水玉。
20
水玉。

「ウリエル、ほらお土産ー。いやはや、今まで出すの忘れてたよ」
そうのたまってずかずかと部屋に上がり込んできだイザナギが、部屋のテーブルの上に土産の箱を置いた。
ウリエルは訝しげにそれを見つめる。
「……食い物じゃねぇだろうな」
「違うって。二百年前みたいな事はしないよ」
二十年前のお土産での食あたり事件を思い出し、ウリエルはため息をつく。
あれは酷かった。この自分すら涙を浮かべる程の土産の不味さ、そして食あたり。
天魔大戦中の食料よりも酷いと思ったのは、あまりにも平和を謳歌している所為だったのだろうが、それぐらい酷かった。
「じゃあ、後でラエと見ておく」
「はーい」
幸せそうに返事したイザナギの顔を見て、ウリエルはため息をついた。
「……また、旅に出るんだろ? 親父」
ぎくりとイザナギの顔が強張る。全く、この男は。
ウリエルは伊達に四千年以上生きてはいない。しかも三千年歳頃まで、結構波乱に満ちていた。貴族へのいきなりの格上げ、そこから自分の筋を通すまで。薬学、第二次天魔大戦においての天使軍での地獄の体験、中立軍へ、そこからのまたの地獄。そして戦争の終結。
それが約二千歳までの想い出の中に入るという人生。それからも色々あった。
いやでも人生経験が多くなるというものだ。
ましてや親子なのだから、イザナギが絶対分からないと思っていても、ウリエルにはうっすらでも分かるというのに、どうしてそれが分からないのか。
「えっと、ウリエル……その、今度が最後の旅だから。ね……?」
上目遣いで冷や汗をだらだら流しながら、イザナギがしどろもどろに告げる。
最後の旅。そう言う理由は、おそらく老いと見当がつく。
ウリエルにはまだまだ遠いもの。
胸がぎゅっと痛んだ。
「分かった。行ってこい。
 ただな、一つ条件だ」
安堵の表情を浮かべながらも、不安げにイザナギがウリエルの顔を見つめる。
「ちゃんと帰ってきて、一発殴らせろ。……心配なんだよ、息子として」
恥ずかしくて顔を背けてしまいたいが、どうにか堪えて、イザナギの顔を真っ直ぐ見据えると、
「……うん。帰ってくるよ。いつもより間はあくかも知れないけれど」
イザナギは微笑んで嬉しそうに言う。
ウリエルは空が好きだ。見ていて飽きる事がない。
花も好きだ。育つさまは愛おしい。
ラエも好きだ。いろんな仕草も、性格も綺麗だから。
でもイザナギとキャンベルはそれでは足らなかった。3人で暮らした時、ウリエルにかかる負担など、他の事も色々あるけれど、ちょっとした暇つぶしのつもりで出かけた旅行にはまってしまったのは、それが大きめの原因ではないだろうか。
長い寿命。けれどそれは無限ではない。いつか尽きる。与えて奪う。それが寿命だ。
そこまで思いを巡らした刹那、ウリエルは何故かむしょうにラエの顔が見たくなった。
自分は若いという安心を得ようとしたのか、自分より寿命の短い人間を見たかったのか、それとも何なのか。
多分、ラエの存在がウリエルの中で多くを占めているからだろう。ぼんやりとそう思った。