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水玉。
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水玉。

歯ブラシ、ワンピース、財布、ズボンにシャツ、ブラシ、肌用クリーム、等々。
意外にたくさんある荷物をまとめながらも、ラエは怒っていた。
だが口に出してグチグチ言ったりはせず、ただ顔を顰め、静かに恐ろしい程の怒気を発散させているだけだ。
そして最後に、ウリエルがくれた例のワンピースに手をかける。
「どうしよう、これ」
かなりのお気に入りだったのだ。置いていくのは惜しいけれど、でも、図々しく持っているのもどうだろうか。
それをくれた時のウリエルの笑顔が頭に浮かんで、ラエはため息をついた。
もしかして、言い過ぎだったろうか。でも、あんな風にも喋る事をどうして言っておいてくれなかったのか。
それに、もう引っ込みってものがつかないし。
「置いていこう、かな」
「ほう、本当に出て行くのか」
後ろからいきなり声をかけられ、ラエは殆ど飛び上がるようにして振り向いた。
イェンがそこに立って、ラエの顔を覗き込んでいる。何かを面白がっているような、嬉々とした表情だった。
「何だ、イェンか。驚かさないでよ」
「驚かすのはそちらのほうだ。(いえ)に帰ってきた途端に部屋に閉じ籠もって荷造りなどし出すし、ウリエルはさっきからずっと…」
そこまで言いかけてふむ、と小考し、
「いや、いい。
 しかし、そこまで怒る事もないだろう」
「でも、私にあんな風になるのを教えないって事は、さあ」
ラエはそこで一息ついて、
「信用されてないって事じゃない。信用出来ないって事じゃない」
そう一気に言い切って、俯く。
どうして昔からこういう事がショックだったのかが分かった。自分は信用したいのだ。
信用出来る相手なら、酷い事をされはしない。自分の、本当の両親がやったような事を、間違ってもしたりしない。そう思う。
「……信用、か。いいや、ウリエルは主を信頼しておる。そして、信頼出来る男だ。全く、男心の分からん奴だの」
「え?」
ラエは驚いて顔を上げる。
「大体にして、奴がこの家に人を住まわせる事自体、天変地異に等しいという事は、つまり主はウリエルの信用出来る大切な、本当に大切な奴だという事。
 いいか、ウリエルは身分や称号、寿命こそ無駄に大層だがな、基本的にはまだ二十歳程のガキだ。
 加えて、あれは分かりづらいかも知れんが、基本的に性格は変わっとらん。ただ口数が多く、言葉が荒っぽくなるだけだ」
それだけで十分だろう、と思ったラエの顔を未だ嬉々とした表情で、目だけは真面目に見つめてイェンは続ける。
「大体奴のあれは数日毎に切り変わっとるのだ。
 良いか、ウリエルがそんなに薄情な奴ならば、それを毎日必死になって隠そうとはせん」
「へっ?」
意外な事実だった。それにラエが目を丸くするとイェンは呆れた様子で告げる。
「嫌われたくなかったのだろうな。主はウリエルの気に入りそうな奴じゃ。
 信用とかそういう問題ではなく、ただ恐かっただけ。全く愚かとしか言いようがないがな」
「・・・」
そうなのだろうか。でも、もしかしたらウリエルがイェンにそう言うように仕向けたのかも知れないし。
そう考えたラエの表情を読み取ったのか、イェンは眉間に皺を寄せて苛ついたように一言。
「我はウリエルの言いなりになるタマだとでも言うか、小娘」
思わない。
「ご免なさい」
「………お主と言う奴は。まあいい。あれを見ろ」
イェンの指さす方を見ると、部屋の扉が無くなっていた。
そしてその前に、ウリエルがあたかも有る筈の扉にもたれ掛かるようにして座っている。
「!?」
ラエの心臓が大きく弾んだ。
「驚くな。自分の体だ、透かせるに決まっている。安心しろ、向こうからは見えん」
当たり前のように言うが、勿論ラエは自分の体を透かせない。
驚きもそのまま、じっと見つめてみると、向こうでウリエルは頭を抱え、どうも悩んでいるようだった。上を向き、下を向き、左右を見、ため息をついて、何かを思いついたような顔をしても一瞬後には悩んでいる。
歪む顔はとても真摯で、誠実で、薄情なようには決して見えない。
そして時々、ちらりとこちらを心配そうな目で見つめ、顔を更に歪める。
誰の事で悩んでいるかは明白だった。
「哀れで、滑稽だ。だが、あれがただ、お前を騙していただけの男か?
 信用のならない、薄情な男か?」
言われなくても分かっている。
ジン、と心が浸みた。怒りなど、問うに何処かへ飛んでいる。
なんて、滑稽で、面白くて、……愛おしいのだろう。
そう考えてる間に、ウリエルはこちらに向き直る。腹を決めたらしい。
真っ直ぐな目が、見えていないはずでもラエを捉える。
「ごめん。ごめん、な……ラエ」
透き通った、綺麗な声だった。
思わず扉を開けると、ビクリとしたものの、決して後ろには下がらない。
「実家には、帰らない」
そう告げると、ウリエルは救われたような顔で立ち上がる。
「あの……」
言いかけて、またウリエルは悩み出す。
「帰らない。もう、なにも隠してないわね?」
「……隠してるんだけど」
「え?」
「いや、その……」
瞳をせわしなく動かしながら、戦時中の思い出とか、何か色々、とボソボソと白状する。戦時中と言ってもおよそ三千か三千五百年前の第二次天魔大戦の事だろう。
「良いよ、そういうのは。性格とかで」
「もう、口調とかは隠してないよ。ただなんて言うか、何日か毎に朝起きると喋りたい、とか、色々な気分になる事があって、それで入れ替わってるだけ。
 ……自分じゃ、何にも変わってないつもりなんだけど、やっぱ違うんだよ、な」
ごめん、とまた告げられる。びくびくして見つめてくる顔は面白い。
こちらから抱きつくと、そっと慎重に抱きしめ返された。