水玉。

水玉。

夏の暑さもピークを過ぎ、涼しげな風が吹き出すようになった。
ある日、洗濯物を干した帰りに、ラエはふと地面に屈み込んだ。
薔薇が散っている。一花分、ばらばらに。
空色の薔薇だった。同じ薔薇の中でも、春に蕾をつけ、今まさに咲き誇っていたグループの薔薇。
受粉が済んで実をつけるには早すぎる。まわりの花は何もなく、咲き誇っているのに、どうしてこの一花のみが枯れているのか。
もしや植物の病気だろうか。
ウリエルに知らせようかと思って立ち上がろうとすると、いきなり肩をつつかれた。
「うわっ!?」
思わず後退ると、その手の主であるウリエルが軽く首をかしげた。
「驚かせた?」
「あ、うん」
ごめんね、とウリエルはかすかに顔を歪めて謝ると、地面に散っている花びらを拾い始める。
「あ、それ……なにかの病気?」
「ううん。一種の繁殖法」
「どうして枯れたら繁殖するの?
 実もつけてないみたいなんだけど」
「……じゃあ、見せる」
ウリエルはおもむろに咲き誇っているグループの薔薇の一つに手をかざし、なにか早口で唱える。
すると、花が散り、その代わりのように別の場所の茎が二本伸び、蕾になる前の段階にまで達した。
ラエが知っている花というものよりも、あまりにも早い変化。
そして、ウリエルは散らせた方ではない花びらを地に埋める。
するとそこからも、するすると茎が伸びる。
「この薔薇は、散るまでに養分を同じ茎の二つの別の箇所へ与える。
 しかも、花びらがいつの間にか種になってる」
そう言いながら、ウリエルはポケットからハサミを取り出し、ためらいいなく薔薇を十ほど切った。
「……どうして切るの?」
「この繁殖力で昔、この庭が半分これで覆われそうになったから。これだと、増えない」
「……ふうん」
綺麗な薔薇だが、確かにうじゃうじゃあるのは嫌だろう。増えすぎると場所も取るだろうし。
「あとで見分け方教えるから、それまでラエだけで切るとかしないでね。
 花びらじゃなくて種だったら、お茶とかにして飲むとお腹壊すから。
 まあ、お腹から芽が出るわけじゃないから安心だけど」
「分かった」
いくらウリエルが純天使などという珍しい種族であっても、そんなものを育てはしないのだな。
そう思ったが、ふと思いつき、ウリエルに聞く。
「……もしかして、本当にお腹から芽が出る奴、食べた事が……」
「ある」
「………」
「虫下しで大丈夫だった」
そういう問題だろうか。奇妙な心地に陥るラエをよそに、ウリエルはそばにあらかじめ置いてあったカゴに花を移す。
「この薔薇の名前は、『空の薔薇』」
「空色だから?」
「うん。その他にもう一つ意味があると、俺は思っているけれど」
「?」
薔薇を入れたカゴを持ってウリエルは立ち上がる。
「行こ」
そのまま家に向かうウリエル。
ラエも立ち上がると、足を止めて待っていたウリエルと一緒に歩き出す。
花畑から見える、空はとても青かった。