水玉。

水玉。

しゃー、と流しに音が響く。
流しの前に貼り付けてある紙を眺めつつ、ラエはほうっとため息をついた。
ちなみにその紙には、
『鳴かぬなら どうでもいいや ほととぎす』
などと、今時羽根ペンで、無駄に綺麗な字で書かれてあったりする。
(まあ、よくあの人の人柄を表してるかもね)
「よし・・・終わり」
洗い終わった皿を片づける。
「給料は、花、か」
しょっぱなから言われた妙な言葉を思い出し、ラエはまたため息をついた。
そして台所から出て、廊下を曲がって突き当たりのドアを開けた。
甘い香りが、鼻をくすぐる。目の前には、一面の花があった。
よく見ればきちんと区画にわけて植えられている。
それぞれ青、赤など色も様々で、多分本来あるはずの地方もバラバラ。
ウリエルの職業。
それは、花屋さんだった。
と言っても、出荷業者のようなモノらしい。
各地の珍しい花を集め花畑にして、栽培する。そしてそれを出荷し、利益を上げるのだそうだ。
かといって栽培作業をするわけでもない。様々な種類の精霊と契約し、花を育ててもらう。
言うのは簡単だが、結構大変な事だ。それをウリエルは軽々と長年やり続けてきたという。
しかもその花畑は珍しい花々の粋を極めたようなモノでいっぱいだった。
集めるのには苦労しただろうと思うのだが、その半分を、ラエに給料として与えるという。
しかも働く期間はラエの好きなだけで良いとまで。
何を考えているのか判然としない瞳で告げたのだ。
いや、ただぽーっとしていると言った方が良いのかもしれない。
騙している風もなく、ただ何となくといった感じ。
そんな印象だった。
淡く光る花−−確か、レヴァルトール、伝説の雪国の花−−の側を通り抜ける。
ラエがここに来てから、二日しかたっていないものの、ウリエルが大体どこにいるだろうかは見当がついていた。
レジェンド・ローズ、ブレイヴ・ラーサ、スレイヴ・レインなどの花の横をさらに通り抜ける。背丈程もある花を最後にかき分けると、一気に視界が広がった。
青い空、緑の芝生、小さな野の花。土手のようになっている野原と、花畑と同じ高さの野原。
その境界になっている草の坂に、目当ての人物はいた。
土にその白銀の髪が付くのも気にせずに両手を頭の後ろで組んで寝っ転がっている。
ぼうっとした視線の先には、雲と青空が五分五分で陣取っている。
決して天気が良いとは言えない。
「ウリエル」
「あ。ラエ」
ウリエルがはたはたと手を振る。
「また、ここで空見てたの」
本人に敬語を使わないでいいしウリエルでいい、といわれたので使わない。あんまり使う気にもなりはしない。
「うん」
「何で?」
「おっきいから」
それは答えになっているのだろうか。
昨日も、夜にこの土手で転がっているウリエルに聞いたが、そんな感じの答えだった。しかし妙に説得力があった。
変だ。本人には悪いが、よく分からない、変という感じがする。
まあ、慣れたらそこがいいとこに見える筈だと、ラエは思う。
そのままウリエルはラエをぼうっと見続ける。
「何?」
「困ってる」
「え・・・」
「横」
ぽんぽん、と手ですぐ横の芝生をたたく。
素直に従う事にした。
(空をみてる理由、分かるかもしんないし)
ごろりと寝転がって空を見る。
青空と、それに混ざる雲。
太陽が隠れ、また顔を出す。
そして柔らかな芝生。
時に見えなくなる太陽がひょっこり顔を出す。
青空が雲で押されていく。ゆっくりとした空の変化。
そんなものを見ているうちに、うとうとと眠気が襲う。
(ぁ・・・ウサギ雲)
薄れていく意識。
(駄目だ、夕食も作らないと・・・)
そのままラエは眠りに落ちた。