水玉。
24
水玉。

「よしっ!」
ぱん、とルクスが手を叩く。
「考えててもしょうがない。とにかく、ここが妙な状態にあるのは確実なんだ。
 そう決まれば、後は情報集めだ。二手ぐらいに分かれて中心の湖を目指そう。
 ヨルムンガルドはここに詳しいね。なら、落ち合うのに良い場所、知ってないかい?」
「……ちょっと良いか、お姫さんに騎士さん」
店主が、なぜか亜麻色の布を取り出し、商品にかぶせながら、ルクスに声をかけた。
「お姫さん? 私の事かい?」
「そう。まあでもその体格からいって……女騎士の方があってそうだな。
 それは良いとして、俺も協力するよ」
「……うわ。出たよ、クリシュナー一族の世話焼き体質……」
「悪いか?」
「悪かないけど」
どうやら知り合いらしいヨルムンガルドが呆れ顔になる。
「ふむ。ヨルムンガルド、こいつは役に立つのか?」
「役には……立つな。何かと小回りもきくし、適度な知恵と筋肉がある」
「へえ、それはいいねえ。じゃ、お言葉に甘えて組ませてもらう事にしようじゃないか」
ルクスの言葉に三人が頷く。すっと背筋を伸ばして立ち上がった店主は人の良さそうな偉丈夫といった印象を与える男で、確かに組んでおけば損は無さそうだったからだ。
「それは良かった。
 俺の名前はラーマ。ラーマ=クリシュナー」
よろしく、と差し出された手をレコンが握り返す。
と、甲高い鳴き声と共に、ラーマの横から何かが飛び出してきて、握手された手の上に乗る。
小さな青い目をした猿だった。
「あ、こいつはハヌマーン。俺の使い魔(シモベ)
きき、と一声挨拶するように鳴いて、可愛らしい猿はラーマの肩に乗る。
「ふむ。では、お前は単独行動だな」
「え!?」
「そんな目立つ(ペット)を連れた奴なぞ、我々と一緒に歩いたら目立ちすぎるに決まってる。
 単独行動に決まっているだろう、ミスター聞き込みに適してない奴」
「なんだかんだいってラエさんと私以外有名株みたいだしねえ」
「あー……はい。そゆことね」
分かりました、とラーマは呟き、おとなしく店を片づけ始めた。
その背中に哀愁が微かに漂っていたように見えるのは、おそらくラエの勘違いではないだろう。



「いやー、妙な仲間も出来たし、結構楽しいねえ、ここ」
横を歩くルクスが笑いかけてくる。
結局、目立つラーマはハヌマーンと行動し、有名株らしい二人は一纏めとなり、ラエはルクスと組む事になり、今は三人とは別行動中だ。
「はい。そうですね。頑張りましょう」
ラエは微笑み返しながら辺りを見回す。
石畳に根付いたような、色とりどりの露店。聞き込みついでに覗いてゆきたくなる。
しかし、確かにここに住んでいるらしき子供はいない。活気がありながらもどこかが変だ。
「……本当にそう思ってるの、君?」
辺りの様子に気を取られていると、ルクスが首を傾げながら覗き込んできた。
「えっ? 本当ですよ」
「……まあ、そうなんだろうけど……。
 ……なんだか、ね」
そう言ったきり、ルクスは前を向いて、何も言わないままだ。
「何ですか?」
「後で訊くよ。それより――」
言葉を切って、ルクスが露店の後ろにある建物を鋭い目で示す。
建物自体は何の変哲もない住居。だが、そこに隠れるようにして。
「……います、ね」
小声でラエは応え、気付かれないようにして歩く。
しかしやはり件の尾行者は気付いたらしく、そこから早足で歩き去る。
「私が追います。ルクスさんはレコンさんに携帯魔導水晶(ケイタイ)で連絡をとりながら追いかけてきてもらえますか!?」
「分かった」
ラエは逃げる民族衣装の人物に向かって、勢いよく地を蹴った。


「レコン? 今怪しい奴を見つけて追っかけてるんだ。さっき別れたところから二時の方角に筋三つ、四百メートルぐらいの所。
 今少し道をそれた。来てくれたまえ」
了解の返事を確認して通信を切り、ルクスは速度を上げてラエの後を追う。
これでレコンは追ってきてくれるだろう。ルクスの持つ魔導水晶は、互いの位置が分かる機能も付いているウォルア王国騎士団特別製のものだ。
普通の女性に見えていたが、意外にもラエの身のこなしは鋭く無駄が無く、速い。
(やっぱり妙だよね。何か)
ルクスは、ラエと彼女の追いかける不審者めがけて、速度を上げながら思う。
(だってあの走り方に、身のこなし。別系統の武術も入ってるけど)
周りから人影が少なくなってゆく。しかし入ってゆく路地はそこまで狭くはなく、誘い込まれているというわけではなさそうだ。
そしてそれを迷い無く、直線的に無駄のない動きで隙無く走ってゆくラエ。
その中に見え隠れする動きに、ルクスは見覚えがあった。
(……ウォルア王国軍式軍格闘術(マーシャルアーツ)。間違いなく、基礎にそれが入ってる……)