「平民ですから」
「平民!?」
目を丸くする少女。
「どうして平民がここに?」
「くじ引きで、選ばれまして」
オドオドと応えるアレックに、何かに気が付いたように少女は手を叩いた。
「ああ、あの勇者を決めるというくじ引きか! 私は少し修練をしていてな、そこら辺の知らせが入ってこなかった。そうなのだな?」
「はい」
「でも、どうして此処にいる?」
「呪をかけられたので」
「呪ぅ!?」
なんだそれは、と言いながら彼女は薬品を棚に戻す。
「訳が分からんな。気の毒に」
気遣いの言葉が胸に染み入る。鼓動が若干早くなる。親しみとはまた別の感情にアレックは戸惑った。
「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったな。私はソード。ソード=スカイ。此処の王宮騎士団見習いをしている」
名は体を表す実例だ、とアレックは思った。ソード(剣)と騎士。
「得意なものは魔法だ。自分で言うのもなんだが、才能がある」
と、親しげに笑いながらソードは続けた。前に言った事と矛盾している。
目を白黒させるアレックに、ソードは、まあ、誰かに聞いてみれば分かる、と笑って立ち上がった。
そして扉に近寄り、
「何なら旅に着いていって実力を見せてやろう。
 丁度、どうして魔物が人を襲うか疑問に思っていた所だ。
 ではな。気が向いたらカードでも持ってきてやる」
と言い残して去っていった。
魅入られた、とでも言うのだろうか。ソードが去ったその後でも、陽光を受けて輝いていた彼女の姿と、その時に感じた訳の分からない気持ちが、アレックの頭と胸から離れなかった。
アレックは本を閉じ、布団にくるまる。
本を読んでもその気持ちが離れはしないだろう。それよりはこのままこの気持ちに浸っていた方が良い。
そのままいつの間にか、アレックは眠ってしまっていた。

***

「ソード=スカイ? ああ、スカイ家の女丈夫か?」
フェイダがエルシアと帰ってきた音で起こされて、いの一番にそれを聞くと、フェイダは不思議そうな顔をしてそう問い返してきた。
「多分、そうだと思う」
アレックが頷くと、
「何? ソードに用があるの?」
エルシアが話に入ってきた。
「ちょっと……此処に来てて、少し話しただけだけど」
「ああ、そう言えばよく怪我をして此処に来てたわね。
 修行とか言って旅に出てたはずだけど、帰ってきたの」
どうもエルシアと知り合いらしい。エルシアの槍の腕からして、剣の修練の類で繋がっているようだ。
「有名だぞ、あいつ。話を聞きたいか?」
考える前に、首が勝手に動いていた。頷いたアレックを見て、フェイダは話し出した。
「あいつの父親は堅物で、一人目の子だから、男であって欲しいと妙な期待をかけててな。ちゃんと名前まで決めていたそうだ。
 でも、生まれたのは女だった。だから悔しかったのかなんなのか、そのまま決めていた名前、ソードという男名を付けてしまった。
 しかもその上、お前は男だ、だから剣の修練を受けろ、そう言って、剣の訓練を受けさせた。あいつもそれなりに上達して、騎士見習いにまでしたんだ。
 ところが、だ。ある日、場内で大会があった。魔法使い、剣士、その他交えての異種戦闘大会。その、新入の部に出場した。どうなったと思う?」
分からない。だから首をかしげた。すると、何故か目をキラキラさせてフェイダが続けた。
「決勝にまで、出る事が出来たんだよ。但し、剣の腕でじゃなかった。
 ……天才的な、魔法の腕で、な。それまで父親を失望させたくなくて、隠してたんだよ。剣の才能より、魔法の才能の方があったって事を。
 でも、この決勝の相手がこれまた凄かった。そっちは宮廷魔術師見習いだった。でも、どうして決勝まで来れたと思う?」
「……剣の腕が凄かったから?」
「そう。こっちは母親に、魔術師にされていた」
とんでもない話だった。珍しすぎる。二人もそんな人が居ただなんて。
唖然とした顔のアレックを見て、フェイダが得意そうな顔をした。
その時だった。入り口の扉が開く。
「おい、カード持ってきてやったぞ、アレック……ああ、二人もいたか」
ソードだった。
「ああ、今お前の話をしてた所だよ」
「そうか。ということは」
「俺の話もか?」
紅い服に着替えたソードの後ろから、男が一人出てきた。褐色の肌に金髪碧眼。なかなかの顔をしている。が、全体的に軽そうな印象を受けた。何故かアレックは少しむっとする。
「ルーン。ルーン=ガイアだ。宜しくな、アレック……君?」
「アレックで良いです」
二人が部屋の隅から椅子を引っ張り出してきてアレックのベッドの傍に座る。エルシアとフェイダを挟んで座った途端、もやもやした気持ちが晴れた。どうしたのだろう。
すると、またタイミングよく扉が開いた。
「ぁ、新顔いるじゃねぇか、アレック。
 ……あっ!」
ルーンの方を見て、ヴィブラートの目が驚愕に見開かれた。
「ああっ!」
ルーンも声を上げる。知り合いなのだろうか、と思って皆が二人を見比べると、ルーンが更に続ける。
「男装の変態!」
「俺は女じゃねえと何度言ったら分かるんだ、この変態剣士!」
どうも、事態は妙な事になっているようだった。

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