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First

〜初めての・・・〜

私には、3歳年上の幼なじみがいる。
昔私は、そいつが大好きだった。
初めて父さんと母さん以外の人の絵を描けばそいつで、初めて父さんと母さん以外に笑いかけたのもそいつだという。
でも、それは昔のことのはずなのだ。
あいつがいつも、初めてだったのは。

   1

ウォルア王国の首都、ウィルード。
結構大きい上に文化の要所だからか、そこにはいくつもの王立の学園がある。
裏はそれぞれ、どうなってるのか知らないけど貴族も平民も平等に扱われ、学を競い合う。
その中の一つ、レーヴィン王立学園。
学業はまあまあ、進学もまあまあの、至って普通の学校。
春の浮かれた空気もどこかへ行って、夏。
放課後、そこの家庭科室にて。
ソフィアルティア=ガランディッシュは目の前の物体を見つめ、ため息をついた。
体が重い。
比喩とかではなく、物理的に。しかもその原因が妙にいらつく者であるから尚更。
ソフィアは腕を頭の上に回し、その原因の頭をつかみ、思い切り怒鳴りつけた。
「いい加減に離れなさい! エリック!」
「やだ!」
どぎっぱりとソフィアの頭にしがみつく、お世辞にもソフィアより若く見えはしない少年は即応した。
その目には憎らしい事に、多分一点の曇りもないのだろう。昔からあんまりにも側に居すぎたせいか、ソフィアには顔は見えずとも、彼の表情が手に取るように分かった。
そのはた迷惑な彼の名はエリックザラット=ウィルクサード。通称、エリック。
くすんだ金の髪に、片方は澄んだ碧、もう片方は茶の瞳の、むやみに美形な男で、ウォルア王国唯一の皇太子殿下である。王族のための英才教育で鍛えられた、まさに文武両道の秀才であり、何故かソフィアの三歳年上の幼なじみだった。
なぜかソフィアの両親は現国王夫妻と知り合いだったので、エリックはソフィアを赤ん坊の頃から知っているんだとかなんだとか。
何で幼なじみなんだろうと思われる事は少なくなく、しかしこればかりはどうしようもなかった。
そしてその文武両道、いい歳をこいている皇太子殿下はヌケヌケと、
「ソフィアがクッキーくれるって言うまでどかないもん!」
などとほざく。
「あんたねえ。どうしてそこまでしてこんな物を欲しがるのよ」
ソフィアは目の前にある物体、つまり家庭科の時間作って可愛くラッピングしたメイプルクッキーを見、ため息をついた。
彼女でも甘酸っぱい想いをしたい。してみたい。少しは。
「だってソフィア可愛いんだもん!」
でも、できはしない。
なぜかエリックは昔からソフィアが好きだ好きだとくそしつこくアタックしてくるエリックに、振り回されてきて、いつもの事とはいえ、やはり怒鳴り返さずにはいれないソフィア。
首都の隠れた風物詩にさえなってしまったそれが繰り返される限り、普通の恋は無理。
だからため息をつく。そんなエリックと、……自分にも。
「訳分かんないわよ!」
そんな悲しい性分の所為でつっこんでしまう彼女に、
「なぁ、もうさっさとエリックにやっちまったほうが良いんじゃねえの? クッキー」
ため息をつきながら成り行きを見守っていたクラスメート、ダフィラシアス=テルブがため息をついてすすめた。
茶髪碧眼にエリックより劣るが美形のこの少年は、レーヴィン学園に入ってから、主にソフィアとエリックの様子を鑑賞するという不誠実きわまりないのために理由にソフィア達と友好関係を築いている中流貴族。
「そうだよねえ。もうそろそろ帰らないと」
ころころと笑ってそれに賛同する、ソフィアの親友、チヨ=サノモン。
二人して、ソフィアとエリックのやりとりを明らかに楽しんでいるのがいつも見て取れる。しかも助言は主にエリック側。
そんな二人のどっちについているのか分からないすすめに、
「ええ!? なによそれ」
ごろごろと猫のように頬をすり寄せてくるエリックの頭をぐぎぎぎと押さえながら、ソフィアは反抗する。
「ねー、だから頂戴」
そんなやりとりなどは無視してだだをこねるエリック。そして、
「ソフィアが初めて作ったクッキーでしょ? なら俺がたべなくちゃなんないの」
理解不能の理屈。
「はあ!?」
「でさ、塩と砂糖間違えてて、適度に飲み込みにくくって中が半熟してたりするんだけど、俺が全部たべるんだぁハート
きらきらと目を輝かせてエリック。
どこの少女漫画だそれは、とソフィアはため息をついた。妄想にも程がある。
そう言われれる程やりたくなくなってくることを理解しているのだろうかこの野郎。
「あっそ。でもときめかないわよ」
ソフィアは冷めた目でクッキーを見て冷ややかに答えた。
「いいの! ソフィアの、クッキー食べたいんだよ。
 初めて作ったんでしょ」
「初めてだからよ! どうしてこれがあんたのおやつになんなくっちゃなんないの」
にんまり、とエリックの頬がつり上がった。
ぞくりと背筋に走る悪寒。まさか何かたくらんでいるのか。
そして背中越しに伝わる明らかに昼を抜いた腹の悲痛な音。
・・・昼を抜いた腹の音。
虚しく辺りを見回すが、ここに居るのはテルブとチヨとソフィアとエリックのみ。
「エリック、あんたまさか」

「ふっ。ソフィアへの愛に比べればソフィアがそう言った時のために昼を抜くなんて簡単なのさ!」

自慢げに誇らしげに、決定的な言葉をエリックが告げた。
−−−間抜けな腹の音と共に。
「馬鹿じゃない!? 私がもし失敗してたりしたらどうするつもりだったのよ!」
いつの間にか手を離しているエリックの方をソフィアが怒りながら振り返ると、エリックは仁王立ちで自慢げに、
「忘れてた」
それと同時にぐ〜と盛大な腹の音。
それは断じて威張って言う事ではない。
そして訪れる、悲しいくらいの静寂。
時々それを切り裂いて間抜けきわまりない、国の宝、王子の腹の音。
ソフィアはそれをつっこむ気力もぬけ、側の椅子にしなだれかかった。
誰かこいつを止めて欲しい。治して欲しい。
「だからソフィア、俺に愛のムチを、いやアメを〜」
ぐ〜と放課後の家庭科室に響く王子の腹の高貴なる音。
シュールですらあった。
乾いた笑い声があがる。
ソフィアは折れた。
どうしようもない、こればっかりは。
たかがクッキー、されどクッキー。エリックはそのために昼御飯まで抜いた。敵わない。
「分かったわよ。あげるわ、これ。でも味の保証しないから」
ざっと音を立ててエリックの手の平へジャンプインするクッキー。
さながら救世主を見るように瞳に歓喜と涙をたたえ、エリックは喜びの声を上げた。
「ありがとーソフィアー!」
「別に。あんまりおなかがすいてるみたいだったから、それだけ!」
ソフィアはそう言って背を向ける。なんだか恥ずかしかった。顔も熱い。
うわあいとエリックは王宮でのどんな料理を食べる時よりも嬉しそうにそれを口に運び、
・・・そのまま無言でぐっと指を立てた。
「ん?」
ソフィアが振り向くと、エリックは爽やかで穏やかな、仏の道でも悟ったような顔で、
「ソフィア、なに入れたの?」
「普通の材料だけど」
何か不満があるのかこの野郎。
「ああ、それ? 俺らが砂糖と塩入れ替えといた」
テルブが悪魔の一言を吐く。
「は!? なによそれ!」
「だってその方が面白そうじゃん」
悪びれなくダフィラシアスがのたまう。
前に母さんに作ってもらった砂糖と塩を入れ替えたクッキーの味がソフィアの舌に蘇る。
楽しみにしていて、口に入れたとたん塩気とかが広がって、もの凄い味がするのだ。不味かった。
なら早くエリックに返してもらわなければ。
「・・・そう。 なんか、出来損ないの魔法生物みたいな味がするんだけど」
エリックがぽそりと呟いた。
目の焦点が合っていない。
「は?」
ソフィアはクッキーの袋に手を突っ込んでそれをつまみ出し、食べた。
舌に電撃が走る。不味い。なぜクッキーのはずなのに辛いのか。
なすびにピーマン、そして牛乳と茶を加えたのよりエキセントリックな不味さ。
砂糖と塩どころじゃあない。 これは、完璧に自分の失敗だ。
「食べなくていい!」
「嫌。だって」
望まぬ戦場に今まさに行かんとする兵士の顔をしたエリックはソフィアに笑った。
「ソフィアが初めて作ったクッキーだもん」
そのまま全てを口へ流し込み、エリックは床へ倒れ込んだ。



白いベッドに横たわるからだ。
開く碧と茶の瞳。
「馬鹿」
目を覚まして一番にそれか、とエリックが苦笑する。
ソフィアはそのまま続けた。
「ごめん」
うつむいて顔を見えないようにする。
「うん」
エリックはクスリと笑ってベッドから手を伸ばし、ソフィアの頭をなでる。
くすぐったい髪の感触。
自分の髪を通して伝わる、エリックの手の感触。
そして全てを見透かすような瞳。
「ねえソフィア、惚れた?」
「馬鹿」
ちょっとだけ、とエリックには聞こえないように続ける。
「ごめん」
うん、と頷く声。
少しくすぐったかった。



最近、私は妙にくすぐったい気持ちになる。
どきどきしたりもする。
幼なじみで、この国の王子。
こんな気持ちは、どうやらまた、エリックが初めて。

+++++第一話END+++++

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