「大切なものはね、貸し出し禁止になっているんです」
「へえ、そうなの」
あの後、エイダの権力のおかげで、フィンの縁談は取りやめになった。
だから今も、平和にフィンとルーフェルは図書室で話を続けている。
「ほら、この本とかね。だから、俺はここで持ち出し出来ない本を見るしかないわけです。それが研究員たる所以ですがね」
『聖槍ラグイシアータについて』などというよく分からない本をルーフェルが示す。
それをさわってラックに戻す手つきが、これまた丁寧で心がこもっていた。
本。古の知識と思いがこもったもの。
大事なのは分かるが、どうも自分より本が丁寧に扱われている気がして仕方なく、フィンには少しカンに障る。
そんなフィンに、なぜかにこにこ笑って、碧の瞳を向けてくるルーフェルもさらにカンに障る。
「………帰るわ」
思わず音を立てて席を立つ。
はーい、とのんびりルーフェルが言った。

 *

「本にヤキモチ、っていうのも良いなあ」
「……お前の腹の中ってほんっと真っ黒なんだろな」
「イカスミよりも漆黒かも」
くっくっく、と前よりもさらに腹黒い笑み。
「……確かに……」
(ああ、本当にこんな奴に惚れられて落とされても大丈夫なのか、フィン)
フィラナルは心配になる。が、ここまで二人が進んでしまったので、今更忠告する事も出来ない。
だが、多分、多分大丈夫だと思いなおす。ルーフェルは性根から腐っている程ではないと思うし。
「……お前にも、まともな人を思う心がある事を期待するよ……」
「随分失礼な事言いますね。君の愛しい愛しいチヨさん対策用の参考書、貸してあげないですよ。せーぜー彼女に勉強が分からない恥を曝しなさい」
「それは止めてくれ」
やっぱ見守っておこう、とフィラナルは心に決めた。

 *

「………」
「不機嫌ですねえ、フィンさん」
「不機嫌って程でもないわよ。あの馬鹿親父がまた縁談持ってきただけ。
 殿下との縁談なのよ。でも、殿下にはその気がなくって、普通に話をして終わったの。
 ルーフェルの話が好評だったわ」
というかずっとルーフェルの事しか思いつかなかった。
「ああ、あの殿下さん。確かソフィアって子に夢中でしたね。
 まだ俺が学生だった頃、この図書室で参考書を探していて、まだ幼い第一王子とその少女を初めて見たんです。
 今でも二人でよく来るけれど、本当に彼女を愛しているのが目つきで分かりますね。公務や演説の時の虚ろな瞳とは全く違って生き生きとしてて」
「ええ、そうなのよ。だから気が合って。
 で、もう二度と縁談の席では会わないようにしましょう、と約束したのにあの馬鹿親父! また会えとか言ってアポとったのよ、信じられない!
 そんな時間があればここにいるわよ」
「おや、それは嬉しいなあ」
にっこりとルーフェルが笑う。
フィンの心臓が波打った。
「ここにいるのが少し落ち着くだけよっ」
どういったらいいか分からなくてそう言い捨てる。
ルーフェルがもう一度笑い、フィンの手をぎゅっと握る。
暖かく、乾いた、気持ちの良い手の平。
出会った時に握られた時より、心臓が跳ね上がる気がするのは何でだろう。
そして何故か、引力でもあるかのように、離しがたいのは何でだろう。
「ねえ、その殿下ともう一度会う日、抜け出してここに来ません?」
「え……」
なんだか話しづらくて、それだけしか言う事が出来ない。
「フィンさんは、貸し出し禁止、なんて、ね」
ひゅっ、と喉がつまったようになって、胸が熱くなった。
「……っ」
「もちろん俺の方もフィンさんが言うなら貸し出し禁止ですよー」
そう言って笑うルーフェルの顔を見るだけで、胸が、体が、心が、頭が沸騰しそうになる。
ああ。
フィンは確信する。
どうしよう。
好きだ。
この人が好きだ。
本気で貸し出し禁止で、このままずっと手を握っていたいくらい、とても、好きだ。
ほぼ口説き文句を言われているのにも気付かず、フィンは既に実は若干赤くなっていた頬を更に紅潮させ、ぎゅっと目を瞑った。

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