水玉。
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水玉。

「……あれ、お小遣いだったんですか……」
ラエは半ば呆然としつつも、ジャラジャラと音の鳴る袋を振る。
こぶし大の袋の中は全て金貨で、ウォルアで流通するSr(シェラ)とも、クリファンで流通するα(アルファ)とも違うが、古銭の一種であり、おそらく地上に戻っても価値があるであろうと思われた。
「ああ、そうだ。大天使ウリエルが魔法陣を特別製のインキで書いた紙に、レコン=ブラックの血を一滴染みこませたもの。
 それぐらいあれば、この祭りを楽しむには十分だからな。
 丁度いいのが出店やってて助かったよ」
ヨルムンガルドが機嫌良く、空へ自分の分の袋を放り投げる。
レコン=ブラックが血を垂らした紙。ただ血を垂らしただけだが、血は紙に描かれていた魔法陣にそって流れて染み込み、その色を更に濃くした。
それを目にしたヨルムンガルドが、その紙を受け取り、人混みに消える事十分。
そこら辺にいた出店の主か誰かにうまくそれを売りつけ、ラエが持っているのと同様の袋四つに変換してきてしまったのである。
「……それぐらいの価値が俺の血にあるのか?
 解せんな、全く」
「そうだよ。理由を聞いても誰もきっぱり答えてくれないしねえ。
 やっぱりその異様な目立ち方や、すこぶる妙なトラブルに巻き込まれやすい運なんかも関係してるのかもねえ」
レコンとルクスが一様に首を傾げる。
「そうだよ。お前ら凄い存在なんだから」
「だからどうしてそうなんだ」
「前から言ってるだろ。お前は『ルキアス』だからって」
「人をわけ分からん名で呼ぶな」
不満そうに言うレコンに、頭を抱えるヨルムンガルド。
何故かルクスは辺りを見回し、不愉快そうな顔をしている。
どうも色々とかみ合ってない感じの、変な状況で、なんだか所在なさげになってしまったラエは何となく袋の中の金貨を数え始めた。
(あれ、換金してしまって良かったのかな。
 他に何か、意図があったんじゃあ……)

 *

「これ、小遣い、全部。足りる?」
どちゃっ、と勘定台の上に、袋が置かれ、その口から金貨が漏れる。
「釣り出るぜ。出そうか」
「うん。石にして。綺麗だから」
ランディールはその幼児を視界の端に捕らえながら、指定された商品と、釣りとしてのいくつかの宝石を手に取った。
(確か、この幼児はオーリスの弟、ディーリス。珍しい客もあるもんだよな)
今回の祭りに関して、どうも変な事が起こる。
ウリエルが、ランディールはいつもこの祭りに出店しているというのに、一週間前ににわざわざ魔法を使って確認してきたかと思えば、ついさっきウォルアの『ルキアス』が現れ、その後その血の付いた魔法陣をヨルムンガルドが売りに来て。
で、その魔法陣を、息を切らしてかけてきたディーリスに売っている。
「……なんか、うまく利用されてる気がするんだけど、俺」
魔法陣を渡しながら、半ば話しかけるように呟くと、
「俺、ウリエルに、頼んだから。
 ……よく見てみれば」
ディーリスが品々を受け取りつつ、そう返してくる。
言われたとおりにディーリスの全身を眺め。
ランディールは身震いした。
「おい……!
 お前、それでよくここまで……!」
「うん」
こっくりと幼児が頷く。
何という重いモノをこの子供は背負っているのか。
ランディールは鳥肌も収まらぬ中、震える手で水筒を取り、ハンカチと共に、まだ少し息の上がっているディーリスに差し出す。
有り難う、と言って、ディーリスがそれを受け取り、汗を拭いて水を飲む。
ようやく分かった。この幼児がどうしてこんなモノを欲しがるのか。
ただの魔法陣ではいけない。ウリエルが描き、『ルキアス』が更なる力を与えた魔法陣でなければ、ディーリスに効果はない。
信じられない思いでいるランディールの顔を、折しも上がった花火の光が赤く照らしだす。
『月浮祭』の、本格的な開始を知らせる合図だった。