「それで、俺はどうすればいいんですか」
アレックは部屋を訪ねてきた宰相補佐の青年に憮然とした表情で訊ねた。言葉遣いも椅子に座る様も丁寧だが、目で不平を訴える。当然である、無理矢理自分の意志もなく祭り上げられ期待を寄せられ、死亡率のハンパではない旅に出される。不機嫌になるというものである。
「……貴方はこれから王に謁見する事になっております」
そう戸惑いながら宰相補佐が答える。戸惑うのも無理はないのかもしれない、おそらくはアレックが使命感に燃える選ばれた者だと吹き込まれていたのだろう。
「そうですか」
はあ、とため息をついてアレック。心細そうなその様子は、英雄になる者とは程遠かった。
「その場に、王国軍や、有志の魔術師・剣士達もおりますので、その後にその中から旅に同行される者達をお選び下さい」
旅に同行する者を選ぶ、つまりは伝説で言う『魔術師』やら『賢者』『剣士』などを選べということらしい。大変素敵な親切だこと、とアレックは思わず皮肉げなため息をついた。
しかし確かに、あちらの大陸に上陸するにはあまり大人数で行くより少数でこっそり行った方が良さそうだ。こっそりいってこっそり殺す。不法侵入も辞しません。卑怯だが、それが一番成功しそうである。
しかも、実は幼なじみのヴィブラートの家はちょっとモグリっぽいけど早くて強い移動手段を商売にしているから、コネでどうにかそれを借りてみればいい。彼が承諾してくれれば、だが、アレックは押せるだけ押すつもりでいた。
王都からナスカまでかなりの距離があるし、そっちは大陸のある方角とは正反対。その同行者に、ただでさえ危険なのに予定より長い旅をさせるわけにもいかない。
その前に、どうして自分は行く事を前提にして考えているのだろう。
またはあ、とため息をつくアレックを、宰相補佐は心配そうな目で見ている。
それから口を開いてこういった。
「その他に、多分一人増えます。腕は確かな者です。それも考慮に入れておいて下さい」
アレックより虚しそうな、どこか遠くを見ているような目。
「……一人増える?」
「はい。しかしこの話は、なるべく王には内密にしておいて下さい」
目を見開くアレックから目をそらし、宰相補佐はそう言ってそそくさと退出する。
もう一人増えるとはどういう事か。まさか、案外お転婆なお姫様とかがいて、『旅を助けるのは王族の責任』とか言ってついてきたりして。
「まっさかな」
どうやら小説の読みすぎのようだと、アレックは苦笑する。
王への謁見にはまだ時間がありそうだった。
(どうしたもんかなあ)
魔物達を倒しに旅に出るなんてとんでもない。しかしそれを王に告げる程アレックは馬鹿でもない。そして王から激励を受けたとしても、それで喜んで出立するぐらい忠誠心も溢れていないし、田舎者でもないつもりだ。
しかし道中で遁走すれば、王は怒り、神殿の者は権威を踏みにじられたと起こるだろう。畢竟、家族に迷惑がかかる。
でも怖い。それでも恐い。畑仕事で鍛えていて、そこらの都の人々よりかは強いつもりでも、伝説に残る勇者程アレックは強くない。
それに、アレックは辺境の出だ。案外魔物には襲われない所の出。それどころか、子供の頃時々森の中で遭遇し、挨拶をして夕暮れまで一緒に遊んでいた事もある。成長してからは、ウサギや牛のように身近なものだった。獣より知能が高い魔物は、むしろ魔物でない人間や動物よりも安全なこともあった。
それなのに、そんなもの達も倒すなんてとんでもない。それに、たとえ温厚な魔物であろうと、害してしまった時の恐ろしさも知っている。
そうでなくともどこか心の中に、そんなような考えがあった。父と母にそう教えられたせいかも知れない。
魔物は恐いのもいるけど、良い奴もいる。人と同じだ。そう、何かを懐かしむような目をしながら、父と母はよくそう言っていた。
どうしてこんな事になったのだろう。ここの人達はそんな考えのない奴ばっかりで、魔物は悪だと思っている。人間だって、魔物のいる所へ攻め込んだ事があるはずなのに。
ここの人達が変わっているのか、それとも自分が変わっているのか。
とにかくそういう事もあって、アレックはこんな役割は願い下げだった。けれどその一方で、どうしてこんな事になったのか、旅によって知りたいという思いが何故かある。
どうして魔物が人々を襲うようになったのか、知りたい。自分が生まれる前はそうでもなかったはずなのに、どうして急に活発になったのか。
なんだか訳が分からない。とにかく自分は旅に出るしかないのだろう。王に刃向かう事も出来ないのだから。
(魔王と対決とかはよして欲しいけど)
そう思ってまたため息をついていると、ドアが開いた。さっきの宰相補佐だった。少し焦ったような、またも虚しそうな目で、
「言い忘れましたが、旅が危ないようでしたら、私もついていきますのでよろしく」
と言ってドアの向こうに引っ込んだ。
この国、一体どうなってるんだろう。
アレックは本来悩むべき事とはまったく違う方向で悩む事になった。
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