強引に警備用の罠をぶち壊し、
小屋のドアを蹴破り、
罠を弾き軋む床を遠慮なく進み、
そして躊躇いもなく床を破壊し進路を確保。
これがレコンの行ったことだった。
効果音にするとドカドカバキンカカカギシドッカドッカドガコン、それだけである。
(……ああ……)
この島に住む自分の一族はどうやら結構な感じに緊張感を欠いていたらしい。というか、ものすごく彼ら人間に比べて迂闊だったようだ。
ジェイムズ=ラングレンは『特に変わった罠もなしか。本当にここに何かあるのか?』という言葉とともに一蹴された罠の数々を視界の端に収めつつ、レコンの後ろについて階段を下りる。
思えばこの千年あまり(下手をすれば二千年あまり)この土地は平和だった。純血より外れた者たちが地上へと下りる、という騒ぎは十数回あったが、それもウォルア王国の経た戦乱・統一・内乱・紛争・内乱・革命・内乱・内乱……という歴史に比べればかなりどうってことはないだろう。もしかすると、小屋への侵入を強引とはいえあっさりとやってのけた目の前の背中の主の経験よりもどうってことないかもしれない。
「掘っ立て小屋で偽装したのはいいとしても、あんまり本気でぼろいのも考えものだ。段まで軋んでいるではないか」
レコンがため息をつく。
すいません多分掘っ立て小屋は偽装でも何でもないですついでに段が軋んでるのは貴方が我々老人に比べて体重が重いからでその証拠に私の足元は軋んでないでしょうほらほら、などと言えるはずもなく、ジェイムズは曖昧に口元をひきつらせる事しかできない。
「この調子で、この先にあるなんぞややこしそうなものもしょぼいと助かるのだがな」
「……そうですか」
「なにがあるか、知らんのか?」
「ええ。なにせ、このままのんびり余生を過ごしてもいいじゃないかと言った時点で弾かれましたからね。ここで何かやってる、という事以外は良く分からんのです」
「ふむ。がしかし、周りの者の老化が止まっているように感じたと」
「そうです。禁術が使われているのではないかと思うと、気が気でなくて」
「なるほどな。……確かに、危ない術かもな」
「え?」
「……俺は訓練を積んでいるし、だから見えたのだと思う。上の床に、何かを引きずったような跡と、血痕があった」
「………」
あのカカカギシドッカドッカドガコン、の間にそれだけの観察を成していたのかと感心すると同時に、ぞっとする。
ああ我が同胞よ、いったい何をやっているのだ。
そう呟くジェイムズの胸中お構いなしにレコンは階段を降り切り、ためらいもなくその先のドアを開けた。
そしてその中は。
ああ、まずい。ジェイムズは額を押さえる。
これはだめだ。こんな事をしてはならない。平和で逆の方向にネジが取れているのか我が同胞よ。
「……なんだ、これは」
レコンが怒りに震えた声で聞いてくる。
「詳しくは、分かりませんが、多分―――」
見ての通りかと。
そう言った途端、レコンが駆け出す。
「こんなもの、ぶち壊してくれるわ!」
そう言うと共に勢いよく剣を抜き、水草をぶった切り、絡む水草から人間を切り離す。
そう。水草に絡まれた、意識も無い人間を、切り離す。
一様に目を閉じ、意識を失い、痩せこけた人間たち。
それに絡みつき、おそらくは何かを――いわゆる命とか生命力とか言われる何かを――吸うように蠢動する、ジェイムズには馴染みの、一族の象徴にも使われている湖の巨大な水草。そんなものが壁一面に広がっている。
水草の下の方は水につかっており、おそらくその水は湖につながっているように見えた。
そして水草のあちこちには古代文字での魔法陣が刻まれている。
単純な話である。
適当な人間を捕まえてきて、細工をした水草に生命力を吸わせ、それを使って老化を止める。一族の衰退から目をそらす。
オーソドックスな、小説などでよく使われる、いや寧ろオーソドックスすぎて使われにくくなっている手である。
しかし手が古いからと笑い飛ばすには些か、否、随分と趣味が悪かった。
ジェイムズも駆け寄って、レコンが水草から解放する人々を引きずり、一か所に集め、その周りに回復魔法用の魔法陣を描く。衰えた魔力にはきつかったが、それより人命を優先しなければならないことは承知している。
一方であらかたの人間を切り離し終えたレコンはあたりを見回し、何か考えているようだった。
「この水草……厄介だな……。
……よし。ラングレン、ここは任せた!」
がらん、とランタンが置かれる音と、聞き慣れた水音が耳を打つ。
はっとレコンの方を見ると、レコンの愛剣が付属魔法で発した光らしきものが、水の中に消えてゆくのが見えた。
潜った。潜っていってしまった。
おそらく自分の知る三つの小屋すべてにこれがあるのであればおそらくそれが正解だろう。この水草は細かいものが連なって湖全体で一つのコロニーのようになっている。そのコロニーに沿って、もしかすると三つの地点から入れられた他の被害者も水中にいるかもしれない。
コロニーの中心をたたくか、とにかくその水草の絡まりを無効化する処置を探るのだろう。
「なんというかもはや、」
勢いがある、と苦笑する。流石はウォルアの『ルキアス』だ。
その体からあふれる、生命力、行動力、決断力。見ていてかなり信頼できる。
ウリエルが彼を呼んだわけが、少し分かった気がした。