真夏の夜の秘密

〜禁じられていたもの〜

はらはらとこぼれる涙がひげを伝って彼の膝に落ちる。それは忠誠からくる物か、情けなさからくる物か。
とにかく、その髭も何もかもむさ苦しいおっさんは泣いていた。
「ああ、なんと言う事ですか! このレコン=ブラック、お父上に合わせる顔がありません! 王子に忠誠を誓って半年・・・」
半年かよ。
「なんという、破廉恥な事をぉぉぉっ!」
んでもって、その前に正座しているエリックに絶叫。破廉恥って。
「王子ともあろうお方が、いくら幼なじみとはいえ婦女子の裸をのぞき見するなど! いくらガランディッシュ殿からソフィアはもうあがったと聞かされていても、着替えが風呂前の籐のタンスに入っていて、入っていると分からなかったとしても!」
くっ、と目尻を押さえ、
「なんという嘆かわしい事でしょう・・・!!」
と、男泣きに泣く。
「あの、そこらへんにしといた方が・・・」
「なーにを言うのです、ソフィアさん!」
ずずい、と私に迫って王宮騎士団護衛隊隊長。
「情に流されてはいけません! こういう時はビシリと言ってしまわなければならないのです!」
いや、そんな事言っても。
「ああ、気にする事はないよソフィアさん。レコンは年中ああいう感じだ。もともと王子が城を抜け出すのを防ごうとしていた、ただの一騎士だったのだが、逆手にとられて二年前王子の部下にされてしまってね。やっと半年前に王子に忠誠を誓う事にしたのだよ」
はっはっはと快活に銀髪の美形なキザにーちゃん。
「うわあん、ルクスさん〜、隊長怖いです」
ほろほろとその隣で今にも泣き出しそうに気の小さそうな茶髪の縮れ毛と左は赤銅色、右は茶色の瞳の女顔の人。
「こら、そこ! うるさいぞ、もう少し静かにせんかぁ!」
顔を真っ赤にしてレコンと呼ばれたおっさんがどなる。
天井板をはずしてそこからから逆さに顔を出している二人に。
「おやおや怖いねえ。レコン、まだ君25歳だろう? そんなむさ苦しい顔で怒りまくっていると、また老けるよ。その割に君は青いからねえ。ハゲないようにね」
「誰の所為だとおもっとるんだ貴様ー!」
「ルクスさんの所為です!」
「・・・ルイル、君ひどいこと言うねえ」
「・・・後は、」
またルイルと呼ばれた女顔さんの顔がゆがみ、
「ボクの所為です……」
そのままぽろぽろと涙を流して泣き始める。
「なーかした、なーかした。たーいちょがなーかした」
天井裏から、二人の声とは違う、異様に上手い歌声。誰なんだろう?
それにぐっとレコン隊長が押し黙る。
「………いろんな意味で大な人たちを俺、護衛に使ってたかも」
エリックの言う通りっつーか、つっこみ所がありすぎてつっこめない感じ。
「やっと気付いたか」
テルブが戸惑うエリックにつっこむ。
「禁軍の中でも当代の王子に仕える13番隊。戦闘能力が並々ではない代わりに、なんかこんなかんじ
・・・そんな人たちだったのか。でも、なんかこんな感じって。
「なんかこんなかんじとは酷いではないですか、テルブどの!」
「はい?」
私達の後ろで文庫本を読んでたラフィアナさんが顔をあげる。
貴方じゃないです。
それに呆れたのか諦めたのかレコンさんはエリックに、
「……とにかく王子。これからはこんな破廉恥なことを」
「しないよ。ソフィアの同意がない限り」
澄ました顔でエリックがレコンさんの言葉を遮る。
「誰が同意するか!」
当然即答する私。
「……どうやら大丈夫なようですな」
ふう、とレコンさん(多分)はため息をついた。
「ではトランプに興じよう」
その一方で銀髪の人が声をかけ、
「トランプ。ブラックジャック。手塚○○。鉄腕ーア○ームー♪」
天井裏からあの歌声。どうゆう思考回路なんだか。
「今は職務中だ! トランプは非番の時間にしろ! だが次は負けん!
おい。
「レコンの方が大丈夫じゃないかも」
エリックが呟く。それには同意したいと思った。



エリック兄ちゃんは、優しい。抱きしめてくれて遊んでくれる。いつも傍にいていつも遊んでくれる。だから大好きだ。
私がてこてこと走っていた。
今日はエリック兄ちゃんと遊べるんだと、とても楽しみにして。
広場についてそこにいたエリック兄ちゃんに、会えて嬉しくて、駆け寄ろうとする。
隣から誰かに突き飛ばされた。
「殿下とは俺が遊ぶんだ!」
「おいなにしてんだ、−−−」
エリック兄ちゃんがその誰かの名前を呼ぶ。
きこえない。私がそいつの顔を見た。
テルブの顔だった。

「・・・」
全身が汗ばんでる。
真っ暗かと言えばそうでなく、どうやらどこかで誰かが明かりをつけてまだ起きてるみたいだった。
「なんなのよ、今の夢」
あんな事があったことは覚えてる。でも、その「誰か」の顔は覚えてない。昔のことだし、どっちにしろエリックは私を誰よりも優先してたから、結局そいつは家に帰ってしまったはずだ。
そもそも私がテルブと出会ったのはレーヴィン学園の高等部入学式(うちの学校には初等部と高等部しかない。そもそもいろんな学校が世界にはあるけど、特に入学の年齢やら色々は統一されてない。まあ、公立はそれなりに決まってるみたいだけど)のはずだから、3年前になる。
なのに何で出てくるんだか。
わかんない。
夏の夜だからのどからからだし。
暗闇になれてきた目でふと隣を見ると、ラフィアナさんとテルブがいない。そしてエリックが今まさに起きたところだった。
「ソフィア? どうしたの」
「なんか変な夢見たのよ」
「そう。ねえ、何か飲みに行かない? レコンたちも疲れて寝てるみたいだから、静かにね」
「寝てるって、護衛なんでしょ?」
「ああ、危険になった時はコンマ一秒で来てどうにかしてくれるから。あれでも一応うちの精鋭だもの」
「あー、そう言えばそうだったかしら」
そう相づちを打って、ふと夢を思い出す。そういえば、
「あんたいつからそんな話し方になったっけ」
「へ?」
「昔は普通だったでしょ。例えば『ソフィア、そっちは危ないだろ』がいまじゃ『ソフィアー、そっち危ないよ』になってるし」
「あー、うん、まあ、ソフィアがあんまり可愛いもんだから」
「意味分かんないじゃない」
これ以上話し手もらちあかなそーだし。
「まあいいわ。じゃあ下に行くわよ」
「はぁい」
ったく。子供じゃないんだから、ろくな返事ぐらいしなさいよ。
そうは思うけど、あんまり言っても意味なさそうだし。
多分テルブ達も何か飲んでるだろうし、寝れなかったら何かボードゲームでもしよう。



深く重なる唇。それはどう見ても、あり得ない口づけ。
「・・・」
私は台所の入り口で固まった。
エリックは何故か頭を抱える。
仲がいい、とは思ってた。
でも、それだけでこんな事するだろうか。
台所で抱き合ってキスをしている二人は夢中になってるようで、こっちに気付かない。
姉弟だったよね? 姉弟だろ。
つまり、・・・近親○○!?
そして二人は顔を離す。そしてこっちを見た。
「・・・あ」
呆気にとられた、テルブとラフィアナさんの顔。
見つかった。

「つ、つまりテルブとラフィアナさんは」
「付き合ってるんだよ悪いか」
文句を言うなら親に言え、と顔で語りながらリビングのテーブルに座ってテルブは私の言葉にこたえた。
悪いも何も、近親でしょ。
「まあソフィア、黙っといてあげて」
エリックが私にそう言って、
「えっと、ごめんなさい」
ラフィアナさんが謝る。その肩に隣に座ったテルブが手を置いて、
「姉上が謝る事じゃないだろ」
「うん。でも、ダフィ・・・」
そのまま二人は見つめ合う。深く、海よりも多分深く交わされる視線。
は、入り込めない。
「・・・一応知ってたよ、俺は」
エリックが遠慮がちに言う。
「そうよね」
そうじゃないとそんな落ち着いてないし。
かくいう私達もテーブルに座っているわけで。
「ご免なさいね、恥ずかしいところを見せてしまって」
ラフィアナさんが儚げに微笑む。
「えっと、いや、はあ、その」
んなこと言われても、どう返せばいいんすか。
「あねう・・・」
「ダフィ。もう寝なさい。あと、出来れば殿下、席を外していただけませんか」
ぴしゃりとテルブの言葉を遮ってラフィアナさん。……儚げな割に、しっかりしてるなぁ。
エリックはくいっと目の前のグラスの水を飲み干して、
「はい。ソフィア、まあ・・・自然にしてればいいから」
と言ってテルブの腕を引っぱる。
そのまま逃げるように私が声をかける暇もなく二人はリビングを出て行ってしまった。
「あ、えと、その」
戸惑う私を見てラフィアナさんはいまいち表情をつかめない顔で、
「いい人ね、殿下って」
「は?」
いい人って、どこが。
何かいきなりいつも抱きついてくるし変な護衛は連れてるし前なんか勝手に乗り物に酔って事もあろうに私の膝枕を堪能してたし、………。
色々あげればきりがない。
「ダフィがいっつも話しているわ。私の事を話す時以外、ほとんどあの子、あなた達の話ばかりしているもの」
は?
「何でですか? そりゃテルブはどう見たって私達の事面白がってるけど」
「ダフィは殿下に心酔しているからよ。昔から尊敬して傍について忠誠を誓って、そう、こう言ってはなんだけれど、あの隊長さんよりも」
心酔? さらに分からない。あいつにどう心酔出来るって言うんだろう。
そりゃエリックはこの国の王子の中でも400年に一人の天才と言われてて、“蛇”なんて言われてる位だし演説も異様に上手いし。
でもそれは国民向けで、『ソフィアの前が本当なんだよ。俺の心を開くのはソ・フィ・ア♪』とか阿呆な事をほざいていたし、それはテルブだって知ってるはずだ。
そんな事をぐるぐる考えてるとラフィアナさんは上品に笑う。
「理由はダフィにも分からないらしいのよ。子供の頃になんかは貴方にやきもちを焼いてたけど」
子供の頃?
一瞬の間をおいて蘇るのは、さっきの夢。
もしかして、あいつがテルブ!?
い、いやでも、それだったらどうしてあの二人はそんな深い仲っぽくなかったのよ!?
だってレーヴィン王立学園の授業にエリックがついてきたのが初対面のはずだし。
・・・あれ!?
「ソフィアさん」
「ぁ、あり得ないですってそんなの!」
ラフィアナさんはちょっと困った顔をして、

「殿下の性格、考えてみて」

あいつの性格。つまりふざけて手も私を好いているとしたら。
男友達なんて私に出来るわけがない。
それに、テルブがラフィアナさんとこんな中なのを知っているって事は……。
はっ・・・!
「嵌められた!」
「やっと気付いた、とか?」
はい。情けない事にそのとおりです。
そう! よく考えりゃあ絶対そう。
あいつが私に近付いてくる男と、あんなスマートに付き合った試しがない。
小さい頃なんか私に近付く近所の子が男ってだけで威嚇してたらしいし、昔、貴族の子が私と遊ばせないエリックに蹴りを入れた翌日に引っ越してったりとか。
昔は私、そんな頭よくない子供だったから全然不自然に思わなかったけど。
「ってことはエリック、わざわざスパイとかさせるためにテルブを入れたんですね!」
「あとは男よけね。それにあの子、女は私しか見てないから
………よくもまああっさりと自信たっぷりに………。
「でも殿下が入れたんじゃなくて、ダフィが入ったのよ。入れと言われるのを見越してね」
はあ。
なんかあのテルブがエリックと以心伝心っぽいのが意外っつうか。
いつもどっか飄々としてるから、なんか意外。さっきの熱いラフィアナさんへの視線とか。
そんな事を考えているとラフィアナさんは吹き出す。嫌みっぽくないのが見事。いい育ちってのが顕れている。
「殿下が貴方を好きになったの、分かる気がするわ」
「へ?」
「考えてる事透け透けよ」
透け透け!?
「いやそんなスカートみたいに」
「羨ましいわ。貴族なんか狸の化かし合いだもの」
「そうですか? エリックなんか単純だけど」
ほとんどソフィア好き、しか言わないし。
「殿下も色々あるらしいわ」
色々? あの裏を見ても表な感じのくそ王子が?
でも何となく分かる。私だって伊達にあいつの幼なじみなんてしていない。
親は二人ともほとんどいないから、私が小さいうちははうちの親がたびたびエリックの世話をする事もあった。多分、寂しい事もあったろう。
それに演説なんかたまに水晶で見る事はあるけど、いつものエリックとはまるで別人のよう。
きりっとした聡明そうな顔で声のトーンを自在に操り、国民を納得させる演説をする。
王子だと、見ていれば実感する。
私なんかが届きもしない程。
多分くるくると表情が変わっているであろう私の顔を見て、ラフィアナさんは今度は自嘲気味に笑う。
「あの子が殿下と貴方の事に一生懸命なのは、殿下が友達として好きって事もあるかも知れないけど、私達に似てるからじゃないかしら」
「似てる?」
「そう」
どこが? エリックとテルブは似てもにつかないし、私だってラフィアナさんみたいにおしとやかって言うか、なんかいい人じゃないし。
そう思ってるのが顔に出たみたいで、
「性格じゃないわ。恋よ」
なんてラフィアナさんが言う。恋?
「王子と、町の娘さんの恋。時代が時代なら、姉弟の恋のように禁じられていた事だから」
はあ。そりゃ、そうだけれど。
「だからあの子はそれを叶えようとするの。私達のそれは叶わないから、せめていろいろ障害があるけど叶いそうなソフィアさんと殿下の恋を代わりに、ってこと」
・・・。
いやちょっと待て。
それって私の気持ちを無視していませんか!?
しかも代わりにって何よう!
「でも私がエリックを好きかどうかは分からないじゃないですか」
私がちょっときつめに答えると、
「そうよね」
そう言ってラフィアナさんが笑う。
「あの子も馬鹿よね。・・・それに、もし貴方と殿下が結ばれても」
その笑いがさっきみたいに自嘲的な、儚いものになっていく。
「私達が、許される、はずはないのよ」
ラフィアナさんは笑って言った。
儚げな、でも瞳は揺るがず、どこか堂々としていて気高く。
綺麗だと思った。
そして、女の直感か何かで分かる。
この人は、それでもテルブが好きなんだ。
許されなくても何でも好きなんだ。
そしてそれを、堂々と認める事が出来る。私みたいな初対面の奴の前でも。
何となくテルブがこの人を好きな理由が分かったような気がした。
「えっと・・・だから私達の事はその、黙っていて欲しいんだけど」
はっと何か気づいたようで、さっきの顔とはうってかわって、もじもじしながらラフィアナさんが懇願する。
「いいですよ」
黙っているくらいなら、別に良い。そう思う。
「そう? ……何でかしら、いつもこんな感じで話をしてると兄様も殿下も、他あと一人も認めてくれたのよ」
てことはテルブの兄さんとあと一人も、あの顔にしてやられたって事か。
げに恐ろしきかな、恋に落ちた女。同性からみてもすごい。
「あ、それと、私達の事とは別に、殿下の事、真剣に考えてみたらどうかしら」
は?
「なんですかそりゃ」
真剣も何も、あんなふざけた奴を?
「殿下は真剣らしいわよ」
「真剣って、言われても。だってあんなの、ふざけてるに決まってますよ」
「でも両想いじゃない頃、時々この私をないがしろにしてまでも、殿下についていたダフィーが言うんだから」
そんな事を言われても、私は分からない。
冗談なのか本気なのか。はたまた、殿下とエリック、本当のエリックがどっちなのか。
いや、本当は分かってる。どっちのエリックもほんとのエリックだ。
エリックと一緒にいる時に、時々『殿下』がひょっこり顔を出す。
殿下でいる時も、時々『エリック』が顔を出す。
ただ違うのは、『殿下』が『エリック』の顔を出すには、私がいるかいないかって事。
でも、私はそんなにたいした奴じゃない。天才のエリックとは違う。
昔はなんか妙な疾患があって、幼児のくせに今ぐらいの筋力はあった、なんてほんとどうでもいい話はあるけれど。
それ以外は至って普通。そりゃお祖父ちゃんの素性が素性なだけあって、手加減したエリックと張り合える位の体術は身につけてるけど、魔法はこのまんまいってしまえば、3級位の普通の魔術師レベルぐらいにしかなんないだろうし、学問なんかも普通。
性格もきついと思うし。顔も普通だし。
風呂に入っていた時の気持ちが蘇る。胸がきゅっと締まるような。
エリックは自慢の幼なじみだ。私には良すぎる幼なじみ。
どうしてそうなんだろう。どうしてあいつは私を好きというんだろう。
私なんて、ただエリックの足手まといになるだけなのに。
黙りこくる私をみてラフィアナさんも少し黙る。
それから優しく笑って、
「まあ、それは急ぐ事じゃないと思うから。ゆっくり考えていけばいいの」
そして唇に人差し指をあて、
「こんな事貴方に言ったって言えば、ダフィーに怒られるから、内緒ね」
そう付け加えて、目の前のグラスの水を飲み干し、そしてリビングを出て行った。
テルブの所へ行くんだろうか。



暫くして、エリックがひょいっと心配そうな顔をしてリビングの入り口から顔を出す。
その瞬間にあのはめられたと知った時の怒りが蘇ってきた。
「ソ、ソフィ・・」
「エリック。あんた、はめたわね。テルブと昔からの知り合いなんだって?」
そう言えば何でかぱっと笑って、
「うん! そう。騙された?」
そう言いながら椅子に座る。
「あんたねえ、『騙された?』じゃないわよ! 知り合いならそう言いなさい!」
「えー、だったらソフィア、ダフィラシアス避けるでしょ」
「避けるわよ! て言うかプライバシーの侵害よ」
「俺とソフィアの仲にプライバシーなんてないもーん。だってずっといっしょだしー」
そりゃそうですとも。エリックは私が生まれて15年の間付きまとってたんだし。
「それに、ソフィアに悪い虫なんて付けたくないもん。ダフィラシアスなら心配いんないし」
くりっと目を動かしながらエリック。
「人聞き悪いけど、あいつの姉狂いを隠す代わりだし」
姉狂いを、隠す?
「脅してるって言うの!?」
「違うよー」
エリックがへらへらと、でも怖いくらい真剣な瞳で言う。
「あいつはねえ、そうでもしないと心配なんだ。かなり危ない橋を渡ってるから。
  俺はそんな事しないよ。だってソフィア、俺の事嫌いになるでしょ。それにダフィラシアスは大切な親友だもん。ソフィアより下だけど。
  それにかなり良い人材だから、そんな一歩間違えれば嫌われる事したくない」
茶の瞳が濁って見え、青い瞳がこれまた怖いくらい澄んで見える。
そう言われれば、いやそう言われなくってもエリックの声には不思議な重みがきいてて、思わず納得してしまう。
結構正しい事なら尚更。
これが、『殿下』。エリックの中にいるもの。普通は遠く、尊いはずの人。
「……そう」
渋々頷いた私に、
「ああ! もしかして俺が嫌いになったとか!? そんな、利用するだけ利用して俺を」
一瞬でもとのエリックに戻ったあほ王子が叫ぶ。
「んな事誰がするって言うの! っていうかそれ、二回目じゃない」
前言撤回。こんな奴尊くない! 阿呆!
家が結構音が響きにくい作りになってて、父さんと母さんが起きてこないのが唯一の救い。
こいつに加えてあの二人までも加わってしまったらどうなる事か。
……考えたくない。
なんだかエリックと話すのが億劫になって、何となく水晶のスイッチを入れる。
この特殊な魔法を使った、いろんな番組を映す水晶は、最近ではテレビジョンとか呼ばれてるらしい。昔は魔法水晶の一種だったのに、時代は変わるもんだ。
とりあえず、深夜番組でも、一つぐらいは暇つぶしになるものがあるはず。
すっかりテルブ達の事で目も冴えちゃって、寝れないし。
「………では、次のニュースです……」
水晶に映像が映る。
ばちっ。
激しい音を立てて、水晶が切れた。
見ると、エリックが遠隔操作用の水晶(リモコン)で電源を切っている。
「何するのよ!」
「……別に」
私から顔を背けてエリック。
「もう、寝る」
そう言ってエリックは席を立ち、二階にすたすたと去っていった。何となく、逃げるように。
……なんだっていうの?
リモコンを持ち上げ、スイッチを入れる。
「……今回の陛下と王妃様の………」
映像と音声が、私の気分とは関係なしに流れていった。



がらり、と引き戸になっているドアを開ける。
すうすうと、三人の寝息。エリックも、気持ちよさそうに、なんの警戒心もなく眠っている。
明かりはつけない。エリックを起こしたくない。
暗がりに慣れてきた目で、皆を踏みつけないようにしてそっと自分の布団までたどり着く。
いつの間にか、私の隣はエリックになってるけど、それでも別にいい。
さっき、見たニュース。
今回のおじさんとおばさんがルエーナ地方へ行った理由。
それはエリックが二人に進言したわけでも、セッティングしたわけでもなくて、政治上の、大貴族の脱税やそれによるテロによるものだった。
忘れていた。その事を。
エリックは、そういう事は言わない。もう慣れてしまっているから。
でも私は、エリックが家にいて、泊まったりする時点でそれが分かる。
伊達に、何年も幼なじみをしていたわけじゃない。
でもそれは言わない。言えない。
昔、エリックが誕生日に二人に祝ってもらえなくて、私達の家で祝ってもらった後、泣いていたのを知っている。
その時私は、お風呂に入ろうと言ってエリックを引っぱった。
その後贈られてきたプレゼントの服を、引き裂きかけて、それでも大事に取っていたのを知っている。
その時私は、エリックの昔の服で男装してエリックに見せた。
エリックが、その後の誕生日に、両親との約束が破られてしまって、泣きそうな顔をしていたのを知っている。
その時私は、エリックにプレゼントをあげて、エリックが用意していたケーキをねだった。
そうする事しかできなかった。それの方にエリックの関心が行くのも、エリックが悲しむのも嫌で、少しでもエリックにそれを忘れさせようとした。
そうしてるうちに、エリックが両親の事で落ち込むのは見なくなった。
その代わりに、私がエリックにアタックされる事になった。
だから、ラフィアナさんが言うみたいに、エリックが私に本気なわけない。寂しいのを誤魔化してただけ。私があいつに似合うわけない。
もう親には期待せずに、身近な人と一緒にいるだけ。
でも多分、今回はさすがに寂しかったんだろう。
だから、
「エリック、ごめんね」
何をごめんかは分からない。そう言ったからといって、胸を締め付けるこの感覚がなくなるわけでもない。
これは秘密だ。
テルブとラフィアナさんの秘密みたいにもの凄いものじゃないけど、でも、秘密。
天才王子と平凡な娘の恋なんか、私の中ではまだ禁じられてる。
だから、この妙な気持ちは秘密。もっとはっきり分かるまで。
それが分かったら、どうするかなんて知らない。
ただ、隣に眠ってるエリックがいつも、笑って怒って拗ねていてくれればいい。
目をつむって、心からそう思った。




第四話 おわり

よかったら一言感想をどうぞ。無記名でも大丈夫です。

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