水玉。

水玉。

「ウリエル、買い物に行きたいんだけど」
空に島が浮いてから暫く経った。もうそろそろ食料を買いだめしに行かねばならない。
これまでにウリエルが出荷のついでに買ってきた事もあったが、家政婦である以上は下へ降りる方法を知っておかなければ。
そう思って、ラエはウリエルに洗濯物を干しながら声をかけた。
「郵便受けに体突っ込んだら、元々家があった所に行ける」
ウリエルはごろりと転がりながら答える。半ば予想していた答えだった。
「分かった」
「……分かったんだ」
「だって、大天使の家の郵便受けだもの」
普通のモノではないだろう。地上にも一つあるのだから。
「……後、もう一つ、方法がある」
ウリエルがそう言って立ち上がる。地面を転がったばかりなので土が付いているかと思えば、付いていない。どうやら魔法で落としたらしかった。
普通なら、そんな事で魔力を使ったりするはずはないのだが、この大天使は魔力が有り余っているらしい。
魔法で洗濯をしようか、と言われたが、それはやり甲斐がないので、ラエは断った。大体、そんな風にして出来た洗濯物は、そうでないものと汚れの落ち具合が違うのだ。乾かす時のゆくりとした時間が少し惜しい、という事もある。
「何?」
聞くと、ウリエルは微笑んでぱちりと指を鳴らした。
風が吹く。ウリエルと契約している精霊、そうでない精霊も、ウリエルの意のままに動かす魔力の風。
瞬く間に洗濯物が竿の上に乗っかった。
「さてと」
それを見届けて、ウリエルはラエの横でいたずらっ子のようににんまりと笑う。最も、普通の人にはよく分からないであろう微妙な表情だったが。
ラエがその顔を見て珍しく妙な予感を感じた時、後ろからウリエルに抱きしめられ、そのまま足が地面から離れた。
浮いている。宙に、浮いている。
「えぇ!?」
「掴まってて」
ウリエルの声と共に、ばさり、と翼の羽ばたく音がした。
ぐん、と高度が上がり、それから下がる。
それだけで浮遊島の端から1メートルの上空に、ラエとウリエルが浮いていた。
ウリエルの腕をしっかり掴み、首だけ回してウリエルを見ると、彼の背中から翼が生えていた。
前に見た羽根一枚とは比べ物にならない程の神秘的な美しい蒼い輝き。そしてそれに包まれた純白の整った形の美しい翼。ウリエルを描いた絵画を数点見た事があるが、そんな物とは比べ物になりはしない。
しかもそれが生えている体の、布ごしの感触は鍛え上げた筋肉のものだ。
顔と言えば言うまでもなく、綺麗すぎる。
下には町。上には青い空。
ラエはウリエルに抱えられ、風の感触を肌に受ける。
初めて、空高く飛んだ瞬間だった。