First

〜初めての・・・〜

私には、3歳年上の幼なじみがいる。
昔私は、そいつが大好きだった。
初めて父さんと母さん以外の人の絵を描けばそいつで、初めて父さんと母さん以外に笑いかけたのもそいつだと言う。
でも、それは昔のことのはずなのだ。
あいつがいつも、初めてだったのは。

   1

ウォルア王国の首都、ウィルード。
結構大きい上に文化の要所だからか、そこにはいくつもの王立の学園がある。
裏はそれぞれ、どうなってるのか知らないけど、表向きには貴族も平民も平等に扱われ、学を競い合う。
その中の一つ、レーヴィン王立学園。
学業はまあまあ、進学もまあまあの、至って普通の学校。
春の浮かれた空気もどこかへ行って、夏。
放課後、そこの家庭科室にて。
私、ソフィアルティア=ガランディッシュは目の前の物体を見つめ、ため息をついた。
体が重い。
比喩とかではなく、物理的に。
私は腕を頭の上に回し、その原因の頭をがっしりつかんで思い切り怒鳴りつけた。
「いい加減に離れなさい、エリック!」
「やだ!」
どぎっぱりと私の頭にしがみついたそいつは答える。
見えなくてもどんな顔をしているか分かる程、昔からあんまりにも隣にいすぎたそいつ。
エリックザラット=ウィルクサード、皇太子殿下、通称エリック。
くすんだ金の髪に、片方は澄んだ碧、もう片方は茶の瞳の、むやみに美形なこの国のただ一人の王の子。
私とこいつの関係は勿論、恋人なんかじゃない。あってたまるか。
幼なじみ。
何でかうちの親は現国王とつながりがあって、で私が赤ん坊の頃からエリックと知り合い。
いろんなことで普通のレベルにあると思う私に比べて、エリックは王族のための英才教育で鍛えられた、まさに文武両道の秀才。
しかもイケメンときて、女の子にとっちゃ魅力満載の物件。
「ソフィアがクッキーくれるって言うまでどかないもん!」
「あんたねえ。どうしてそこまでしてこんな物を欲しがるのよ」
私は目の前にある物体つまり、私が家庭科の時間作った可愛くラッピングされたクッキーを見る。
私だってこの立場でそんないい男なら普通ときめいたり恋人同士になったりという事になるかも。
そう。
「だってソフィア可愛いんだもん!」
それが、私に抱きついて、年甲斐もなくクッキーをこっぱずかしいセリフを吐きながら欲しがったりするような奴でなければ!
「訳分かんないわよ!」
いわゆるアタックという奴で、これに私は昔から振り回されている。
「なぁ、もうさっさとエリックにやっちまったほうが良いんじゃねえの」
ため息をつきながら成り行きを見守っていたクラスメート、テルブがため息をついてすすめる。
茶髪碧眼、フルネーム・ダフィラシアス=テルブ。
この学園に入った時からエリックと私を主に見物するために絡んでくる男友達。
「そうだよねえ。もうそろそろ帰らないと」
ころころと笑って、私の親友、チヨ=サノモン。
どうやらこの二人はことの成り行きを見守りながら気の向いた方につくという性格をしていてくれたり。
「ええ!? なによそれ」
ごろごろと猫のように頬をすり寄せてくるエリックの頭を押さえながら、私は二人に文句を言う。
「ねー、だから頂戴」
エリックがだだをこねる。
「ソフィアが初めて作ったクッキーでしょ? なら俺がたべなくちゃなんないの」
なんなのその理屈。
「はあ!?」
「でさ、塩と砂糖間違えてて、適度に飲み込みにくくって中が半熟してたりするんだけど、俺が全部たべるんだぁハート
きらきらと目を輝かせてエリック。
どこの少女漫画だそれはーーー!
そう言われればそう言う程やりたくなくなってくるの分かんないの!?
「あっそ。でもときめかないわよ」
「いいの! ソフィアの、クッキー食べたいんだよ。
 初めてでしょ」
「初めてだからよ! どうしてこれがあんたのおやつになんなくっちゃなんないの」
にんまり、とエリックの頬がつり上がるのが見える。
そして、明らかに昼を抜いた腹の悲痛な音。
・・・昼を抜いた腹の音?
ここに居るのはテルブとチヨと私とエリックのみ。
「エリック、あんたまさか」
「ふっ。ソフィアへの愛に比べればソフィアがそう言った時のために昼を抜くなんて簡単なのさ!」
よ、読まれてた!? 私とした事が!
じゃなくて。
「馬鹿じゃない!? 私がもし失敗してたりしたらどうするつもりだったのよ」
いつの間にか手を離してたエリックの方を振り返ると、エリックは仁王立ちで自慢げに
「忘れてた」
それは威張って言う事だろうか。
それとまあ絶妙なタイミングで鳴るエリックの腹。
そして家庭科室に静寂が満ちた。
それを切り裂くのはやっぱりこの国の宝の腹の音。
夕日が赤くエリックに照りつける。
ぐ〜、ぐ〜、ぐ〜。
静寂。 ぐ〜。 静寂。 ぐー。 静寂。
なにそれ。
笑いたくなった。
誰かこいつを止めて欲しい。
「・・・ほら」
エリックにクッキーを投げる。
「味の保証はしないから」
別に、本当は、やらないなんて思ってなかったし。
「有り難うソフィア!」
エリックはざっと一気にクッキーを口に入れてほおばり、
そのまま一瞬体の動きを止め、飲み込んだ。
そしてそのまま床に倒れ込んだ。



真っ白いベッドに横たわるからだ。
開く、青と茶の瞳。
「馬鹿!」
「ふぅえ?」
エリックは目を覚してぼけた声を上げた。
あれから保健室にエリックを運んで、袋に残った破片を食べて分かった。
あれは私の人生最大の失敗作。
倒れて当然。毒に近い。っていうかほぼ毒。
「あんたねえ、吐くとかしなさいよ!」
「だって、ソフィアが初めて作ったクッキーじゃない」
にっこりとエリックは笑う。
綺麗な顔で、本当に嬉しそうに。
その手で私の頭をなでながら。
なにそれ。
そんなので食べたわけ? アレを。
本当は、あげるつもりだった。
味見を忘れたのにも気付かずに。
抱きついてくるエリックと話をして、あげて、喜んでくれるだろうかと。
他に誰にも、思いつかなかった。
全てを見透かすような瞳で見つめるエリック。
「・・・ごめんね」
「うん? いいよ。ねえソフィア、惚れ直した?」
「馬鹿」
私はエリックに背を向けると、誰にも聞こえないようにいう。
「ちょっとだけ」
心臓が脈打つのが聞こえる。
どこか、くすぐったい気持ち。
こんな感じになるのは、
どうやらまた、エリックが初めて。


+++++第一話END+++++
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