自分に浴びせられる、大きな拍手。
それと共に、少年はやっと実感した。
大変な事になったんだと。

イルフィーア大陸一の東の大国、サイアス。
その国の中でも東の外れに、ナスカという村があった。外れも外れ、田舎も田舎、見渡せば一面畑、山、池、畑の緑豊かな村である。
アレック=ナルスはそこに住む、どこにでもいるような青年であった。
栗色の瞳に栗色の髪、そして普通に整った顔と農作業で日焼けしている肌。
どこにでもいるごくごく普通の農家の若者であったはずで、父母とごくごく普通に幸せに暮らしてゆくはずだった。
ただ少し、くじ運が良かった。商店街のキャンペーンでひいたクジで高額商品に当選することもあったし、祭りでは一番便利なポジションに着くことが出来た。
だがそれで稀に金を得る事はあっても、将来の蓄えにとずっとそれを両親が貯めてくれていて、アレックは一度もそれに触った事がなく、これは天命だとか言われて博打に誘われた事はあっても、天命ならそれを下すったであろう運命の女神・フォーティアに罰を下されてはいけないと周りが止めてくれたため、厄介なことになったことは一度もなかったのだった。
ある時である。王都で国を救いに旅立つ『勇者』なる者のクジによる選抜が行われ、アレックも人並みの興味を抱いた。
なんでも大神官が国の若者の名を書いたクジから一つ選び出し、その名を持つ若者を勇者として魔王討伐に遣わすという。
アレックもそれを見て結果を知りたかったのだが、アレックの家にはそれを映せる水晶なんて高い物はなかった。
がっかりしていると、一番近所ではあるが行くのに4時間かかる隣町に住む、親友のヴィブラートが、魔術師の家で水晶を見て伝えに来てくれることとなり、その選抜の翌日をアレックは楽しみにしていた。
しかし、ヴィブラートはその日に、水晶をひっつかんで青い顔をして、危険な山道を脇目もふらずに駆けてきた。
どうしたんだと問うアレックに、ヴィブラートは水晶に映る映像を見せた。
なんだか大神官とは言えない、白髪の普通のよぼよぼじいさんがクジを箱の中から引く映像が再三にわたって繰り返されていた。
そして、歌うように読み上げられる自分の住所、名前。
少年はたった一時間の式典で、『勇者』になってしまった。
アレックは生まれて初めて、自分のクジ運の良さを恨んだ。
近所の人達に恵まれていて、クジ運もあるんだから、昔話の英雄のような妙な夢など持たず、きちんと親孝行をして、適当に神に感謝して、普通に生涯を送ってゆける。アレックはそう思っていた。
というかそれが当たり前でちょっとした夢みたいになっていたというのに、よりにもよって当たってしまったのが到底かないそうにない敵と戦ったり、ルシファード大陸に向けて”死の海”を渡ったりする、ほぼ死ねといわれているようなこんなクジ。
適当にあった信仰心はどこか彼方へ消えた。捨てた。
拒否したにもかかわらず、これは神意だのなんだのという肩書きで半ば強引に王都へと連れてこられ、そして今まで来た事もない上質な服を、母が縫ってくれた服をはぎ取るようにして着せられ、そしてもう抵抗する気がなくなった頃にいきなり豪華な謁見室に連れ込まれ、そしてベランダから顔を出したが最後。
浴びせられたのは国民達の拍手。
これまでどこか夢心地で、そこにいる事が嘘のような気がしていたが、その音は嘘ではなく、アレックの心を震え上がらせる。
それなのに、何も分かっていない国民達は希望に満ちた視線をアレックに投げかけ、神意によって選ばれた英雄に対する拍手が響き渡る。

少年はやっと実感した。大変な事になったんだと。
そして思った。そんな拍手、自分に向けられるものではないと。
自分は、おとぎ話の中のような愛国心に燃える者でもなんでもないのだから。
怯える心の中に身勝手な期待を自分に寄せる国民達に向けての怒りが生まれる。
お前達、人の身になってみろ。

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