水玉。

水玉。

とろりと肉を入れたクリームソースが茹で立てのスパゲッティにかかる。
後は香草を適当に盛りつけて、皿をコップと一緒にワゴンに乗せれば完了だった。
ウリエルはどうも酒に弱いらしいので、ラエはいつも通りリンゴジュースをワゴンに乗せる。ラエは奮発して買ってきたミネラルウォーターだ。皆にとっては変なようだが、ラエにとってはとても美味しい物である。
ワゴンの準備が済んで、ラエは台所の隅に座っているイェンに声をかけた。
「イェン、準備出来たよ」
どうも、イェンも敬語は嫌らしいので、そうする事にしている。
しかし、イェンはそれには答えず、じっと鍋を見て一言ぽつりと呟いた。
「教えるまでもなかったな」
「そう?」
「そうだ。我はまともに料理が出来るようになるまで百年程かかった」
それは果たして、彼または彼女にとって短いのか、長いのか。どうやら長いようだが、明らかにラエの感覚とはどこか違う。ラエにとっては一生分の時間だ。
「断じてウリエルの事ではないが、とある男に舌鼓を打たせたくて、練習したのだ。
 なにせ元が家なものでな。生まれつき無精だったから、なかなか体も動かず、かなり時間をかけた。
 上達する度に褒めてくれるのが嬉しくて、上達したと感じる度にいちいち彼奴が来るのを待っていたというのも、時間がかかった原因だろうな……」
イェンはそう言ってどこか遠くを見つめているような、切なそうな目をした。
(好きだったのかな)
その、男の事が、好きだったのだろうか。未だ、本格的な恋愛を経験した事がないラエには分からないけれど。
「……年を取ると長話をしてしまうものだな。料理が冷めてしまいそうだ。
 さあ、行くぞ」
頭を振ってイェンが立ち上がる。
ラエはワゴンを押して、イェンと一緒に廊下へ出た。
イェンの足は、やはり家から出ているように、くっついているように見える。この家から出れるのだろうか。
「ああ、そうだ。今度、市場に買い物に行こう。我はこの何百年か、食料の買い付けしかしておらんのでな。服が欲しい」
振り向いてそう言い、目を輝かせ、自身の髪を撫で付けるイェン。
出られるのか。それを問うのは失礼なのかも知れない。だから、何か方法があっても、それは今度の楽しみにしておこうと思って、
「はい」
そう答えたラエを見て、イェンはクスリと笑った。
「出られないのではないか、と主は言わぬのだな」
「だって、出られるんでしょう?」
あっけらかんと言い放ったラエに、イェンは更に破顔する。
「流石は、ウリエルのお気に入りだ」
またそれを言われて、ラエはよく分からずに、内心首をかしげた。