水玉。
10
水玉。

ラエが待ち合わせ場所に着くと、ウリエルがもう既にそこにいた。手には布に包まれた長い物を持っている。
「ウリエル」
「ラエ。もしかして、暇だった?」
「ううん。暇じゃあなかったよ」
暇ではなかった。確かに。
色々とウリエルとの出会いなどを聞いたくせに、いつの間にかいなくなっていた、あの二人と共にいて、果たして暇であるだろうか。
「そう」
そう、一言だけ答えて頷き、ウリエルはラエと一緒に歩き出す。
「ねぇ、ラエ。うちの馬鹿親父に会わなかった?」
「え?」
図星だった。だがしかし、そう言ったウリエルの横顔を見ると、とても剣呑そうな瞳をしているので、
「ううん」
正直に答えるのはやめておいた。
「……あの馬鹿親父、この町にいる」
会いましたとも、そして話しましたとも。そう言いたいのをぐっと堪えてウリエルの隣を歩く。
が、そんな事は必要なかった。
「あ、愛しのウリエルーっ!」
そのイザナギの叫びと共に、例の二人が飛び出してきたからだった。
特にイザナギなどは周りの好奇の目も全く気にせず、ウリエルに抱きつく。
「久しぶりだね、我が愛しの息子よ。しかもこんな可愛い子までゲットしちゃって。
 さあ、何処かそこら辺の喫茶店にでも入って久々の家族の愛の語らいでもしよう!」
「びっくりした? ウリエル。イザナギってばどうしても驚かしたいって聞かなかったのよ」
そう言って何の屈託もなく無邪気に二人が笑う。
だがしかし、ウリエルは違った。
「………」
驚いた様子でもないが、予想していたという顔でもない。
ただひたすらに無表情だった。
「やだ、つれないなあ。十年ぶりだって言うのに。
 でも俺の無償の愛は尽きないよ!
 さあウリエル、俺の胸に飛び込んでこい!」
そう言って両手を広げるイザナギに、俯いて静かにウリエルは一言言いはなった。
「巫山戯るな」
影になっていて、俯いた顔は見えない。しかし、その声はラエの両親を叱り飛ばした時を彷彿とさせた。
「え? 何、もしかしてまだラエちゃんに何も言ってな……」
かわいこぶった仕草でイザナギが首を傾げると、
「今まで何処行ってやがったこのバカップル共ー!」
その声と同時に鉄拳が飛んだ。それをくらってイザナギが後ろに吹っ飛ぶ。いや、正確には後ろに下がって拳を避けた勢いを殺せず吹っ飛んだのだ。
ウリエルの瞳にははっきりとした意志の光が宿り、それが烈火の如き怒りを称えている。
「十年だぞ、十年! しかもいつも帰ってきたと思ったら出かけていきやがって!
 てめえらの分まで誰がその後面倒を負ってると思ってんだ!
 なのに胸に飛び込んでこい? じょうっだんじゃねえ、誰が飛び込むか!」
話し方もいつもと違って荒っぽい。今にも口から火を噴きそうな顔に、いつものぼうっとしたウリエルの面影は何処にもない。
「う、ウリエル?」
思わず声をかけたラエだったが、
「ええ!? だって俺達ウリエルの親じゃない。寂しかったんでしょー?」
というイザナギの言葉に返す、
「何厚かましい事言ってんだこのクソ親父が!」
という怒鳴り声に掻き消される。
だからラエは、久しぶりの再開をしたはずの親子の、見かけは漫才、中身はほぼ一方的な親子喧嘩の光景を、ただ見ているしかなかった。