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水玉。
27
水玉。

その『小屋』は、重要らしい割にはこぢんまりとしていて、どうにも地味なものだった。
ランタンを手に持ったルクスとラエは微妙な面持ちで視線を交わす。
湖のほとりに立っている木造の重要施設(一応)は年代物の雰囲気抜群で、脇にある水車が勢いよく廻る様が、逆にその古さを印象付けている。
というか、はっきり言って、
「……掘っ立ててますね」
「だね。掘っ立て小屋だね」
だった。
「んー…一応警備用の魔法は仕掛けられてるけど……特に特殊な罠は仕掛けられてないみたいだねえ」
変に罠を仕掛けて、ここに来る客たちに気づかれる、って可能性を考えたんだろうかねえ、と言いつつ、腰の剣を抜いて付加魔法を発動させ、罠として仕掛けられた魔法をを解除しつつ小屋に近づく。
ラエもその後ろを、ルクスのたどる経路を正確に真似てついてゆく。
「中に何があるんでしょう」
「さあ。もしかすると、三つのうち二つはダミーってこともあるかもしれないよ」
「そうですね。もしそうなら、ここはダミーだった方がいいでしょうね」
あとの二つに有名どころっぽい人々がいるのだし、とラエは苦笑する。
「当たりだったら?」
「ケース・バイ・ケースだと思います。でもウリエルの意図どおりになるよう、努力します」
(私は、ウリエルの家政婦なのだし。ウリエルの狙いが叶うようにしなければ)
そうすれば、ウリエルは褒めてくれるだろうか。
あの手で、自分の頭を撫でてくれるだろうか。
そう思うと、頬が緩む。
ルクスが振り向いて、何故かわずかに眉を顰めた。

 *

「ウリエルの意図どおりになるよう、努力します」
その声を聞いて、ルクスはゆっくりと振り返った。
小屋の周りの暗闇の中、ランタンの明かりに照らされ、ラエはうっすら微笑んでいた。
(……どうにも、複雑だねこの子は)
自分がどれだけ浮いた言動をかましているか、自覚がない。
今の言葉を聞くと、ウリエルに心酔しているようにも思えるが、そんな関係でもないようだ。
そういうものとは別の何か……妙な遠慮というか、どうにも違和感のある間柄というか。
どこか変なのだ。
ウリエルは勿論それに気づいているだろうが、何の対策も取っているようではない。あの妙に年をとったぼんやり天使の事だ、おそらくじっくりじっくり攻略するつもりなのだろう。
――と、そこまで考えたところで、ぱしゃんと足が水を蹴る音がして、ルクスの思考は遮られた。
「……水溜り、ですね」
「そうらしいね。かなり小さいから、ここの土の湿気が集まったんだろう」
歩を進めると、ぐちゃりと音がたつ。足場が湿気で悪くなっている。
ごちゃごちゃしたことは後で考えよう、と思考を切り替え、ルクスは慎重に、しかし速やかに歩を進める。
そして辿り着いた小屋の扉。罠がないか警戒しつつ、その鍵を剣で壊し、手をかけて開く。
軽い爆竹のようなものが複数の針と共に降ってきたので、剣の鞘を手前で一回転させ全て弾き飛ばした。
一般人相手なら、侵入を防ぐには今の罠で十分だったろうが、あいにくルクスはウォルア王国騎士団13番隊副隊長である。容易く避けられる。
「……この他に罠はなしっぽいね」
小屋の中に足を踏み入れる。暗い。それが第一印象だった。そして生臭い水の匂い。
レコンが見たら怒りそうな感じに汚れてるんじゃないかなあと思いつつランタンを動かし辺りの様子を確認すると、その通りに埃まみれに泥まみれだった。
しかも湖のほとりに掘っ立ててあるだけあって腐食も進んでボロボロである。床が本気で抜けそうだった。ところどころ焼け石に水と言わんばかりにせっせと修繕してあるのが涙ぐましい。
「……重要施設、なんだよね……?」
「そう、だと思います……」
隣でラエが顔をひきつらせる。
床と同じく腐食の進んだ箪笥や机をランタンで照らし出しつつ進んでゆくと、かすかな魔力がどこからか流れてくる気配がした。
「ラエさん、分かる? どうも私は剣以外は苦手でね。分かるのなら感知をお願いしたいのだけれど」
「右――…ですね。そちらの方が、濃い…と思います」
右、と複唱しつつ、床の方に視線を向け、その状態を確認すると、確かに右の方が落ちている埃が少なく、しかし泥が多めの気がする。
「床と、壁の埃の量から見ても……右ですね」
床と壁を見たルクスの意図を汲み取り、自分のランタンと、さらに初級魔法で作り出した光球でもって床と壁、調度品に付いている埃や泥を確認してラエが告げ、そちらへ歩を進める。
すると五歩もいかないうちに、行き止まりになった。
だが、魔力はこの下から流れてくる、とラエが分析する。
「となると、仕掛け、だね」
本来は、何か合言葉か特別な手順を踏んで下へ行く術を得るのだろう。しかし、そうするのは手間である。
ルクスは足で床を鳴らし、下に空洞があることを確認してから剣を抜き、景気よく床をぶち破った。
「……思った通り。階段だね」
「強行突破でここまで来れるって……ここの人たち、何考えているんでしょう?」
「うーん……多分、何も考えてないんじゃないかなあ」
「ええぇ……」
「長年の平穏な暮らしで色々鈍っているんだと思うよ。で、いきなりなんかやろうとして、
掘っ立て小屋の中でごちゃごちゃやりだしたはいいものの、この体たらく、と」
「あー……」
そういやここの人たち、土地の大きさと文化性の割には十分な戦闘部隊いないみたいですもんねえ、と言いながら、ラエは先導して階段を下りる。
「ここはウォルアじゃないし、周りから孤立してますもんね。当然と言ったら当然なんですけど」
「『天魔大戦』なんてファンタジックなものがおこったのも千年以上前だし、平和だったんだねえ……」
「でもその分、この先に凄いのあったりして。よく言うでしょう、穏やかな人を怒らせると怖いって」
「うーわー」
相槌を打って笑い合う。
ふっ、とルクスは顔を引き締めた。
「でも、その凄いかも知れないものも、どうにかするのが私たちの役目だ。
はい、とラエの緊張した声が返ってくる。
階段の続く先は小さな空間。そこから手をかけることのできるドアの隙間から、僅かに光が洩れてきている。
「……さあ、行こうか」
五段上からラエとそれを確認し、ルクスはゆっくりと階段を踏みしめる。
木造の階段が軋んで、悲鳴に似た音を立てた。