水玉。
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水玉。

「あ。きた」
ラエが洗濯物を干しに、物干し竿の役割をする縄のあるところへ到着すると、いつの間にか足下に、例の謎の幼児が立っていた。
会ったのは四日ぶりである。
「……えっと、君は」
名前を知らないので、どう呼んでいいのか分からない。
「『空湖』の主、オーリスの弟、ディーリス。ディー、って、呼んで」
「あ、うん」
「そっちの、名前はなあに」
「ラエよ。ラエ=リイン。よろしくね」
「ラエ。よろしく」
そう言って、ディーリスは無邪気に笑う。
(変わった子だと思っちゃったけど、可愛いなあ)
そういうところはちゃんと幼い子供である。
ディーリスは一回深呼吸すると、緊張した顔で、後ろ手に持っていたものをラエに差し出す。
カードだった。
何のカードなのかと訝しみつつも、ニッコリと笑って受け取る。
「招待状。来てね」
幼児ははにかみながらそう言うと、地面を蹴って飛び上がる。
それは半端無い高さだった。ラエの背丈もゆうに超えてしまう程の。
ただ、幼児が地面を蹴ったせいで飛び上がったという感じではない。
水に飛び込んで泳ぐ光景を、空気の中で逆さまにしてみているような、そんな感じの飛び上がり方である。
そのまま幼児は上へ飛んでゆき、ぱんっと空気が揺れる音がして、そのまま見えなくなった。
「……今のは、一体……」
ラエは呆然としながらも折ってあるカードを開く。
幼い字で書かれた文字だが、意外と読みやすそうな形だ。
『招待状
 『空の湖』の月浮祭に貴方を招待いたします。
 上弦の月の夜、招待状を持参の上、空湖・ヴィーグリーズまでお越し下さい。
        招待者 『空湖』主の弟 ディーリス』
「……『空の湖』……さっきあの子が言ってた『クウコ』ってこと?」
今の幼児といい、『空』という言葉といい。
よく分からない事ばかりだ。
(こういう事はウリエルよね)
うん、とラエは一人うなずくと、洗濯物を干し始めた。

 *

「………」
ウリエルはベッドに座り、窓に自分宛に置いてあった手紙を、銀細工のペーパーナイフで開封した。
思った通り、中には招待状。
綺麗に整然と、きっちりした流麗な文字が書かれている。
『招待状 ウリエル=メーシー=ウォッチサウンド様
 水の暦が満ちました。
 『空の湖』の月浮祭に招待させていただきます。
 上弦の月の夜、招待状を持参の上、空湖・ヴィーグリーズへお越し下さい。
 『水咲』を楽しみにしております。
             招待者 『空湖』主 オーリス』
「ヴィーグリーズ、な」
『湖』は、月浮祭のたびに名前を変える。
だがそれにも周期やら色々あるらしく、ウリエルの印象に一番残っている名にまたなったらしい。
「俺も爺になったなあ。これで何回目だ?」
この名がつけられるのはおよそ二百年おきだ。ということは、十回程だろうか。
(で、前に湖がヴィーグリーズになった後に、ラエが生まれた……と)
あ、なんか年の差凄いな、どうしよう。
今まで考えまいとしていた事を考え、ウリエルはなんだか落ち込んでしまう。
「いや、俺まだ若いし……」
そう自分で呟いてみる。
なんだか、さらに無性に悲しくなった。