水玉。
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水玉。

かなりの間使い込まれた感じの青い野良着に、これまた使い込まれた感じの軍手。
真っ白なタオルがその首に掛かり、銀の美しい髪を押さえつけている。
あの洗濯物を取り入れてもらった日から三日後、昨日一日降り続いた雨も上がって、真っ青な空の下、軍手に茶色の作業服という、農家のおじさんルックのウリエルは、花をいじりながらラエに「お早う」と挨拶した。
「・・・え」
流しに洗い物が残されていたので、ウリエルはもう起きて庭で空を見ているのだ、と思って出てきたラエは勿論戸惑う。
「収穫。雨の後は摘んで出荷の準備をしなくっちゃなんない花が結構多いから」
ウリエルはそう言って傍のカゴごと抜いた花を振って見せた。
「明日の夜から三日間、多分家開けると思う。鍵は食卓の上においとくから、出かける時はそれ使って」
そう言うとまた花を摘み始める。
「・・・てっきりそういうのも精霊さん達にやらせるんだと思ってた」
「ああ、今はまだ慣れてない精霊さん達も多いから」
そう言って今摘んでいるものの隣の花を指す。
よく見ればあっちこっちでこけている若い小人の様な精霊と、それをしかっているどちらかといえば年をとった風な精霊達がいる。
「ほんとだ」
ラエは一応、意識すれば精霊を見る事は出来るが、そこまで自然に見える事はなかった。
たぶんにウリエルの影響なのだろう。本当に何者なのか、この人は。
「だから色々よろしくね」
そう言われて、ラエは少し疑問に思いながらも頷いた。
そして洗濯物を干すために庭の方へ向かう。
(まあ、そのうち分かるでしょ)
結構楽天的に考えるラエだった。



そしてその夜。
「・・・味気ないなあ」
ラエは一人、食卓で呟いた。
たまにラエが出かける事はあっても、ウリエルが出かけることはなかった。
今はウリエルはとうに出かけてしまって、この館にはラエ一人。
結構寂しい。
しかもこんな時に限って料理がいい出来だったりする。ウリエルに食べさせたい。
「早くウリエル、帰ってこないかな」
昔から、留守番というものは苦手だった。
一人で家の中にいると、どうにもやはり心細い。
庭にいる精霊さんと話すのも手だが、さっき見た忙しそうな様子だとそうもいかなそうだし。
もしかして、買い物でラエが出かけていた時、ウリエルもこんな気持ちだったのだろうか。
(いや、それは無いわよね)
どうやらウリエルは長い間一人暮らしをしていたようなのだし。
そう考えているとまた寂しさがこみ上げてきて、ラエは思わず皿の食事を一気に平らげた。
(やっぱり、早く帰ってきて欲しいなあ)
二週間足らず一緒に過ごしただけだが、何故か寂しい。
『あの人は割と普通』、そう思って暮らしてみれば、結構ウリエルにも色々な表情があるのが分かった。
呆れていたり、吃驚していたり、微笑んでいたり、感心していたり。
表情もかなり見分けるのも難しい微妙なものだったり、結構分かりやすいものだったり。
でも、見ていて嫌だと思うものはない。
はじめからそうだった。
ちょっと変わった人だと思ったものの、不思議と警戒心をかき立てられない。
むしろなんだか傍にいると安心出来る。
でも多分、それはラエのような性格の者だけのような気もする。中にはむかつく人や、気味悪く思う人もいるはず。
でもやはりラエはそれなりにウリエルを好いていた。
『いい子』と頭をなでられる時、気持ちいいのもその気持ちの基かも知れない。
何となく、本当にいい人だと思ってなでてくれているのが分かるのだ。
その手の感触を思い出し、ラエの胸がざわつく。
「寂しいなあ」
そう呟いて、ラエは食べ終えた夕食をワゴンに乗せた。