「だーっっ!! 違う違う違う!
わ、私は味方だ!」
ラエに腕を捕まれ、地面にねじ伏せられた状態で不審人物が発した言葉は妙なものだった。
「えぇ?」
戸惑いの声をルクスがあげる一方、
「味方?」
ラエが押さえつける力をゆるめずに冷静に問い返す。
「そうだ。私はこの湖の者たちが行っている事を止めようと思っていたんだ。
君たちはそれを調べていたのだろう? 話しかける機会を伺っていただけだよ、私は」
「……それを信じろ、というのは随分なお話ですね」
ピシリ、とラエに指摘され、人間でいえば五十代後半に見える白髪交じりの男性はうっ、と言葉を詰まらせる。
「ま、まあまあラエさん」
きついなあ、と思いつつ、ルクスは男性に声をかける。
「とりあえず、どういう事か、話してもらいたいのだけどね」
「私はここで行われていることを知っている。全てではないがね。
私はそれを止めたい。しかし、私にはそれだけの力が無いんだ。
君たちもおそらく、それを止めることになると思う。だから、協力させてほしい」
「つまり利害が一致していると」
「そうだ」
「どうして止めたいのか、聞いてもいいかな。ええと…」
「私の名はジェイムス=ラングレン。この『空の湖』の幹部連に入っている」
「ミスター・ラングレン。なぜここで行われていることを止めようと?」
ラエが立ちあがろうとするラングレンの手を引っ張って立たせる。ただし、手は背中で拘束したまま。
「私は諦めがいいからだ」
「理由に……」
なっていない、と言いかけて、ルクスは言葉を止める。
男性の周りには、ここの道端に転がっているような嫌なものがない。幽霊を引き付ける妄執、妄念、そんなものがない。
ルクスは生者の念にはそこまで敏感ではないから分らないが、しかし確実に何かが違う。
浮いている、とでも言えばよいのだろうか。雰囲気が何か、違うのだ。
「……私ひとりではどうにもならない。だが、ルキアスの協力を得られればどうにかなる。だから、ルキアスに会わせて欲しい」
「……ルキアスじゃなくて、レコンだよ?」
「ああ……レコンというのか、ルキアスは」
「……? ルキアスって、名前じゃないのかい……?」
「確かに名前だが、まあ……『力』の名とでも思えば良い」
「力? あの、生命力がすごく強かったり、変に目立ったり、運がすごかったり……そういう事かい?」
「そうだ。それがルキアスだ。貴女はウォルアの者だから、分からないのなら今はまだ知らないほうがいい」
「ふうん……?」
ルクスが眉を顰める。それを見て、ラエが手を拘束する力を強め、ジェイムスがうめき声をあげた。
きついな、この子。
そう思いながら片手を上げて、ウォルアの騎士団および兵士のみに通じる合図を送ると、それに従ってラエは力を緩め、ラングレンの片手を開放する。
(……やっぱり、受けてるじゃないか、軍隊教育……)
しかも、従う動作はかなり滑らかなものだった。クリファン大陸出身のようだし、おそらく幼い頃にウォルア王国軍格闘術を叩き込まれたのだろう、とルクスは見当をつけた。
「あ……」
しまった、という表情をラエが浮かべ、ちらりとルクスを見る。
「……まあ、じゃあ、聞かないことにするよ」
君のことも、喋らないし聞かない、とラエに目で話し、ルクスは額に手をやった。
「しかし、ミスター・ラングレン。貴方はどうして私たちを敵と判断しなかったんだい?
私たちが金をもらって、何もしないでいるかもとか、面倒くさいことを拒むとか……そんなことだってあり得たはずだ」
「そんなことはあり得ないと思ってね。人を見る目はあるとは言えないが、耳と勘はいいんだ、私は」
「つまり、盗み聞きしてたと」
「まあ……」
ルクスの指摘に、ラングレンが目をそらす。
「……まあいいよ。それじゃあ協力してもらう。
もうすぐ何かあるんだろう? あなたが今になって声をかけてきた理由が」
「……ああ。
本当は何もないはずだったんだが、ディーリスが動き、ウリエルが答えた。
月浮祭のメインの行事に、ウリエルが何か行動を起こすはずだ」
「それを私たちが助けるってわけかい」
「そうだ」
「………ラエさん、離してやって」
「いいんですか?」
「うん。……ウリエルの狙いが見えてきたよ」
「……分かりました」
ラエがラングレンの腕を放す。ラングレンは一瞬前につんのめり、そして体制を直すと、恐る恐るといった様子でラエから距離をとった。
ラエはまだ警戒を解いていないらしく、隙なくそれを見やる。
(……この子、私たちがそばに付いてる意味無いんじゃ……?)
『危険なやつがいるかもしれないから、一緒に回って守ってやって』と書かれていた文面を思い出し、ルクスは内心そう呟いた。
* * * * *
微笑を浮かべるユダに対し、ウリエルは表情を動かさずに応えた。
「……いや。何をするつもりかな、と思って」
「何もしないさ、俺は。
ただ見物するだけだ。
……ここは、とても、動きづらいし」
そう言ってユダは奇妙な笑みを浮かべる。
「………」
ウリエルは一瞬目を細めた後、
「そう」
それだけ言って目的地へと歩き出す。
「行くよ、オーリス」
「……あ、ああ」
オーリスは少し困惑した面持ちでウリエルとユダを何度か交互に見たが、振り返らないウリエルにそのままついてくる。
ユダはそこに立ったまま、静かにウリエルを見送る。
「いいのか? 何か用があったんじゃないのか?」
「……余計なことはしなさそうだから」
「余計なこと?」
「………」
オーリスには答えずに、ウェルトディールとは違う精霊を呪文を省略して呼び出し、ユダを見張るように、と静かに命じる。
『……あのさ、バレバレじゃないの? 俺ユダから丸見えじゃん』
「それでいい。
君は何だかんだと仲良かったし、ユダはこういう事を本当に不快とは思わない。本当に念のために見張るだけだって分かってるから」
『はいよ。じゃ、せーぜー遊びますよ。
全く、俺これでも上級精霊だっつーのに……』
ぶつぶつと言いながらその精霊はウリエルと同じ程度の大きさになると地面に足をつけ、ユダの方へと歩いてゆく。
「………」
「なに、オーリス。不満?」
「……まあ、不満と言えば、不満だが」
どうせ俺の言う事など聞かないだろう、とオーリスは憮然とした顔になる。
「まあね。よく分かってるじゃない」
そう答えてウリエルはさっさと歩を進める。
また探ってくる、とオーリスにも聞こえないほど小さく囁き、風に乗ってウェルトディールも姿を消した。