水玉。
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水玉。

自分の存在は何だろう。
大人になれない。
子供のままだ。
好きでこのままでいる訳じゃない。
なら、どうして、こうなんだろう。
誰か。
その理由を下さい。
成長させて下さい。
どうか。お願いします。

 *

降りるのではなく、高いまま、少しずつ上へと飛んでゆく。
時々ウリエルの青い綺麗な羽根が、一枚か二枚程舞う。
雲すれすれまで行くと、時々あの『サカナ』のようなものが、群れをなし、鱗を輝かせて飛んでゆく。
それを照らす上弦の月。
「……やっぱり、空を飛ぶのって凄いね」
「そう? 俺は、天使だから、生まれて数日で飛ぶ事が出来たから、よく、分からない」
確かに景色は綺麗だけど、とウリエルは首を傾げる。
「うん。でも、気持ちいいでしょう?」
「うん」
「そう。きもちいい」
いきなり横から声がかかり、二人がぎょっとして声の方を見ると、ひゅう、と背中から飛び魚の羽を巨大にしたような羽を生やしつつ、ディーリスが平行して飛んでいる。
「驚く。どうして、ここに」
「迎えに来た。
 ……頼みもある。引き受けて、欲しい。
 分かるでしょう、大天使ウリエル」
ウリエルの問いに、幼児の口から、言葉が漏れる。
どうも幼児の言葉とは思えない程に、はっきりと明朗に。
「成る程。
 ピーターパンを解放しろ、というわけ」
なんだか分からないラエをよそに、二人は頷きあう。
「ウリエル、どういう事?」
「うん、まあ、おいおい分かる。
 そっちの方が、楽しい。
 まあ要するに、ネバーランドなんて何処にもないという、事」
「ネバーランド?」
幼い頃より聞く事の多い、お伽話に出てくる地名だ。永遠の子供、ピーターパンの住処。
確かにあり得ない。子供は育つ。育つ未来がある。それは自然の法則だ。
大人は子供の頃が良かったというけれど、その気になれば『子供』でいる事は出来るし、子供に戻ってみると案外ろくなものではないのかも知れない。
ウリエルに関係する所には、そんなものがあるのだろうか。
ピーターパンのような者がいるのだろうか。
そう考えて、前にウリエルが言っていた言葉を思い出す。
「前、あの子を『いつまでも子供でいるらしいな』って言ってたけど、それに関係する事?」
「……ラエ、鋭い。
 でも内緒」
にっこりと微笑んで、ウリエルが唇に人差し指を当てる。
それで一瞬どきっとしたものの、その美しい笑みには誤魔化されずにラエは質問してみる。
「図星?」
「……うん」
「誤魔化さないでよ」
「はい」
ウリエルは観念したように頭を垂れた。

 *

「厄介な事になってきてるみたいだね、ウリエルさん」
三人の様子を遠目に眺めながら、ユダは呟く。
十分な距離を取って飛んでいるから、今のところウリエル以外は気づいていないだろう。
「しかし、ヴィーグリーズ、ねえ……。
 また、因果な名前を」

――ジーザス。許さない、絶対に。
  お前は罰されねばならぬ。

そう言ったのは、『自分』であったか、誰だったのか。言われたのか、言ったのか。
分からない。
ユダ。『ユダ=ラッハ』が言った。明白なのはそれだけ。
ちくり、と頭に痛みが走る。
「……マリア……」
もう死んでしまった人の名を、救いを求める子供のように呟き、ユダも空の湖を目指す。