水玉。
17
水玉。

「……ウリエル。どういうつもりだ?」
オーリスは眉間に皺を寄せてウリエルに質問した。
「どういうつもりって?」
ウリエルは平然とした顔で返す。
「今、来た奴らだ。ウォルア大陸の『あれ』だろう?
 いくら貴方があの少女を好いているといっても、守りに就けるには余りにも格が上すぎる。
 他に何を狙っているんだ」
「狙っている、ねえ……。
 別に。
 ただ……君の弟。
 あのままで、良いのかなあ、と、ね」
「何がだ? 確かにディーリスは成長が遅いが、そういう事もあるだろう。不思議な事ではないはずだ」
「……本当に?」
冷ややかな目で睥睨され、思わずオーリスはウリエルから少々距離を置く。
こういう時、この大天使は恐ろしい。若さと老獪さの入り交じった、氷のような視線を向け、人々をそれで刺すのである。
馬鹿にするのでもなく、ただ真を知らせようとするその藍色の瞳。
オーリスには、とてもその瞳を直視する事はできない。
「気付いているのでしょう、オーリス。ディーリスの願いと、最早逃れられない事柄に」
さっとオーリスの顔から血の気が引く。
「……さて、行こっか。
 俺はこのためにこれを持ってきたのだもの」
ウリエルが鞄の中から、茶色の少し尖った形の種を取り出す。
「ああ、そうだな。代金は今払っておく」
「ん」
一握りの宝石の欠片をウリエルは受け取り、笑みを浮かべる。
「まいど」
そう言ってそのままウリエルは中心部へ向けて歩き出す。
オーリスは釈然としないまま、ウリエルの後を追った。

 *

「し、指示された、って」
「指示されたといったら指示されたのさ。全く、ウォルア王国騎士団十三番隊隊長を手紙一通で使うなんて……ね」
ルクスと名乗った銀髪の女性が苦笑する。
その笑顔はとても綺麗で、ラエは一瞬見とれそうになった。
「まあ……なんというか、そういう事で」
レコンと名乗ったやけに目立つ男性は、やけに目立ちそうな雰囲気を放ちながら肩をすくめる。
「……ええと、よろしくお願いします。ラエ=リインです」
どうやらウリエルの言っていた『なんか目立つ奴』はこの人で間違いはない、と踏んで、ラエは礼をし、手を差し出す。
レコンとルクスが順番に握手をする。レコンの手は鍛え上げてある上にごつく、ルクスの手は絹のような手触りで、しかしそれでも鍛えている者の手らしく、固い所は固かった。
「あー、おい。俺の紹介はどうなんだよ」
「お前はおまけだ。移動手段だ」
二人に隠れて目立たなかった男性の声に、レコンがそっけなく返す。
「俺だって招待客だっつうのに……。
 とにかく、俺の名前はヨルムンガルド。『ミズガルズ蛇』だ。よろしく」
差し出された手を握りかえしながら、ラエはその男性を下から上まで一瞥した。
質の良い、どこかの民族衣装風の文様が描かれた、オーリスと同じような服。手足が長いが、気味が悪いという程でもなく、体は筋肉が付いている。
髪は流れるような緑色の長髪。顔は端正で、少々尖ったようなイメージがある。
そして――眼。
爬虫類のような眼だった。人とは違う形の瞳孔。金色の瞳。
ミズガルズ蛇、と彼は言った。
つまりこの人は人外で、人の形をとっているだけ。
「……よろしく」
少しびっくりして、声が震えた。
そんな様子のラエを見て、
「……あんた……」
ヨルムンガルドは何かを言いかける。驚きと哀れみの混じったような表情がその顔をかすめた。
「……え?」
いやなんでもない、とヨルムンガルドは握手している手をといた。
そのまま彼は目をそらし、あらぬ方向を向いてしまった。
「……おや? その紙はなんですかな」
レコンが首を傾げる。
「あ」
そうだ、あの紙を忘れていた。
ラエは握手した方と反対の手を広げる。握りしめていたせいで、汗で濡れていやしないかと思ったが、魔法でもかけてあるのか、不思議と乾いている。
「これ、『なんか目立つ奴』に渡してくれと、ウリエルが」
「『なんか目立つ奴』って……」
レコンが複雑な顔をしながら四つ折りにされた紙を受け取り、開く。
そしてその紙に、ラエから見て右から左に視線を動かす。何か文章が書いてあるらしい。
そして彼は一つ頷くと、おもむろに腰の小刀を取り出し、自分の人差し指の腹を切った。