目の前に巨大な水晶があった。その溢れんばかりの神秘的な光はアレックを圧倒し、呆然とその場に立ちつくさせた。
その横で、誰かが水晶に血で魔法陣を描いていた。朱の紋様が青く美しく輝く。神秘的な犯しがたい水晶の光にも構わず、その中心を真っ直ぐ見つめながら、一心不乱に見た事もない図形を描いている。
「待っていろ、すぐ、解放してやる。それを望まれてお前はここにいるんだ」
その誰かの声がする。しかし、顔は見えない。髪の色の瞳の色も分からない。その代わり彼の感じている怒りと焦り、そして驚きが伝わってきた。
どうしてかと思う暇もなく、彼は聞いた事もない呪文を、歌うように唱え出し、最後に、かろうじてアレックも聞き取れる言葉を発した。
「………ヴィブラート! そして其の僕、ヴィステラ!」
え、と叫んで――叫んだつもりだが声は響かなかった――水晶の中を見る。幼い子供がそこにいた。見覚えがある。そう、初めて出会った頃の、物心つく前の。
「ヴィブラート!」
急に視界が開け、明るくなった。今まで見ていた光景がかなり暗い所のものだったのだと、アレックは初めて気が付いた。
豪奢な部屋だった。大理石であろう天井と柱が目に入る。壁にもかなり複雑にして美しい紋様が描かれている。しかし、全体的に色彩が白い。
アレックはその部屋の、三つ並んだベッドの内真ん中に寝かされていた。
「アレック! 目が覚めたのか!」
ヴィブラートがほっとしたような顔をしてアレックの顔を覗き込む。
一瞬、どうしてあの水晶の中にいたのだと問い質しそうになったが、夢である事を考えて止めた。奇妙な現実感に満ちてもいたが、多分おそらく夢なのだろう。
「ヴィブラート・・・。俺、どうしてこんな所に」
だから、そう問う事にした。
「どうもな、誰かがお前を呪ったみたいなんだ。かなり強力な呪でさ。二日で回復したのが奇跡のようなんだと。
お前、凄いなあ」
うんうん、と目に涙すら溜めてヴィブラートが頷く。目の下にクマが出来ていた。もしかすると、付きっきりで看病していてくれたのかも知れない。そうでなくとも、心配していてくれたのだろう。こちらの目頭が熱くなった。
「……お前ら、ホントにそっちの気がないのか?」
いきなり横からフェイダが割り込んで突っ込むと、
「無いって言ってるだろ!」
ヴィブラートが必死に言い返した。どうも何度もそう言われていたらしい。失礼だ、と思った。あくまでアレックとヴィブラートは自他共に認める親友同士だというのに。
「それでもかなりの友情よね。ごめんなさい、ウチの不備で。もう少し上手く呪を防ぎ切れればよかったんだけど」
二人の横から顔を出して、エルシアがため息をついて済まなさそうに詫びた。
「あ、はい」
「心当たりもあり過ぎてな、色々。何であんな人が王なんだか。平民として生まれていれば、幸せに、いい人で居られたんだろうけど」
なまじそうじゃなかっただけに、ああいう王になって敵も作っちまったんだ、とフェイダも手元の書類をめくりながらため息をつく。
「そうよねえ。我が父親ながら呆れるわ」
エルシアがその書類を手渡され、目を通しながら呆れたように言った。
「この書類は、例の残った人達の調査結果よ。条件つけて色々省いて、そんで調査したの。それでも謎な奴とか、かなりの手練れとか、個性的なのが多いわ」
「王女なのに凄腕の槍使いっていう誰かさん程個性的な人はいないと思うけど」
そう言ったフェイダの腹に、変わり者の王女の拳が軽くめり込んだ。きっつー、と言いかけたヴィブラートも、王女の迫力ある一瞥で黙り込む。
笑いがこみ上げてきてクスリと笑うと、ヴィブラートに睨まれた。ので、アレックは軽く両手を挙げた。
「まあ、それより兎に角、本当に大丈夫か確認しないとね。
何か、夢は見た?」
唐突な質問だった。アレックがぽかんと口を開けていると、エルシア王女は、
「夢よ。強力な呪いっていうのは精神にも入り込むそうだから。もし夢を見てて、それが病んでる内容なら、まだ注意が必要な段階って事」
夢。と言えば、あれしかなかった。いつもは夢など覚えていないはずなのに、今回ははっきり覚えている。
「俺が今見た夢をいえば良いんだな。
どこかは分からないんだけど、巨大な水晶が目の前にあったかな。
で、隣で誰かがそれに血の魔法陣を描いてるんだ」
「病的だな」
フェイダの一言に、違う、と手を振って続ける。
「そいつがさ、待ってろ、すぐ解放してやる、それを望まれてお前はここにいるんだって、多分だけど水晶の中心にいる奴に話してるんだ」
気のせいか、横でヴィブラートが息をのんだ気がした。
「そいつの顔は全然見えないし、髪の色も分からない。でも何でかそいつが怒って、焦って、驚いているのは分かった。
それからそいつが聞いた事もない呪文を唱えるんだ。意味は全く分からなかった。最後だけ聞き取れた。
『ヴィブラート! そして其の僕、ヴィステラ!』
ってな。
吃驚して水晶の中心を見ると……」
「見ると?」
フェイダが問いかける。
「居たんだ。ちっさい子供が。で、見覚えがあるんだよ」
ヴィブラートの方を二人が見る。
「ヴィブラートだったんだ」
そう言ってヴィブラートの方を見ると、彼は目を見開き、顔を真っ青にしてアレックを見つめていたので、アレックは驚いた。
「……お前だったんだよ。小さいお前。そんで、ヴィステラ」
ただの変な夢のはずだった。しかし、目の前の幼なじみが何か知っているのは確実だった。
「どうしてお前、あそこにいたんだ?」
その問いから数秒後、ヴィブラートはゆっくり口を開いた。
「父様と母様に、封印されてたんだ」
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