水玉。
20
水玉。

ピーターパンは子供のまま。
なんの夢も持てやしない。

 *

「この陸地はな、空に浮いている湖――すなわち『空の湖』の上にある。
 湖の中心にある、地力と魔力を溜め込んだ自然の結晶体が湖を浮かしてるんだ」
「……500!」
「550!」
「510!」
「ええい、525!」
「よし! ……と、ああ、聞いていなかったぞヨルムンガルド。 さっさともう一回言うがいい」
「くっ、畜生、いい値切りの腕してるねえ。流石だ」
「まあな」
レコンが得意げにふんぞり返り、出店の主人から宝石を受け取る。
キラキラと月の光を受けて輝く、透明感のある青い石だった。
しかし色は意外に深く、飲み込まれてしまいそうな色合いでもある。
「ルクス。これはきっと殿下に似合うだろうな。
 あ、それと隊の者達に色々買っていってやろう」
「……あー、うん」
(その前にヨルムンガルドの解説に答えてやりたまえよ)
ルクスは目眩を堪える。許されるなら頭を抱えるぐらいの事をしたい気分だった。
仕事中は規則と礼儀に厳しいこの男、私生活となるとどうにもくえない、唯我独尊・傍若無人の男になるのである。
それでも主と部下に対する気遣いを忘れない、そういう所が、ルクスがこの男についてきてしまう理由の一つなのかもしれない。
……自分勝手なヤツだけども。
そう考えていると、頭痛がする。
けれどその頭痛の種は、実はレコンの事だけではない。
昔からルクスには特によく見えていたもの。
今も、視界の隅に蠢いているもの。
「……レコン。ここ、少し……やばいよ」
いつも、街にいれば、祭りに参加すれば、人のいる所にいれば、それは、『いる』らしいが、意識しなければ見える事はない。
だというのに、ここのものはくっきりと、まるで他の人と同じように見え、靄のような、黒く暗い気配をまとわりつかせながら、動き回っている。
いわゆる、幽霊。浮かばれぬ、虚しき亡者の魂。
それがここにはいる。
数だけなら王城内と大して変わらないが、その質が違う。陰湿で、妄執にまみれ、また、不安にもまみれているのだ、と、ルクスは直感していた。
別にルクスはそういうものを惹きつける体質ではないし、レコンはそれが見えないばかりか、問答無用で弾き飛ばす生命力の持ち主だから、近づいてくる事はないが、ここのヤツは危ない。
通常は、その幽霊の想いが向かってきたら危ないという事はあるが、死者は余程の事態でなければ生者に勝利する事はない。なんだかんだ言っても生きている者は強い。
けれどここまでの幽霊が存在するという事は、この華やかな祭り会場であるこの島は、生者も陰湿な、何らかの妄執にまみれやすい状況にある可能性が高いのだ。
その原因は見当がつく。天使族、悪魔族が人間より多かった頃の種族に関する状態を思えば当然である事だ。
「……そうだろうな。だが、だからこそ、ウリエルさんは俺を呼んだ。
 普通の人間では対処しきれんからな。おそらく」
そういうレコンの顔にも、若干の不安が現れる。
「全く……。この貸し、絶対に高くつかせてやる」
髪をかき上げレコンが呟く。
そんな二人をよそに、
「あの、なんとかなりますよっ。あの人がヨルムンガルドさんに興味が無いタイミングだっただけですって」
「……アンタさあ、そういう言葉が結構キツイ打撃になってるって分かってる?」
ヨルムンガルドとラエはのんきな言葉を交わしている。
それを目を細めてレコンが見つめているが。
(……でも、この子だって何か怪しいんだよね)
ルクスは油断無くラエの全身を一瞥する。
銅のような色合いの茶の瞳を細め、伸びやかに笑っているラエ。
だが、どうにもぬぐい去れない違和感がある。
この明るそうな笑顔の後ろに、何かがあると思えてならない。
不快を隠しているとは思わない。素直に笑う時は笑う子だとルクスは思う。
けれど、なにか、ある。
そして確実に、ただの人間ではない。

精神的にも、――肉体的にも。