水玉。

水玉。

彼女は知らない。
隣にいる自分が、もうとっくに『知っている』事を。

 *

ラエがくすぐったそうな顔をする。
けれど、その顔を一瞬翳りがよぎる。
ああ、そうか、とウリエルは思った。
ラエは、そう、そうだった。
もしかすると、この花を見るより、もっと嫌悪感の走るものを見た事があるのかも知れない。
でもそれを、一生懸命押し隠そうとしているのだろう。
彼女よりはるかに年上であるウリエルには、それを察する事ぐらい簡単なのに。
だが上手い慰め方などを考えつく事が出来ない。下手に慰めては逆に傷つける事になる。
いくら生きてもやはりこういう事は難しいのだと、ウリエルは実感する。だからウリエルの心はいつまでたっても外見の通りなのかも知れない。
(結局、何も知らない振りして、ラエの頭を出来るだけ優しく撫でるぐらいしか出来ないんだよな。
 ……情けない)
そう心の中で反省した時だった。
ひゅっ、という音が遠くからウリエルの耳を掠めていった。
「………」
『あれ』が来た。
毎年この時期になると現れる。もうウリエルは慣れてしまっているが、ラエは驚くだろう。
『花喰い花』の方に目をやる。正式名は確か『FEF-5-302』だったか。
これを造った友人も、『あれ』の好物になるなぞ思いもしなかっただろう。
横目で見ると、ラエもつられてその花を見る。
ひゅん、と風を切る音が大きくなってくる。
「何が……」
来るの、とラエが聞こうとした時だった。

  パーン!

何かが『花喰い花』を掠めたかと思うと、まさにそんな感じの勢いの良い音がして、花がむしり取られる。
キュー、とも、ギューともつかない鳴き声がした。 もぐもぐと六角形の花びらを頬張り、幸せそうな声でヒレを立てて礼を言っているのは。
ボディは鮮やかな青と銀。口はぱくっと開いた中に鋭い歯。ヒレがパタパタと揺れ、鱗は日の光を浴びて憎らしい程輝いている。
早い話が、魚、だった。
魚としか形容できない生物が、外見は魚なので表情を読むのは実に難しいが、幸せそうに、美味しそうに、本気で遠慮無く花を食べている。
しかも、また風を切る音が二十ほどしたかと思うと、『花喰い花』をパーンと景気よく追加の『魚』達が食べてゆく。
しかも中には葉っぱを喰う連中も。
「さ…サカナ?」
「ああ。魚だ」
その体に花粉がきらきらと輝いて付着する。それがめしべに付き、繁殖の手助けとなる。
めしべは種子を作り、その花一本は全ての栄養を用いて種子を育てる。
そうでなければかれたようになり、1年かけてまた成長するまでだ。
実が出来ると別の『魚』がまた襲来し、実のうち数個を地面に落とし、数個を貪ってゆく。
「……花を食べる花が、食べられてる……」
呆然とラエが呟く。
「うん」
ウリエルはそれに普通に応えるしかない。
バクバクと遠慮無しに花を貪る魚共が、時折賞賛の鳴き声らしきものをウリエルに浴びせる。
「食物連鎖って、偉大だよな」
『花を喰う』という性質を持つ、自然界には無かった花を、好物とする生物を生み出し、こうやって連鎖の一環に取り入れてしまうのだから。