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水玉。
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水玉。

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レコン=ブラックは、年寄りが好きでもなく嫌いでもない。
レコン=ブラックは、害をなさぬ退廃ならば、好きでもなく嫌いでもない。

「おや? これはなんだい?」
中心である湖に向かって歩いていると、ルクスが脇の屋台の一つに声をかけた。
レコンと他の二人も足を止める。
「ああ、お目が高いな、お嬢さん。
 これは『ヴァスコーデの守り』だ」
屋台の店主が、ルクスの示した商品を手に掲げて答える。外見は意外に若く、二十五歳程にみえる。
深い紅色の珠を、小さなビーズと一緒に、珠よりおとなしめの色の紐につけた首飾りで、なかなか綺麗でルクスに似合いそうだった。
「お守りかい?」
「ああ。クリファンの鉱山で採れる希少な石を使ったものだ。
 若返りとか、美しさが増すとかいわれてる。
 その上、実際にこれには魔法が付加してあって、人間が使う魔法なら大概の魔法は防げるようになってる。何度も防ぐと壊れるがな。
 お買い得だよ」
「ふうん……」
ルクスが顎に(レコンにとっては)優雅な仕草で(レコンにとっては)美しい手を当てて考え込む。
(ふむ。では買うかな)
ルクスが欲しそうな顔をしていると、レコンはいつも買ってやりたくなる。
だから買う。当たり前の事だ。
ただ、幼い頃は人形職人で収入が不安定な父を支え、一家の家計をやりくりしたレコン=ブラック、二十四歳。
「760」
適正価格を判断し、図太く値切ることにかけては習慣に近いものがあった。
「……850! 輸送費込みだからな!」
「770」
「無理だ!」
「紅い玉の産地はヴィードル山」
「820!」
(下げたな)
ざっと見た所、首飾りの仕入れ値は750程だろう。適正価格は800。
そしてそれを見抜いた事を知ったなら、この店主は値切りに応じるはずだ。
「780……ふむ、785か」
「……810!」
「こちらにも、手持ちというものがあるんだがな。二件隣の方の値段はどうかな、ここより安いかな?」
「……810! その代わり、付加魔法を強くする!」
「795。ああ、そう言えば部下の分も土産を捜さねばなあ、ルクス?」
ちらりと財布をのぞき、微笑んでみせる。
要するに、部下の分もこの店でかおうかどうか迷っている、と示すのである。
「……ええい、付加魔法強化有りで800だ!」
(……おちた)
「買った」
思わずにやつく表情を押さえ、硬貨を袋から出して勘定台に置く。
「……いや、代金は私が払うよ」
ルクスが硬貨を袋から出し、レコンに硬貨を回収するよう、首で合図する。
「なんか恩売られそうで恐いんだよね、君」
「なんて事を言うんだルクス。ただ次の有給の旅行にお前も巻き込もうと思ってただけじゃないか」
「それを恩売ってるっていうのだよ。値切り方も辛辣だしねえ」
「なんだ、つまらん」
勘定台から硬貨を取り、レコンは他の商品をざっと見る。
「それを五個、あれを六個、これを八個。ぜんぶで1500。文句があるなら後悔させてやろう」
「……ああもう、買うがいいさ。ギリギリの値段で言いやがって……!」
「だが若干得だろう」
「えぐい値切り方するなレコン」
「なんとでも言え」
ヨルムンガルドの声に答えながら硬貨を勘定台へ。
「そういえば、良い品揃えだなご主人」
「あーそうですよ良いですよ!」
半泣きになって店主が答える。
「……なんか無闇に逆らえないんだよアンタには〜……」
「よく言われる」
答えながら商品の袋を受け取り手に提げた。
と。
「……レコン」
ルクスが店主から受け取った首飾りを手にし、レコンの方へ一歩近づく。
「なんだ。何か『居る』のか?」
特殊なものを見る目を持つルクス。この島にきてから、不快なものをよく見るという。
「……うん」
「え? なにかいるんですか?」
ラエがそばまで寄ってくる。
「……幽霊」
「いっ!?」
店主が後ずさる。
「……変な所だな、ここは」
とりあえず店主は無視して辺りを見回す。
道の両側にある出店。それを見て回る客人達。
上品そうな女性とか、活発そうに髪をまとめた、躍動感ある中年の男や、いわゆる姐さん風の美女、この島の民族衣装らしいものを着た仲の良さそうな老夫婦など。
何かレコンが見ても違和感がある。そしてルクスが見ないよう意識していても幽霊を見る。
しかもレコンが感じる違和感は、祭りを楽しみながらでも、時折吐き気を催しそうになるぐらいに不快だ。
なんだろうか。
老夫婦が、同じような服を着た中年の男性と出会い、挨拶を交わす。
それを目の端に止めた時、なんだか無性に不快になった。
別にレコンは年寄りが嫌いなわけでもないのに。
「……原因は何となく分かるんだ。
 ここはどうも過疎化の気がある。子供が少ないんだ。だから、若さへの執着とか、生への執着とか……そういうものが多いのだよ。
 普通、祭りは生気に満ちているから、私はこれらを見ないでいられる」
そうだ。いつもはその通り。たまに辺境の祭りなどでルクスが気分を悪くするのも、辺境で活気のない所に多くの欲望が集まる為だ。
けれど、ここはなんだか違う。
「ふむ……」
「おいおい。なんだそりゃあ。過疎化ってさあ、そんな事ねえよ。ほんの二百五十年前に来た時も凄いにぎわいだったぞ」
店主が身を乗り出してくる。
やはり外見年齢はアテにならない者達がこの祭りには集まっているらしい。
というよりも、レコンやルクス、ラエのような、『人間』である者の方が少ないと言うべきか。
はるか昔にこの世界に多く存在したという純天使や悪魔も、今や絶滅してしまったのだと思う人間が殆どなのだし、それらの人間の寿命を超えた種族は、エルフなど特殊なものを除いて、人にばれないよう暮らしているという。
だから、人間は普通このような世界には関わらない、関われないのだ。
……レコンには何故か、そんなものがわらわらわらわら集まってくるのだけれど。
「それは前のこの祭りの時ではないのか?
 ならば当然だろう。ここに住んでいるものとの見分けがつかんのだから」
「いや、つくよ見分けは。お前俺の説明聞いてなかったろう」
「ああ、ここの民族衣装の事か。
 民族衣装ぐらい、その民族でなくても着る。
 ウォルアにだって似たような服を着る民族が腐る程いるしな」
「「でも違うってェ」」
店主とヨルムンガルド、二人の声が重なる。
レコンが更に言い返そうと口を開いた、その時。
「……どうしたんですか?」
ラエがルクスに話しかけてきた。
不安げな顔をしている。
「ああ、いや……」
ルクスが微妙な笑いを浮かべて答えるのを見ながら、レコンは自省する。
(しまったな。放っておきすぎた……。
 なんと失礼な事を。
 ウリエルさんから預かった人で、そうでなくとも感じが良くて、丁寧に接したい人なのに……)
「……ん?」
レコンは首を傾げる。
変だ。何かが変だ。
レコンは恩を売る事が大好きな人種である。それを振りかざして、貸しを有効に使い切るのも大好きだ。
だというのに、どうしてあのくえない人はレコンとルクスにラエを預けたのか。
他にも、レコンと互角ぐらいの腕を持つ、昔の扱いやすい部下などがいるはずだというのに。

A

(つまりは、俺に余程あの『血』を流させたかったわけか……?
 だが、一体どうして)
首を傾げても答えは出ない。
「レーコーンー?」
暇そうな顔で顔でルクスが声をかけてくる。
「ああ、なんだ?」
レコンが思考をいったん中断してそれに答えると、
「一人の世界に入り込まないでくれたまえ。
 とにかくここがなんか変な事は確かなのだし、さりげなく情報を収集しようではないか」
「ああ、そうだな」
「……あれ? もしかしてここが変なの確定?」
店主が戸惑った声を上げる。
「確定だな」
「確定さ。それに、若い人もいて一見賑やかに思えるけれど、外見年齢十五歳程以下で、ここの衣装を着ている人達はいない」
「中心の方にはいたけどなあ」
「……一人ぐらい、好奇心を満たすためにここぐらいまでやって来る子供がいてもいい気がするが? 幼児でなくとも、十歳前後なら可能だろう。
 なのにどうしていないのか、という事だ」
「………」
店主が開きかけた口を閉じ、黙考し始める。
ヨルムンガルドはヨルムンガルドで、目を閉じ、眉間に皺を寄せ、精神を統一するように深呼吸している。
「……あの」
沈黙を破ったのは、ラエの遠慮がちな声だった。
「ん? って、ああ、またラエさん放りっぱなし!」
「それはいいんです。
 でも、ここに来る前、ここの長の弟で、ディーリスって子に会ったんです」
「ディーリス?」
「それでなんか、分かりにくい話をしていて。ピーターパンとか」
「ピーターパン?」
ルクスが頓狂な声を上げる。
「ええ。ピーターパンを助けるとか、どうとか。
 でも、今ので何となく話が見えてきました」
「……どんな風に?」
店主が脇から身を乗り出し、真剣な、低い声で聞く。
「ディーリス君は、年を取っていないんです、多分。ウリエルが『何時までも子供の姿のまま』というようなことを言ってました」
「え?」
「ここが過疎化して、そしてその中では子供が貴重な存在となるでしょう?
 その貴重な存在は一族の未来を映し出す希望なんだと思います。人間がそうであるように」
戸惑ったような顔をしながらも、言葉を選びながらの、ゆっくりとした言葉が続けられる。
その先はレコンにも分かった。
「その希望が『希望のまま』であるように、という事か」
希望のままであるように、子供のままでずっと育たずにいろ。
そういう事なのだ。そして、ディーリスは子供のまま育たずにいる。
「そうです」
「なるほどな。
 ただ、当の子供にしてはたまったものじゃない、って事か」
成長するにつれ発達してゆく語彙と、それに伴う思考力。それが何らかの力によって、否応なしに奪われる。抵抗したくもなるだろう。
「その為にウリエルは何か行動を」
そう結論づけかけて、
「ん?」
レコンは首を傾げる。
「どうしたんだい、レコン」
「なら、どうして俺の血が要るのだろう?」
「君って生命力の固まりみたいな存在じゃないか。君の血って多分てそのせいで特別なものなんだよ。高く売れたし」
「ええ?」
ルクスの言葉に、更に混乱する。
剣術ならまだしも、レコンぐらいに活力のある人間など、この世にごまんといるはずだ。
「どうしてよりによって俺なんだ?」
「だってお前『ルキアス』じゃん」
ルキアス。
その名はレコンにとって意味があって意味のないものだ。
ヨルムンガルドや、今までの人生の中で出会ってきた天使や悪魔達が自分をしょっちゅうそう呼ぶ。
けれど、レコンはレコン。それ以外の何者でもない。それ以外の名はない。
だから、レコン以外の名を呼ばれるのが昔から嫌だった。
自分でも不思議なぐらいに。
「俺の名はルキアスではない! レコンだ!」
かっ、と頭に暑さが上ると共に、そう大声で主張してしまう。
「……いや、だからさあ……」
まあいいよ、とヨルムンガルドはうなだれた。
「お前本当に自己観念激しいっていうか……それがまあル」
「レコンだ!」
「………」
そのままヨルムンガルドは閉口して、
「まあまあ。そういう存在じゃないですか、彼」
なぜか店主に慰められた。