水玉。
18
水玉。

「ラエ!」
父がラエを見て、その外見に似合わないハスキーボイスで叫ぶ。
「……父さん。相変わらずね」
源なんていう名前とはかけ離れた外見の父を見ながらラエはため息と同時にその言葉を押し出した。
「ウリエルさん、うちのラエがお世話になりまして、色々と有り難うございました」
ウリエルに恐縮した様子でぺこりと礼をする源。これまた外見には似合わない誠実そうな声。
ウリエルはウリエルで色々なところで圧倒されてしまったようで、どうにか顔に何も表さずに、
「……あ、はい」
と言うのが精一杯のようだった。
「さあ、うちに帰ろう、ラエ」
源が黒い瞳を細めてラエの荷物を持つ。
「その前に」
ラエは素早く大きな荷物のうち、源の持っていない一つに座る。
「考えてくれた? 服の事」
誤魔化されないうちに、それだけ確認しておかねばならない。
「ああ、考えてあるよ」
そう言って源は持っていたバッグから服を取り出す。
「どうだ? だいぶ地味になったろう」
これが最大限の譲歩だというように突き出されたのは、血のように紅い鮮やかな薔薇柄のシャツと、ドクロ柄スカートの上下。
「地味? これが?」
ラエが皮肉を込めてそう言うと母がそれにも気付かない顔で父の横から顔を出し、
「そうよ父さん。やっぱりラエにはねえ」
とまた何やらバッグを取り出し、そこからまた鮮やかな青の服を取り出す。
「これよ、これ」
母が得意げに突き出すのは、フリフリのゴシックロリータの黒を鮮やかな青に変えたような、しかもラメ付きの服だった。
勿論、ラエにそんな趣味はない。というよりそんなものを見れば引くぐらいだ。
ラエはもう言葉をなくし、がっくりとうなだれるだけだった。
父と母の服のセンスが悪いだけならまだ良い。
それを、不幸か幸いか普通の感覚を持ったラエに着せようとするのだから始末が悪い。
しかも平素の服は許せる範囲なのに、何故かめかし込む時だけそのセンスが飛躍する。めかし込む時とそうでない時では月とすっぽんだ。
これまでは妥協してきたけれど、今回の学校の卒業式にそれらを着ろと言われた時、流石に耐えきれなくなって数年ぶりの大喧嘩をして、家出した。
その時の服と言ったら言葉では表せない程だ。なにしろ、今目の前にあるモノより酷かったのだから。
「なんだと!? ラエにはこちらの方が似合う!」
「いいえ、こっちよ!」
何も言わないラエをよそに、父母は喧々囂々のケンカを繰り広げている。どうやら勝手にラエがそれらの服を着る気だと決めているらしい。
どう反論しよう。しかしもう聞いてもらえないような気もする。
そうラエが思案する間にも父母の言い争いは激しくなっていく。
ちらりとラエがウリエルの方を見ると、ウリエルは首を振って手を鳴らしているところだった。
そしてウリエルは父と母の方を両手でとんとん、と叩く。
「おや? どうかされましたかな」
「それ」
ウリエルは何を考えているか、ラエにすら分からぬ顔で静かに二つの服を指した。
ラエは何となく妙な感じにとらわれる。そう、まるで嵐の前の静かな海風を受けているような感じ。肌全体に悪寒が走るような、まるで、大天使の怒りをかってしまったような。
父と母がそんな事には微塵も気付かぬ様子で「これですか?」と、服を差し出す。
ウリエルはその服を掴み、はっきりと断言した。
「趣味が悪い。少なくとも自分の子供に着せるようなモノじゃない」
およそ十呼吸程、誰も何も言わなかった。
「な、何を」
ラエの父親が反論しようとするが、しかしウリエルの顔を見て圧倒されて黙り込む。
ウリエルは、ラエが見た事もないような表情をしていた。
いつもはぼうっとしているはずの目がはっきりとした意思の光を放っている。
ぎりりと結ばれた唇はその冴え冴えとした光をさらに際立たせ、それらによって整った顔が父を赤子のように圧倒させるには十分な迫力を漂わせていた。
何時からか驚きから変わった苛つきと呆れ、それと怒り。それをウリエルが放つ半端ではない怒気が示していた。
ラエはその怒りから外れているのか、少し気圧されるだけだが、父と母は凍り付いていた。
正に、大天使の逆鱗に触れた無力にして愚かな人のように。