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〜He and he have the same thing.〜

渦だ。
これは渦だ。
見つめてはいけない、巻き込まれてはならない。

絶対に。



「ルクスの奴はどうしてこうなんでしょうな! 全く、殿下の様子が少し変わっているから気になっていただけなのに、どうしてガランディッシュ殿のベッドの下に放りこむのか!」
頭から湯気を立ててもおかしくないまでに、レコンは激高していた。ついでに口から炎も吐きそうだ。
しかしそれでも慎重にソフィアのベッドを元の位置に直している。ある意味器用な男だなあと妙な所で感心してしまう。
「申し訳ございません、お二人の会話を少し聞いてしまいました。どうも声を出す事もなかなか出来ず……。
 至らぬ事だらけで」
「ああ、……別に、良いよ。うん、多分」
ソフィアはどうか知んないけどさ。
そう思ったら、
「別に良いですよ。縛られてたんでしょう?」
とソフィアが許しの言葉を。ああ、何て良い子なんだ。
「有り難うございます。
 まあ、あれも悪気はないんでしょうがね」
「そうそう! でも実は悪気がこれっぽちもあったりするのだけどね!」
「突然出てくるな貴様はー!」
いきなりドアを開けてはっはっはと快活に笑うシェランに、間をおかずに答えるレコン。
うん、気があっている。コメディアンみたいだ。
「しかも悪気があったとは何だ! 人をあんな暗い所へ放り込んでおいて!」
「君、暗所恐怖症じゃなかったから。洞穴恐怖症だけどね」
「余計な事はいわんで良い! それに、恐怖症は一人の時だけだ!」
一人になったら洞穴恐怖症。ならどうしてシェランが知っているのか。ナゾだ。
「というか二人の会話が聞こえなければ危うくトラウマで暗所も追加される所だったろう!?
 職務に支障を来してしまったらどうするのだ!」
「ヒモにしてあげるよ」
「おのれに養って貰うぐらいなら他の職に就く!」
おう、正にマシンガンコント。息ぴったり、言葉を挟む隙無し。ていうか女じゃないって否定しないのか?
そう思っていれば、更に気炎を吐いているレコンを突然さらりと無視して、
「ああ、そうだ。我らが王と王妃様がご帰還さ。ついでにソフィアさんの保護者付き。
 さっさと息子の役割を果たしてやりたまえ、王子」
「殿下に命令口調を使うな」
いや、別に良いよレコン。慣れてるし。この人お前が就任する前からそうだったし。
そう言や良いんだけど、このトークが面白いので言わない事にした。
「どうして俺が敬語を使うなんて事しなくっちゃなんないんだい」
「どうしてもだ!」
「……さあ、では行きたまえ王子。レコンも一緒にね」
「話を逸らすな!」
そうレコンが叫んだ瞬間、「ひゃっ」という声と共に、どうもシェランの後に次いで父さんと母さんの帰還を報せに来たらしい使用人が、その圧倒的な声量の大喝にびくつく。
「ぁ、あの……王と王妃様のご帰還で……王子に、至急会いたいと……その……」
「……ルクス、後で覚えていろ。では、行きましょうか、王子」
どうにか怒鳴るのを押さえ込み、一瞬で怒気を鎮めたレコンが声をかけてくる。
俺は頷き、廊下へ一歩踏み出した。



まあ、普通の親子の一場面だ。ソフィアはもうすでに昨日駆けつけてきた両親と会っているし、ダブルで感動って訳でも無し。
それに、俺はもう、昔にすでにソフィアの方に心の重心を傾ける事を覚えていたから、そんなに会いたいわけでもない。
でもやっぱり、抱きしめられたら胸がジンときた。親子ってまあ、そんなもんだろう。でもどっちかというとレコンの方が感動している。貰い泣き寸前だ。
「ご免ね、エリック! もう少し速く駆けつけられれば良かったのだけど」
「ああ、大丈夫だよ母さん」
別に、両親が駆けつけるなんて期待とか、もう子供の頃にどっかいったからさ、とは続けず、笑顔を作るだけにしておく。
愛情がたっぷり注がれている事が感情からも納得できたのは思春期になる少し前で、でもそれまでにそれを理性でしか分かっていなかった俺は、そうするしかなかった。ソフィアがいなければ、更にそれが酷くなっていただろう。
正に『灰色の世界』と表現しても良いくらいだったあの頃。ソフィアの周りだけは色が付いていて、それにどれだけ救われた事か。
そのまま母さんは俺を離してくれそうもないので、母さんと父さんの心配の言葉を聞き流しつつ、そのままの体勢でソフィアのご両親に挨拶をする。
「どうも、おじさん、おばさん。こんな体勢で失礼します」
「別に良いよ」
「ああ、ごめんなさい」
そこでやっと気付いて母さんは俺から離れてくれた。
「大丈夫だったか? ソフィアは俺の娘である事は勿論、殿下も息子のようなもんなのに、それが二人とも襲われたっていうから血の気が引いた」
おじさんが苦笑しながら言う。
「有り難うございます」
「そんな他人行儀にしなくてもいいって」
笑ってそう言ってくれた。
「……でも、俺がソフィアの幼なじみだったばっかりに。済みませんでした。本当に」
ソフィアが殺されそうになった時の俺と同じぐらい、彼らも血の気が引いて、心配してくれたんだろう。
「本当に、そうよ。貴方の所為」
おばさんが、信じられない程冷たい声で、言い放った。
……え?
いつものおばさんとは違う、冷たい瞳と冷たい顔。
「もうこれ以上、ソフィアに会わないで」
音を立てて血の気が引く。それと同時に、胸の中に湧き上がるもの。黒い渦。叔父さんが制止の言葉をかけるが、おばさんはとまらなかった。
「何時こんな事が起こるか心配してたのよ。護衛は優秀だと聞いたし、でもそれでも、昔だってこんな事があったじゃない。
殺されかけたのよ、ソフィアは。殺されかけたの。それに、いつもいつもソフィアの傍にいて、あの子の交友関係は変な方にいってしまっているじゃない」
変なほう? ダフィラシアスとか、そんなのが変な方?
回りの景色がぐるぐる回っているような気がする。頭が痛い。何だこれは。敵意が迫ってくる。親の愛情という名を借りた敵意。
「あの子は普通に育てようと思ったのよ。護身術だけ教えたけれど、普通に育って欲しかったの!
 なのに、どうしてなの!? 少しぐらいの付き合いだったはずが、いつの間にか、王子が幼なじみ!
 平和な時代なら良かったかも知れないけど、こんなテロばかりの時に、どうして!」
「おい、止めろ、エリックだって殺されかけたんだぞ!?」
「あなたは黙っててよ!」
迫力に押されたか、父さんと母さんは何も言えないまま、ただおろおろしている。
俺も何も言えなかった。迫力に圧されはしていない。ただ、それによって疼く胸に、起こりそうになる渦を押さえるのに精一杯なだけだ。
「だから、もうソフィアの側から離れて! いいえ、それだけじゃなくって、私が連れて帰る!」
おばさんはもの凄い剣幕で、目に、口調に、全てに俺への敵意を込めている。
黒い衝動。ソフィアの側から離れろだって?そんな事しない。
どんな手を使ってでも、そんな事をさせるか!
そう思って一歩踏み出した、その時だった。
「何が王子よ! 女の子一人守れないぐらいで、どうするのよ!」
「申し訳ございません」
そう言いながら、レコンが平手でおばさんの頬をぶっていた。
「……え?」
「ちょっと貴方、何するの!」
「平手でぶちました」
いまいち何を考えているか掴めない表情でレコン。
無表情で、おばさんを見る目には何の感情もない。今まで見た事もない顔だった。
鋭い視線が、今日も髭を剃っているレコンのナイスなマスクと相まって更に鋭くなる。
レコンはそんな目をしていただろうか。いつも正々堂々としていて、真っ直ぐで炎が燃えてそうな瞳をしていなかったか?
なのに、何なのだろう。
一瞬、レコンの瞳に薄氷の上で危なげに揺れるようななにかが映ったが、それはすぐに消える。
それから、いつもの真っ直ぐな瞳とはまた違う煌めきのある瞳になった。
「僭越ながら、言わさせて頂きます。
 巫山戯るな」
「え?」
おばさんがまだ瞳に敵意の炎を燃やしたまま、それでも驚いて聞き返した。
「巫山戯るな、と言ったんだ!」
レコンが大喝をぶちかました。
「主観的に物事を見るのもいい加減にしろ!」
肌がびりびりと震え、俺ですら迫力に声も出なくなる。
怒っている。本気で怒っている。
普段はどんなに怒っていても、一方でどこか落ち着いて見えるレコンが、本気で起こっている。
「成る程貴方の心境は分かる。だが、気持ちを向ける所を間違えないで頂きたい!
 いいですか、責任はそもそもテロを起こした側にある、武力に訴え出た側にある!
 そうでないとすれば、護衛しきれなかった我々に責がある!」
はっとした。もしかすると、レコンはこの一件に俺が思うよりも責任を感じているのではないだろうか。
だから、怒ってくれるのだろうか。
「けど、それでも、エリック王子が」
「出会ってしまっただろうが! もう出会ってしまって、十五年も傍にいて、幼なじみになったのだろうが!
 一期一会という諺があるように、人の出会いは一度しかない。それを後悔してもどうにもならない!
 兎に角、余りにも貴方は身勝手だ。王子を責めても何にもならない。王子も御自らの責を感じていらっしゃるでしょう。
 もう一度言わせて頂きます。
 巫山戯るな。ソフィアさんと殿下はもう、傍にいるかどうかを自分で決められる。貴方は、むやみにそんな事を言うべきではない!」
大喝と共に、堂々とした態度でレコンが締めくくった。
おばさんは何か言いかけたが、レコンの真っ直ぐな瞳を見ると、それも引いてしまったようだった。
でも、俺はその瞳から目が離せなかった。
真っ直ぐな瞳。でも、それはいつものしっかりしたものではなく、薄表の上にやっと立っているような不安定なもののような感じがして、そして、その奥に、俺と同じ、黒い渦が渦巻いているのを、かいま見たような気がしたからだった。



その後、どうにかおばさんは落ち着き、小さく謝って帰っていった。
おじさんも済まなそうな顔をして謝った。
別に、謝罪なんて要らないのに。俺は、もしかするとあの言葉より酷い事を二人にしたかも知れないのに。
そう思うと、どうも落ち着かない。
ついでに、今まで仲良くしていたのにあんな事を言われた父さんと母さんも憔悴ぎみ。
そんな気まずい空気をやり過ごして、俺はレコンと共に執務室兼自室に向かって歩いていた。
「申し訳ございませんでした、でしゃばった真似をして」
レコンが済まなさそうな顔で謝ってくる。あの薄氷の上に立っているような光はもうその瞳にはない。
「別に良いよ。有り難う、あそこであれをやってくれなければ、俺、何をしてたか分からない」
「……まあ、分からないでもないですがね、あの方の言う事も。
 ですが、それをあんな風に言う事もないでしょうに」
レコンが怒りの表情で言うが、意外とその声は落ち着いている。
「何だ、いつものお前だったらここで怒鳴らないか?」
「何せあの人、熱がありましたから。余程ソフィアさんが心配だったのでしょうな」
熱? あのいつも元気なおばさんが熱!?
「嘘ぉ!?」
分かんなかったって。
「ありました。医者は呼んでおきましたよ。
 大人でも熱に浮かされるとああなる者がいるのです」
子供が熱に浮かされて泣きじゃくるようなものか。まさかそんなタチの人だったとは。
なら、あんなに怒ったのも分かるような気がする。お大事に。ソフィアに言っておかなければ。
「これでも私は幼い頃病弱でして。今も休暇中にぶっ倒れてルクスに迷惑をかける程ですから、人のそれには敏感なのです」
健康優良児を地でいきそうな男に、意外な事実発覚。
「でもそれだったら、早く言ってくれよ」
「それでは、収まらなかったでしょう? 貴方が言っていたように」
「何が」
「渦が。何をするか分からない心が」
あの、何を考えているか分からない表情で、薄氷の上の瞳で薄くレコンが笑う。
そう言えば、こいつが俺のあの感情に名前を付けた張本人だった。
この感情の話をちょっとした時、それは黒い渦です、と、ぽつりと職務中に呟いたレコンを覚えている。
「そのままでは私の言う事も聞かず、暴走していたかも知れないでしょう?」
その通りだった。あの渦に巻き込まれるまま、熱が何だ、と持っている力を全て使って、昔から親しく付き合っていたおばさんを叩きのめしていたかも知れない。
そう考えるとぞっとする。
「それに、幾ら熱があるとはいえ、本音である可能性もありますからね。
 何でしょう、つい熱くなってしまいまして」
そう言って恥ずかしそうに頭をかく。
つまりは、抑えてくれていたのだ。俺の黒い渦を。意識してか、そうでないのか。半々なのかも知れない。
「兎に角、感情に乗せられて暴走するのは適時にして下さい」
みだりに巻き込まれてはいけませんよ。
そう言って、レコンは真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。
瞳の中の薄氷の下に、俺と同じ黒い渦があったような気がしたけれど、一瞬で薄氷も渦も見えなくなった。
もし氷だとしても、その氷はとても厚く、とても底まで見通せるモノじゃない。
「そう言えばさあ、あの祭りの時、色々やってうやむやにした一団、あれ何だったんだろうな」
「脚本家である兄がコネを使って呼んでくれた方々です」
「ええ!?」
「夏祭り会場から俺達を連れ出したの、兄ですから」
そう言ってレコンは、どうして驚くのか、と不思議そうな顔をする。
そりゃあ驚きますとも。隊に入れる前に行った事前調査じゃ遊び人だったはずなのに。
単純だと思っていたら、この男、身辺も心の中も、意外と奥が深いと、三年も付き合っているのに、俺は初めて実感した。
区切り

「レコン、得る物はあったかい?」
控え室に戻ると、ルクスが待っていて、そう問いかけてきた。
「まあ、な」
「君の事だからどうせ、殿下がソフィアさんに対して妙な責任を感じやしないか悩んでたんだろう?
 だから、ソフィアさんと殿下の話し声が聞こえる所に放り込んであげたんだから」
ルクスらしい行動原理だった。なんだかんだ言ってそれで答えが出せた。
「……あの二人は、あのままで、いればいい」
「……話が繋がってないよ。あの二人って殿下とソフィアさん?」
「ああ」
「なら、そうだね。私もそう思っていた。後は私達が二人を護衛すれば良いのさ」
「ここで、『私』と言っていいのか?」
「ばれてもみんなの反応が面白いだけさ。それにここには私達しかいないだろう?」
そう言って屈託なく、面白そうに笑うルクスの顔を見つめる。中性的な、そして男に近い顔だった。

ルクスは、歴とした女性だというのに。

さっき私に、殿下が『渦』を持っているのかと聞いた。
私にはそれが有る。任務でルクスが傷ついた時、旅行でルクスが傷ついた時、……ルクスが悲しそうに笑う時。
勿論隊が傷つく時も、危険にさらされた時も。
昔、前科を負う原因となった出来事の時も。
その渦が、荒れる。前科となった時のように巻き込まれはしないけれど。
只、これだけははっきりと分かる。
渦は人の願いだ。そう言えば聞こえは良いが、欲望も含まれる。
だから、私は、忠誠心も大きいが、殿下に味方する。
この渦に、巻き込まれたらどうなるか。
渦がある者の結末はどうか。
それを抑えるのはどうすればいいか。
全て、良い顛末で終わるのか。いや、続くのか。
それを、見て学ぶ為に。
「レコン、何妙に真剣な表情しているんだい? 君には似合わないよ」
そう言ってルクスが戯けた顔で覗き込んでくる。その途端、渦は霧散する。
度々、渦の基が渦を消す。
人の心は、とても不思議な物だと思った。



これは渦だ。
見つめてはいけない。巻き込まれてはならない。
そう思うのに、人は何処かで、巻き込まれたいと思う。

その渦は、人の強い望みでもあるのだから。




第十一話 おわり
第十二話:想い に続く

よかったら感想をどうぞ。無記名でも大丈夫です。

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