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「明日は俺、休みますねぇ」
ルーフェルはカウンターの中からフィンに笑いかけた。
「……あら、そう。どうしたの?」
フィンは怪訝な顔をする。
「有給が余ったんです。フィンさんに会えないのは寂しいですけど、まあせせこましい相談のない一日を満喫させてもらいます」
「……貴方、本当にイヤミね」
「お褒めにあずかりまして光栄ですー」
褒め言葉ではない。決して。
更になにか言い返そうとするが、言葉の出ないフィンに対し、ルーフェルは邪気のない顔で微笑んだ。

 *

「気になるわ。もの凄く。あの男がプライベートで何をしているのか」
「……へえー」
図書室で静かに本を読んでいたフィラナル=テルブは、真剣な顔で話し掛けてきたフィンの言葉に、至極微妙な顔をした。
今のフィンの発言。多分ルーフェルの思うツボである。フィラナルにはひしひしとその気配が分かった。
先程の、フィンに微笑みかけた後の腹黒そうな笑みは、これが原因だったのだろう。
多分、なにか恋愛小説的なイベントをきっちり用意して、ルーフェルは網にサカナがかかるのを待ちかまえている。
しかもそれは、どんなに他人には不味かろうと、本人には最上の味がするサカナだ。
いや、網とサカナという表現ではぬるすぎる。蜘蛛と蝶というべきか。
性悪の蜘蛛と極彩色(蜘蛛にとっては)の蝶。よく似合う表現だと思う。
「でも……ほら、」
しかし友としては少々心配で、彼にとってはプライベートだし、と言おうとするが、
「あー……じゃあ、確かめてみればいいだろ」
と言い直す。
(ルーフェルになにか報復されたら、たまったもんじゃないからな)
ごめん、フィン。おとなしく糸に引っかかってくれ。
フィラナルは心中でフィンに心から謝った。

 *

いつもの制服と違うルーフェル。
親しげに数人の男・女友達と会い、笑顔で笑いあうという事はない。
広場の噴水で読書をひたすらしているだけだった。
花売りの少女から花を三、四本買い取っただけで、後は何もしていない。
寂しい。見ているこっちがもの凄く寂しい。
「………」
噴水のそばの喫茶店内から、フィンはガラス越しに見えるルーフェルの様子にため息をつき、コトリとジュースのグラスを置いた。
つまらない。というか、こんな事をしてしまっている自分が切ない。
そんな事を考えていると、ルーフェルがスッと立ち上がった。
どうしたのだろうと目をこらすまでもなく、ルーフェルの前に、人々の中から白のシャツに黒のジャケット、青のジーンズの人物が現れる。
二言三言、言葉を交わしているようだが、離れたこの場所からではよく分からない。
だが、ルーフェルのにこにこと笑っていた顔が、次第に妙な迫力を帯びてゆくのは分かる。
相手が真面目な顔で更に一言言った時、明らかにルーフェルの表情が変わった。
鋭い瞳に真面目な顔。それに相手が明らかに怯む。
にこり、とそれを見てルーフェルが微笑むが、それはフィンの知っている彼の笑顔ではなかった。
腹黒そうな、暗闇の底から何かを嘲笑うような笑顔だった。
フィンには馴染みがあるといえばある顔。貴族の人々がしていたのを何度か見た事がある。
そういう人々ははタチが悪かったり、生い立ちが妾腹であったり、それなりに事情が複雑な者達ばかり。
戦慄すらも走る、そんな笑顔をするルーフェルは何者であろうか。
そこまで考えて、先日発覚した事実に思い当たる。
『ルシュカートのハイブリッド』。彼はその血を引いている。辛い思いをした事だってあるだろう。
だが、そう考えて相手を見ても、顔の角度、仕草からして、嫌味な感じは考えられない。
むしろ丁寧で礼儀正しい感じだ。
なんだろうか。そう思って相手の顔を更にじっと見つめる。
「あ……」
見覚えがあった。
よく宴で、上級貴族、エイダ家の家長の弟、ローザック=エイダの傍に控えている……おそらく彼の護衛兼執事の男。
それが、どうしてこのような町中にいるのか。しかもよりによってどうしてルーフェルと?

 *

挨拶とほんの少しの世間話を終え、父親に仕える目の前の男は本題に入ろうとしているようだった。
不快だ。彼に罪はない。失礼もない。けれど、不快だ。
「シグマ様が……どうやら、妾の問題を探り始めたようなのです」
「で?」
わざと突き放すように静かに笑みを浮かべる。シグマは父の子。つまり自分の弟である。
それが妾の問題を探り始めたという事は、則ち自分が見つかるかも知れないという事である。
シグマより年上の、しかし妾の子であるという複雑な立場の自分が。
「ばれないように惚けてろ、って?
 言われなくともそうするよ?
 昔は頼れる親父だったけどね、もうどうでも良い。
 だから、シグマを退けて家を継ごうなんて考えないよ。
 ……それに今は用事があるんだ。さっさと帰ってくれる?」
彼がいい人なのは分かっている。多分今回の忠告も善意から、単独で行ってくれているのだろう。
けれど、父親の事を思い出すから、不快だ。
早く何処かへ行ってしまえ。
フィンが、あの喫茶店から見ているのだから。
しかし目の前の男は首を振り、更に言葉を続ける。
「いいえ、違います、ルーフェル様。
 シグマ様はローザック様の子ではない事が、先日発覚したのです」
流石に一瞬、息が止まった。
弟は父が母を捨てた直後の、ちゃんとした縁談で決まった正妻の子。
それが、父と血が繋がっていない?
「……は、っ……?」
「最近の事で御座います。奥様が時折、妙な言動に走られる事が多くなりまして……。
 その時に、シグマ様が心配なさって、同時に何もしないローザック様にお怒りになりつつ、色々とお調べに。
 すると、奥様には結婚後よりの間男がいて、シグマ様はその男の子であると。
 奥様によると、ローザック様は、他の女が未だに心の中にいるから、気兼ねなく間男を作る事が出来たという事でした。
 そしてローザック様にはそれ以外に子がいない」
「という事は、もしかして、親父と血が繋がっているのは、俺だけって事?」
正式には、家を継げるのは、ルーフェルだけだというのか。
しかも、シグマはかなり素直で真っ直ぐ、剛胆で礼儀正しく潔いと聞く。
と、いう事は。
「はい。シグマ様はそれで……お母上の事、ルーフェル様の事を更に探っているのです。
 もし父親の思い続けた女に、父の血に連なる子がいれば、潔くその子供に自分の権利を譲ると」
「……それ、こちらにとってはかなり迷惑なんだけど。
 ちゃんとやりがいのある、辞めたくない職に就いた後だし。母さんは父さんが忘れられないようだけど、俺が独立できるぐらいには元気に仕事とかしてるし。
 俺達の『血』が露見すると、更にややこしくなるし」
予想通りのシグマの行動に辟易して頭を押さえる。
エイダの家の長男ではないとはいえ、父は次男。その後をルーフェルが継ぎなどしたら、どれだけ調べられるか。
堪った物ではない。
呆れる気持ちは向こうも同じなのだろう、はあ、と大仰にため息をつく。
「というわけで、私の方も最大限の努力は致します。
 ですが、シグマ様の交流関係は広く、中には凄腕の情報屋も親友にいらっしゃるとか。
 なので、覚悟を決めておいて下さい。
 シグマ様が来た場合、どのようにするか、決めておいて下さい」
「分かった。とりあえずイヤミときっつい事と、今の生活への思いを言えば良いんだね」
「はい」
ルーフェルの血を知りつつも、依然と全く態度を変えない男は我が意を得たり、と頬を緩ませる。
「しかしその『奥様』も鈍いよ。うちの親父はもうとっくに母さんを見捨てて、愛してなんていないし、心残りもないはずなのに」
その一言に、緩んだはずの男の頬がまた引き締まった。
「いいえ。
 ローザック様は、未だにお母様に惚れていらっしゃいます。
 ただ、色々な恐れがあるだけで。
 情けない程器の小さいお方ですが、それだけは本当です」
「…そうかもね。
 でも、そんな風に整理の着くもんじゃないんだ。
 いくらそんな事を言っても、俺達の受けた仕打ちは取り消せやしない」
優しくしてくれた父の面影は未だ記憶の中に。
冷たい父の姿はそれよりもくっきりと。
器が小さくて、とてもルーフェルと母の事を受け入れられなかった愚かで愛しい父。
そうでなければ、とっくに『あの男』とでも呼んでいたかも知れない。
けれど、ルーフェルにはもう、それより優先させるものがある。
自分。フィン。フィラナル。母。その他にも、沢山。
「とにかく、ちゃんと対処するから」
「……。では、失礼します」
ルーフェルの意を汲んだのか、男はそうとは見て分からないぐらいに軽く礼をして去っていった。
ルーフェルはその背に声をかける。
「じゃあな。ギャッハフィルド=ディットアルト。元気で」
名前だけは大層な男はそれにまた軽く礼を返すと、人混みの中へ消えていった。
「……さて、と」
フィンはどうしただろうか。
先程の喫茶店を見ると、彼女はもういない。
「……ちっ」
逃したか。
迂闊だった。こんな話に気を取られ、あの愛しい人の動向を見逃すとは。
蝶を食べ損ねた蜘蛛の気分で、腹黒男は周りを見回す。
勿論、フィンはどこにもいない。
はぁ、とため息をついた、その時だった。
「……ルーフェル=スィルガ」
いきなり後ろからか細い声が聞こえた。
「うぉっ!?」
思わず叫んで振り向くと、底に般若の如き形相をしたフィンが立っている。
いつの間に。それだけルーフェルはあの話に集中していたろうか。
いや、もしかするとフィンにも少々武道の心得があるのかも知れない。
「今の話。
 ……聞かせて、いただいたわよ?」
「は…?」
「妾腹のようね? お前」
般若のような顔を無理矢理笑顔にするのを見る、というのはかなり恐いものだ、とルーフェルは実感した。
フィンは綺麗に笑っているのに、もの凄く恐い。
「なぜそのような大事な事を言わないの!」
「……はれ? 大事な事?」
ルーフェルにとって大事な事は自分の血筋であって、妾腹という点においてはあまり知られようが知られないでいようがどちらでもいい。
「また私を信用していなかったのね!?」
「……ぁ、言うの忘れてたー。ごめんなさい」
やっと今の一言で自分の失態を悟ったルーフェルはとりあえず謝る事にした。
その方面の感覚はフィンの方が常識に近いのかも知れない、と思う。
とりあえずにこりといつもの笑い方をしてみると、フィンは思った通り、うっ、と言葉に詰まって黙り込む。
しかも心なしかその顔が赤い。
うん、落とすまでもう少しだ。そう確信する。
「どうしたんですー?」
「……ぉ、お前は。
 なんだというの? 休みを満喫すると言ったのに、どうしてこんな所で本をずっと読んでいるの」
話を明らかに逸らすフィンに、ルーフェルは微笑みかける。
「フィンさんがいないかなあって思ったから。
 気になって着いてきたんでしょー」
火でも点けたように一気にフィンの顔が赤くなった。
「っ……せせこましい相談がない、と言ったじゃないの!」
「そうですよー」
「なら、どうして!」
顔を更に真っ赤にし、そっぽを向きながらそう言うフィンが、ルーフェルはとても愛おしい。
手を伸ばし、フィンの頬に触れ、ルーフェルへと向ける。
「だって、ほら」
更に困惑した様子のフィンに、ルーフェルはフィンへの愛おしさをありったけ注いだ声で告げる。

「ここはもう、図書室の外でしょう……?」

 *

「……誤魔化された。誤魔化されたわ、絶対!」
椅子に座るなり開口一番そうフィンは告げた。
「はいはい」
フィラナルが気のない返事を返してくる。
「で、どうだったんだ、昨日は」
「……ずっとルーフェルは文庫本を読んでいただけ。
 でも、その途中で……」
「途中で?」
「いいえ、なんでもないわ」
思わず言ってしまいそうになったが、やめた。
妾腹だとか、そんな事は話すべきではない。
「でも、なんだか私に気が付いていたみたいよ。
 だから一緒にお茶を飲んで、それで別れたの」
そう、フィンとルーフェルはあの後、普通にお茶を飲んで、ゆっくりと心地良い時間を過ごした。
太陽と店の照明の光に、揺れるルーフェルの琥珀の髪が輝いていたのを覚えている。
その前のあんな事など忘れてしまったかのように、嘘であったかのように、その時間は穏やかで、帰る時間になってもとても名残惜しかった。
なら、その前のあの艶っぽいルーフェルはなんだったのか。
フィンが勝手にそう感じてしまっただけだろうか。
考えれば考える程、分からない。
また勝手に周囲を無視して悩み出したフィンには、フィラナルが心配そうでいて無責任な視線を向け、そっとため息をついた事など知る由もなかった。

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