チヨの好きな人

〜長男登場〜

朝日がカーテンを透かして差し込んでいる。
もう、朝か。だるい体にムチを打つ。起きあがれ、自分。
そう思ってふと気付く。今日は学校はない。連休だったはずだから。
しかも普段学校に行く時間より早いみたいだし。
「あと、十分寝よ」
そう思って布団に倒れ込むと、隣から声が聞こえた。
「ソフィア・・・」
!!?? はっ!?
後ずさりしながら見ると、エリックの気持ちよさそうな寝顔。
そうだ、昨日エリックが泊まりに来たんだ!
「・・・あら、ソフィアさん、おはよう」
ラフィアナさんが物音に気付いたのか、むっくりと目をこすりながら起きあがる。
「あ、お早うございます」
「ええ。あら、まだ二人とも寝てるのね。先に下に降りましょう」
「はい」
そう思って立ち上がると、エリックが目を覚ました。
「ソフィア、おはよー。ソフィアがいるおかげで今日も朝日が美しいねぇ」
「ほら歯が浮きそうなセリフ言ってないで」
「はーい」
そう言ってひょいと軽い身のこなしでエリックが起きあがる。
するとその弾みか何か、テルブも目をこすりながらむっくりと起きあがった。
「あー・・・」
ぶん、と首を振ってテルブも立ち上がる。
「もう朝か・・」
とかいいながらやっぱり惚けてる。どうも朝に弱いらしい。
「こう言う時はねえ、見ててソフィア」
エリックがそう言ってテルブに向き直る。
「ダフィラシアスー。あのさあ、夏の政見スピーチのネタ、没になっちゃった。ちょこっと20枚ぐらい書き直してね」
「ああ、起きろって事か。て言うかそんなまどろっこしい事して起こすなよ」
ぱっちりと目を開けてテルブ。
………一体この二人ってなんなんだろう。
「・・・」
そういってからテルブは私を驚いたように見て、それからエリックに向き直り、
「ばれたのか」
「うん」
テルブは困惑の表情を一瞬だけのぞかせ、エリックはにっこり笑って一言。
その二人の腹から、育ち盛りの男な腹の音。
「ダフィ、殿下、では朝食でもいただきに行きましょう」
ラフィアナさんがにっこり上品に微笑んで言った。



私達が食堂に入ると、その人物は人のうちの食卓に、ごく自然な様子で座っていた。
黒と青の色が混じった瞳に濃いめの茶髪。そして、どことなくラフィアナさんとテルブに似ている、平均よりはかっこいい顔の男。
しかも朝食を頬張ってたりする。
誰!?
そう思う私を尻目にその男は手をあげ、テルブとラフィアナさんにこう言った。
「よ、我がキョーダイ。元気にしてたか?」
『テルブ家の三兄弟ねえ、あれで一番曲者なのは長男だよぉ』
いつかエリックがテルブ家について言ってた言葉を思い出す。まさか…。
「兄上!」
「兄様!?」
二者二様の呼び方で傍らの二人が叫ぶ。やっぱりそうですか。
噂のテルブ家の長男、フィラナル=テルブ。確かうちの学校を主席までとはいかなくっても、かなりの好成績で卒業した後、どんどん役職の階段を上へ上へと上っていってるらしい。
でも、どうしてこんな所へ。もしかしたら二人を迎えに来たのかな。
そこへ、聞き慣れた声が台所から飛び込んできた。
「フィラナルさん、みんな起きてきたの?」
「ああ、起きてきた。まあダフィがよく起きたもんだと思うけど」
「テルブって寝起き悪いんだ」
「まあね」
その声に親しげに、やけに優しそうな目で応答するフィラナル先輩。
そして続いて母さんの声がした。
「ソフィアー。チヨちゃん来てるわよ」
「声で分かる」
だってエリックより付き合いが短いとはいえ、チヨは私の親友なのだから。
ここにいるのも珍しいのに、どうしてテルブ家長男付きでいるんだろう。
そんな会話を聞いた後、テルブはフィラナル先輩の正面に座って話を切り出した。
「……兄上、どうしてこんな所に?」
「ああ、ちょっとチヨの家に行って交際の挨拶してきた帰りに、殿下の意中の女の子でも見ようかと思って」
さらりと告げられたのは、衝撃の言葉だった。
「交際ぃ!?」
「うん、結婚前提にして」
『はあ!?』
さらに衝撃。
なんですかそれ! チヨが確か遊園地で彼氏と別行動取ってた事は知ってるけど、いつの間にそんな事に!?
「本気だぞ、これでも」
フィラナル先輩は明るい、妙にどっかすっきりした笑顔でテルブに話す。
「いやな、チヨには家出癖があるんだよ。それは殿下達も知ってるよな」
ええ、知っていますとも。
チヨは何故か小さい頃からいつも些細な事で親とケンカをして家出し、数日経ってどこに行くのか分からないけどやけにすっきりと何もなかったかのような顔で帰ってくる。町内じゃあ有名な話だ。
その間どこに行ってるのか、たまにとても嬉しそうな顔で帰ってきたり、部屋のものが増えてたりで、サノモンさん家のおじさんとおばさんは困ってるらしい。まあ、全部何も危ない事はないみたいだからそう積極的に止めたりは出来ないらしい。止めても家を手品の如く脱出していってしまうのだそうで。
「この11年間、家出の間、俺の部屋で預かってたんだ」
「はあ!?」
また衝撃。どうして、何で?
「そう。何せ出会ったのが4歳と8歳だからさあ、変な事もなかったし、そういう事がよく分かんなかったし。年頃になったら空いてる部屋貸して貰えたから、泊めてやってた」
チヨが四人分の朝食をお盆に乗せて運んできながら上機嫌で合いの手を入れた。
……変な事があったら駄目でしょ。
「それから色々あって、やっと昨日、遊園地で両想いになってさ。嬉しかった」
チヨが出てきたとたんなんか溶けてる感じの笑顔でチヨだけ見つめつつフィラナル先輩。
でもって見つめ合う二人。
その光景に昨日のテルブ達の雰囲気を重ねてるのは、何も私だけじゃないと思う。
「ソフィア・・・入っていけないよう」
その証拠にエリックが耳打ちしてきた。その通りだと思う。
テルブ家の人ってみんな、魔法も使わずに結界張る術でも使えるのだろうか。
とりあえず、ご飯を食べる事にしてしまおう。
そう思って私の分の朝ご飯を盆から取る。エリックも私に習う。
今日はスクランブルエッグに野菜サラダ、バターロール。まあ普通の朝ご飯。
「とりあえずサノモンの両親には認めてもらえたんだろ、その様子だと。後は親父だけど」
テルブがどういう神経か、二人の間に割り込んだ。
「ああ、それならもの凄く反対された。平民などと付き合うなど許さんって」
けらけらと先輩。
「だからまあ、ガランディッシュさん見物ついでに、フリージャーナリストを紹介して貰って、うちのゴシップをリークしようかなあと」
な、なんかすごい事言ってるし!
「はあ!? うちにゴシップなんてあるのかよ」
テルブが突っ込む。
「ん、ああそれは企業秘密」
そういってまた笑う先輩。
それを見ながら私はエリックの解説を受けていた。何でもテルブ家の当主、つまりこの三兄弟の父親は面子や礼儀に必要以上にこだわっている頭の固い保守的なおっさんらしい。その代わりゴシップらしいゴシップはなく、仕事の面ではきっちりしているんだとか。つまり、典型的な古典派の親父らしい。だからエリックとも事ある毎に対立する事が多いのだとか。だからゴシップなんてにわかには信じがたい、と。
いやあの人レコンと同じタイプのハズなのにむかつくんだよね、とか言うエリックを余所に、その息子を部下にしてんだから、エリックも良くやると私は思った。
「企業秘密ぅ?」
「うん」
先輩はテルブに答えながら、チヨから皿を上機嫌に受け取る。
「美味しそうだな、チヨ」
「フィラナルさんの分だけちょっと私が手伝ったんだよ」
「ぁ、じゃあ美味しいな」
完全にとろけた笑顔でまるでエリックの様な歯の浮くセリフを言ってのけた。
「ソフィア、俺あんな恥ずかしい事いくらなんでも言わないよぉ。大体第一話でどんな目に遭ったと思ってるの」
「あんた超能力者?」
「俺の顔物言いたげにじっと見てるもん。分かるよ」
そうなのか? ま、長い付き合いだしそうかも知れない。
こっちもエリックの考えてる事とか分かる事があるし。
とりあえず、
「うん、正に愛の絆だね、ルイル」
「そうですか? 別にボクが見ても分かりますよ、ルクスさん。ソフィアさん結構分かり易いですから」
「こら、お前達、静かにせんか! 仮にも勤務中だぞ」
なんていう床下からの護衛さん達声は気にしない事にした。
でも先輩はそうでなかったらしい。
「殿下の護衛ってほほえましいな」
「まあね。隊長は俺が無理矢理他から引き抜いたんだけど。重宝してるよ」
ああ、そういやそんな話をルクスさんがしてたかな。
そんでなんだかんだ言ってこんなのに忠誠まで誓って、あの人ももしかしたら結構変わってるのかも。
「重宝・・・されてない様な気がするんだが」
「そうだよね。ほぼ雑用係だよね」
「言うねえ君たち。給料減らそうか」
「職権濫用ですぅ」
「そうだねえ。何なら君自身が制定した法律使って色々やってあげようか」
「こら! 何を失礼な事を言っているんだ。なんだかんだ言って、そんな事をしてもいつも自己嫌悪に駆られて引き上げるじゃないか」
・・・エリック、あんた案外良い上司じゃあ・・。
「みんな良い根性してるな」
フィラナル先輩が苦笑する。
「「上司がこんなですから」」
見事な二重奏が床下から響く。もちろん隊長さんの声抜き。
「いや、お前達はもともとだ。特にルクス」
「なんて事言うんだいレコン! 俺程立派に身を捨てて戦う、隊想いの副隊長がいるかい!?」
「隊想いならどうして私の休暇にいちいち付いてくる? 副隊長として隊長代わりを務めねばならんはずだろう」
「隊にいるより君の傍にいる方が面白いのだよ」
「ボ、ボクは別に隊想いじゃないつもりはないですよ」
ルイルさんのオドオドした声。
「・・・スィルクは・・・気付いちゃいないな」
「天然なのだよ君は」
「貴様はそうでないからなおたちが悪いんだ!」
「個性的な部下さんで」
先輩がくすくす笑う。
「有名だけど。禁軍の中でも当代の王子に仕える13番隊。戦闘能力が並々ではない代わりに、なんかこんなかんじ
弟と同じ事を言う。やっぱテルブ家の兄弟だよ。
「なんかこんなかんじですが、私はこの隊に誇りを持っていますので」
「レコン・・・! なんて無駄に歯が浮く様な浮かない様なセリフを!」
そこから始まる床下トークはとりあえず無視することにした。
「何だか色々話がそれたな。ま、とにかくそう言うわけで、ちょっと家庭崩壊の危機になるかも知れないけど、気にしない様にな、二人とも」
「気にせずにいれるか!」「気にせずにいれないわ!」
同感です、ご姉弟。
「取り敢えず、落ち着きましょう、ダフィ。兄様には切り札となるゴシップがあるんだから、上手くやるはずよ」
「ああ、それがちょっと問題有りなんだ。家で話すから、覚悟を決めておけ」
「ちょっと待てよ、俺らも巻き込むのか?」
「うん」
「どうして」
「それだけ、俺はチヨが好きなんだ。どこかの誰かさんが誰かさんを想うみたいに」
にっこりと先輩が笑う。その瞳は強く輝き、姿は堂々として見える。意外に誰も言い返す者はいなかった。
「ま、それを言いに来ただけ。ついでにな。リーク先も見つかるし」
食べ終わった自分の食器を重ねてそれを持って立ち上がる。
それを見計らっていた様に、母さんが台所からメモの切れ端をもって現れた。
「チヨちゃんの彼氏だしね。そういう話ならこの人よ。リーク元の管理もいいし、きっちり自分の仕事をやり遂げれる人。圧力にも屈しない。主人と同じフリーだから」
「有り難うございます」
相変わらず交友関係広いなあ、母さん。仮にもジャーナリストの妻だし。
「では、もうそろそろお暇させていただきます。
 チヨ、じゃあ後でな。俺は職務があるから」
フィラナル先輩が椅子の横に置いてあったカバンを取り上げた。
「うん」
チヨはとろけそうな笑顔でひらひらと手を振る。ら、ラブラブカップル・・・。
そもそもいつもはテルブと一緒に私で遊んでる位の、たくましそうな性格なのに、どうしてここまで乙女になってるのよチヨ!
いや、もしかするとこっちが本当なのか!?
だとすれば恋の力恐るべし。
「じゃあ、家でな。殿下、ガランディッシュさん、失礼します」
私達が挨拶すると、フィラナル先輩はリビングを出ていった。



足音が聞こえなくなるまで待ってから、まずテルブが口を開いた。
「今思いついたんだけど、俺たちの知らない間に、ホラー小説でもないのに家にもう一人いたんだな」
「よく見つけられなかったわね」
ラフィアナさんが感心した顔でそれに続ける。
「色々配慮して貰いましたから。ああ、でも子供の時は勝手に行動してフィラナルさんの執事さんに見つかったけど、隠して貰えました」
チヨが答えながらフィラナル先輩が座っていた椅子に座る。
「あの人もかよ。じゃあばれないはずだ」
その会話の傍らで、先輩の執事さんは人の弱みや色々な事を隠すのに長けたそっちじゃ有名な人で、フィラナル先輩の才能を見抜いて幼少から付き添ってる人なのだ、とか解説してくれるエリック。
実はいつもの事で、たまに貴族の人に会ったときとかに教えてくれる。
割と便利だ。でも、そういう事が出来るのがまた、遠い世界の奴なんだと感じさせる。
正直言って、ちょっと切ない。
「お早う。ああ、チヨちゃんも来ていたのか」
父さんが寝ぼけ眼をこすりながら、リビングに入ってきた。
「お早うございます」
と皆。
「お早う」と私と母さん。
「お早うー、おじさん」とエリック。
六者六様の挨拶。まあ普通だけど。
で、一番大きいのは床下からの、お早うございます、と言う護衛さん達の挨拶。流石は騎士団の精鋭、何でかこういう所だけ軍人らしく、一人のずれもない。
それを聞いて、どうやって潜り込んだんだ、なんてぼやきながら食卓に座って新聞を広げ、その間の折り込みチラシに目を通す。
お、と父さんが声を上げた。
「夏祭りのチラシが入ってるな。ほら」
チラシをテーブルの真ん中に置く。
『シェルフィント祭り』
ウィルードで昔から行われている少なくとも五百年の伝統を持つ祭り。なんでも昔、夏の豊穣と漁の成功を祝ったのが始まりだとか。そういえば最近はなんだかんだ言って行ってない。
「学校も休みに入ったばかりの日だし、行こうかエリック」
「そうだね。確か三年ぶり〜。待ち合わせ場所どこにする?」
「いつもの木の下で良いんじゃない?」
「いやちょっと待てガランディッシュ」
テルブがチラシの上に手を置いた。
「お前、何自然にエリック誘ってるんだよ」
「え? だっていつもの事じゃない、祭りに行くの。別にデートでもないし」
何を言ってるんだろうこいつは。私はいつもエリックと一緒に祭りに行ってるし、そうじゃないとなんか変な感じがする。習慣みたいなものなのに。
「いつもはこういうとき、エリックが誘ってガランディッシュが断らないか?」
「そう? でも昔からエリックと行ってるし。ねえエリック」
「そうだねぇ」
そういってエリックと頷き合ってると、テルブが机の上に崩れ落ちた。
「・・・な、何なんだよお前ら・・・。わけわかんねえ」
「?」
わけ分からないのはテルブの方じゃない。
そう言おうとしたけど、チヨが何故かテルブを慰め始めたのでやめた。

・・・一体なんだって言うんだろう?



第五話 おわり


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