成る程この人はあの子の兄だ。
そう直感できる程、オーリスの瞳はディーリスに似ていた。
オーリスがその瞳を細めて自己紹介をする。茶の長髪が揺れた。
「初めまして。『空の湖』主、オーリスです」
「ぁ、初めまして。ラエ=リインです」
ラエもあわててオーリスの観察をやめて自己紹介を返す。
「済みませんけれど、少しウリエル様を借りますよ。良いでしょうか」
「え」
それは困る。ラエはこの祭りに関しては全くの不案内だ。
「……大丈夫。ちゃんと一通りの事は教えているから。
ラエ、一応これ持っていて」
ウリエルが一枚、どこから出したのか、自分の羽根を手渡してくる。
「えっ!?」
何もラエは教えられていない。分かるのはここも空にある浮遊島の一つという事だけなのに。
戸惑うラエに、
「大丈夫。
この後『なんか目立つ奴』が来るから、それにこれを渡して」
と耳元で囁きつつ、ウリエルが四つ折りにした紙を握らせる。
(なんか目立つ奴って誰!?)
あんまりにも曖昧すぎる。
「じゃあ」
そう言ってそのまま二人はラエを置いて歩いていってしまう。
ちょっと待って、と言いそうになったが、止めた。
(もしかして仕事の話かも)
それなら邪魔はしたくないと思う。
それに多分どうにかなるはず。祭りと聞いて、ラエが自由に使える金をいくらか持ってきておいたし、ウリエルはそんなに冷たい事はしないと思う。
人混みの中にウリエル達の姿が紛れきった、その時だった。
すうっ、と、ラエより二歩程手前の地面に煙の線が走り、それをさけて人が遠ざかってゆく。
直径三メートルほどの円をそのまま煙が描く。中に人は入っていない。
ラエも離れる人々を見習い、煙から少し離れる。
その煙の中に、ぴしゅっ、と音がして、一条の光が走る。
魔法だ。
そう気づき、ラエはまた一歩離れた。
光は朱で、それが円を描き、その中に複雑な、ラエでは読み解くのに長い時間がかかるであろう文様が描かれてゆく。いわゆる魔法陣というものだ。
そしてそのまま、風のこすれるような音を発しつつ、中の文様ごと光の円が回りだした。
その音は段々高くなり、次第に金属のわななくような音になってゆく。
その金属質の音がさらに高まり、ラエは思わず耳を塞いだ、その時だった。
音がいきなり急激な高まりをみせ、そして。
まばゆい光の洪水が魔法陣から空に向けて発された。
ラエは反射的に目を瞑る。しかもその拍子に尻餅をついてしまった。じんとした痛みが走る。
目を開けても、視界は一瞬真っ白だったが、次の瞬間にはさっとそれが晴れる。
魔法陣の中、地面より0,5メートル程上の所に、三人の人影が現れていた。
そしてそのまま、その三人は、だん、と地面と靴のぶつかる音を立てて、足を曲げて着地する。
ラエのいる方に着地した二人は、とても印象的だった。
一人は銀の髪に藍の瞳、男とも女とも着かない中性的な美しい顔。来ているのは群青の生地に桃色の花柄の
もう一人は亜麻色の髪に琥珀の瞳。こちらは男性的かつ精悍な若干彫りは深いがすっきりした、綺麗というよりは格好良い顔立ち。全体的に黒を基調とした上下を着ていて、耳には青色のピアス。無駄なく筋肉が着いているのが見て取れる。そして、それらが絶妙にして完璧なバランスを保っている。
もう一人はよく分からなかった。あまりにも他の二人が目立ちすぎるし、ラエから見て二人の方が前にいるので、二人に隠れてよく見えない。
「……着いたようだな、ヨルムンガルド」
「ああ。成功だ」
ひゅう、っと口笛の音がした。
亜麻色の髪の男性が、銀髪ではないもう一人と言葉を交わす。
「ってねえ、君たち。周りの事はそっちのけかい? ここに女性が一人尻餅ついちゃってるというのにさ」
銀色の髪の人物が、アルトともテノールともとれない声を上げた。
「大丈夫かい? 全く男共はがさつですまないねえ」
言葉や着ているものからして、どうやら女性らしいその人物は苦笑しながら手を差し伸べてきてくれる。
「あ、有り難うございます」
混乱しながらも、ラエはありがたく手を借り、しかし『彼女』にはなるべく負担をかけないようにして起きあがる。
「ああ……そうか。すまんな」
亜麻色の髪の男性が謝る。
「気が付かなかっ……」
男性のバリトンの声が途絶えた。その琥珀の瞳がラエを捕らえたまま、動かなくなり、ゆっくり見開かれる。
(……何?)
足下、腹、胸、頭、とじっくり上から下まで視線を動かして一瞥した後、男性は亜麻色の髪を揺らして、持っていた袋から封筒を取り出す。
そして封筒から便せんを取り出し、
「……ライトブラウンの髪、黒の目。身長は俺より頭一つ分下、緑の生地に、レモン色を基調とした刺繍のワンピースがよく似合う。胸はおよそC……って、こんなことまで書かんで欲しいな……。
……ふむ」
一つ頷いた後、便せんをラエの方へ差し出す。
するとその便せんが、ほのかに青く輝く。
同時にラエの手からも同じような青い光。
いつの間にか握っていた手の中の、羽根からのもののようだ。
「ラエ=リインさん?」
亜麻色の髪の男性がこちらを向いて質問する。
「え、はい」
「なんだい、もしかしてこのお嬢さんが『家政婦』さん?」
「そうだな」
(え?)
琥珀の瞳が真っ直ぐにラエの方を向く。
そしてそのまま、男性はラエの方へ一歩踏み出す。
本当に印象的な男性だった。ウリエル程の美貌ではないけれど、目が惹きつけられる。
そう、なんというか。
『なんか目立つ奴』
なのだ。
(あああっ!?)
「初めまして。俺はレコン。レコン=ブラック。彼女は」
「ルクス=シェランさ」
割り込んで発言した女性に苦笑しつつ、
「ウリエルさんに、貴方と一緒にこの祭りを過ごすようにと指示されたものです」
よろしく、とレコン=ブラックは愛想良く、無駄に目立ちながら微笑んで礼をした。