×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

水玉。

水玉。

その夜は、ウリエルが夕食の当番だった。
ウリエルが夕食を作っている間、特に用事もないラエは、庭に出てあの花を見つめた。
結局、あそこでずっとあの壮絶なサカナの食事の様子を見ているわけにもいかず、洗濯物をたたんでタンスに戻す為、家の中に戻ったので、どうなったかは見ていなかった。
(綺麗に花は食べ尽くされてるなあ)
しかも、花びらだけ。めしべらしき部分は不味いのか、きっちり残されている。
「さっぱりと、したものね……」
思わず感嘆のため息がラエの喉から漏れる。
と、コツリと足に何か当たった。
「ん?」
下を向くと、淡い青色の衣を着て、水色の小さなブーツを履いている、肌は褐色、髪は茶色の幼児らしき者が、いっしんに六角形の葉っぱを囓っている。
「………」
幼児のようだからといって、見た目通りの年齢とは限らない。
だが、かなり可愛いようである。
というか、かがみ込んでその容姿を観察すると、かなり可愛かった。
くりくりした大きな海色の瞳に、尖ってはいるが、柔らかそうな耳。ほっぺたも触ると気持ちが良さそうだ。
それが、一心不乱に六角形の葉っぱを囓っている。
可愛いとかそれ以前に、結構謎な光景だった。
その『幼児』が、ラエに気付いたらしく、はっと葉っぱを噛みしめたまま上を向く。
「………」
「………」
そのまま、五秒あまり、どちらも何も言わなかった。
「……水……」
「みず?」
ラエは辺りを見回すが、ウリエルに使役される精霊達が使う、水やり用の水溜しかない。
しかも葉やら泥やら、色々と入って、飲み水にはならない。
「水、欲しい」
そう苦しそうに言いながら、喉を叩く。どうも葉が喉につかえたらしい。
「ちょっと待ってね。家の中から取ってくるから……」
ぶんぶんとその『幼児』が首を振り、例の水溜を指差す。
あれでもいいというのだろうか。
そうラエは思うが、あまりにも必死な形相だったので、思わす水溜まで歩く。
「ちょっと、ごめんね」
目視できる精霊達に頭を下げ、水をすくい、『幼児』のところまで持ってゆくと、その水を平然とごくごくと飲む。
「………」
少し躊躇いはしないのだろうか。かなり不味そうな水だと思うが。
まあ、そういう種族なのだろう。ラエはそう思う事にした。
「ありがと。
 兄ちゃん、ルース、に、よろしく、って。
 じゃあね」
たどたどしくそう言うと、『幼児』は立ち上がり、とん、と地面を蹴る。
すると『幼児』の体は浮き上がり、そのまま暗くなっていく空高くに消えていった。
「………」
なんだったのだろうか。
ラエは立ち上がると、『ルース』とは誰だろう、と首を傾げながら、家の中へと足を向けた。

 * * *

「ルース」
懐かしい名で呼ばれ、調理中のウリエルは包丁を置いて呼び声の方を見た。
自分を今呼んだ男が、この家に入ってきたのは気付いていた。しかし、いかなる理由かは流石のウリエルも分からない。
「……ユダ」
「うん」
短く刈った茶髪の頭に、海色の瞳が爽やかな笑顔と、褐色の肌。
「ユダ=ラッハ。どうした」
ウリエルは、天使軍であった頃、真っ先に中立軍へ走った昔なじみに問いかける。
「オーリスの弟が来ているよ」
「………」
ウリエルがご機嫌斜めになったのを見て取ったか、眉に皺を寄せちゃ駄目だ、とユダが笑う。
「ユダ。オーリスとなにかあったのか? で、巻き込みに来たのか?」
「さあ。でも、弟は大分『花喰い花』にご執心なようだった」
「そりゃ知ってるよ。この島は俺の魔力で満ちているから。
 しかもあれ、『空』の奴らに好評だからな。
 でもお前が知らせに来るって事は、また何か厄介ごとだろ」
「俺は疫病神?」
「…厄介な奴」
「そう。まあ、ぶっちゃけ言ってオーリスと喧嘩してしまったんだ。
 もう原因は忘れちゃったんだけどね、お互いに」
「…やっぱりか」
「まあ、日常茶飯事だから。
 前のでルースがかなり激高したから、もう何もしてこないと思うけどね」
そういえばそうだったか、とウリエルは思う。
確か、ラエの両親を叱りつけた時の二倍程しか怒っていない筈だが、それでもユダがそう言うのならそうなのだろう。
つまりオーリスの指示ではなく、ただ自分の食料を求めて、オーリスの弟はウリエルの島に入ってきたのだ。
「まあ、後は、そう、ただの興味だ」
「興味?」
「ラエ=リインの事。
 ルースのお気に入りだというから来てみれば、いい子みたいだけど、なんの事はない子だったね。
 君の好みのど真ん中である事を除けば、だけど」
「……うっ」
図星を指された故に呻くウリエルを見て、ユダは楽しそうに笑う。
「あっはっは。本当に成長しないね、この爺」
爺は否定できない。実際、ユダよりウリエルは一回り年上だ。
ユダが、幼名『ルース』でウリエルを呼ぶのは、彼の父親が自分と同世代の友だったからという事だけによる。
「成長しないは余計だ。さっさと帰れ、この中年」
そう言い返すと、ユダも否定しない。
ただ笑って、
「……若いのに、老けている。
 他の天使族だって流石に老いもするだろうにね。
 いつまでも老けない僕等は、奇妙だ」
と、つかみ所のない声で言う。
「そうだな。でも、それが俺達だろ。
 悩んでもしょうがねえ。
 それに、俺は老いたいというわけじゃない」
「うん」
ユダが頷く。影になって、顔が見えない。
本当に頷いたかどうかは、ウリエルには分からなかった。