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花火

〜Can I stand by you?〜

あれから、一日が経った。
国内のメディアは殆どあの事件を放送したり、書いたりている。なにせ第一王子が狙われたんだ、当然だろう。
私の存在は勿論、父さんや、エリック達が総掛かりで隠した。私みたいな普通の町娘の存在が知られたら、格好の的になるだろうし。
ディルカ伯は速攻で逮捕、送検された。一般市民を巻き込んだ事もあって、最悪、死刑だという。フィンさんも、それを納得している。仮にも父親がそんな事になったのは悲しい事だろうけど、気丈に振る舞っていた。
夏祭りは勿論中止……の筈だった。
が、何故かいきなり、駆け出しとはいえテレビで人気の俳優・バンドが、五組程乱入してきてゲリラライブを繰り広げ、騒ぎをあっという間に熱狂の渦へと変えてしまった。私は心配症のエリックに病院に連れられて行ってたから、見る事は出来なかったが、その見事な誤魔化しの原因はまだ謎だ。
とにかく、そんな事がずっとテレビで報じられている。
あんなに気丈にレコンさんに大丈夫だといった護衛隊も、三人は重傷、軽傷は多数。
あのルイスさんの歌が応急処置の役目を果たしたのだという。
襲ってきた奴らは自決する者もいたが、黙秘、悪足掻き、素直に白状する、といった風に分かれているらしい。でも、何故かある程度落ち着いてはいるようだ。
けれど、殺人罪が他にもあるので、殆どが死刑囚になるらしい。
グィアンさんの父親は、どうなったのかは分からない。
一方でグィアンさんはいきなりエリックに忠誠を誓った。どうも、最初からそのつもりで、あの謎の行動は、ほんの少しだけエリックを試してみただけだったらしい。
そして今。あの騒ぎの翌日。
私は保護されるという名目で、首都の中心、王城にいる。



一枚、二枚、三枚。これはサイン、これは送り返して、んでもって、これは……警察に知らせて、っと。
まだこの俺にこんな汚い仕事持ち込んでくるなんて。学習能力ねえな、こいつら。
今日は昨日の騒動もあって、王子様な俺、エリックザラット=ウィルクサードは、城の俺の部屋にこもって、書類を片っ端から処理していた。色々めんどくさい。
早く終わって、ソフィアに会いたいと思う。一緒に出かけられないのは残念だけど、仕方がない。
傍にいてくれる。今はそれでいい。でも、それだけじゃあ嫌だとも思う。
ソフィア。俺のソフィア。ずっと昔から、彼女だけが俺の世界の中心。
それが昨日、もしかすると永遠に奪われたかも知れないと思うと、ぞっとする。だから今日はいつもよりもっと会いたい。
「殿下」
俺の机の前で、何故か不機嫌な様子で、書類をいじっていたレコンが声をかけてきた。
「何だ、レコン」
「刺客達の処分、死刑に決まりそうです。なにせ、王子を狙うぐらいの手練ですから。経験も半端ではないでしょう」
ごう、と音を立てて、胸の中を黒い渦が跳ね回る。
「当然だな」
その渦に導かれるままに、口から言葉が飛び出した。
それと共に、笑い声も。
何に笑っているんだろう。俺は。何を嘲っているんだろう。
横を見れば、鏡があった。
泣いているように顔がくしゃくしゃだ。でも、口元が笑っている。目は、濁っているのか、よく分からない。
我ながら、乾いた笑みだと思った。



「はぁ……」
私がため息をつくと、横を歩いていたルクスがため息をついた。
「どうした、ルクス」
「どうした、は君の方さ。レコン」
「真似をするな」
全く、こいつという人間は。
「レコンが変だ。迷っている。プライベートならいざ知らず、職務中に」
「それで?」
言わせておこうと思う。ルクスは私の事を誰よりも分かっているのだ。私よりも。公私共に。
いつもなら私は怒っているのだろうか?
「いつもなら君が怒っているのかは、事情を聞いてからさ」
ほら、分かっている。
「まだ、君にはプライベートの余韻も残っているんだろうしね。そんな風に笑うなんて」
「お前は?」
「愚問だね。分かっているんだろう?」
ああ、分かっているとも。
ルクスには、公私の区別がない。あるとしても、それは都合良く変更されてゆく。
その代わり、芯のような物があるのだ。柔軟な、けして硬すぎない芯が。
ルクスは私にもあると言うが、私自身にはいっこうに感じられない芯が。
「……あ、そうだ」
ポンと手を叩き、ルクスが悪戯を思いついた子供のような目をする。
「どうせレコンが職務中に考え事といえば、殿下の事なんだろう?」
いやな予感がした。
そしてそれは、ルクスに関してなら大概当たってしまうのだ。
ルクス曰く、私はどうも、公私共にルクスを本人より知っている、らしいのだから。
多分この予感も、ほぼ確実に当たるだろう。



「ソーフィっア♪」
「何、エリック。重いんだけど」
私にあてがわれた部屋に入ってくるなり、後ろから抱きついてきたエリックに冷たく言い放つ。
重い。こういう事は家庭科室以来だけど、用意された無駄に派手な服を着ている分、前より重い。
「冷たいなあ、ソフィア。でも俺の愛は尽きないからね」
代わり映えのしない、定番の歯が浮くセリフを言いながら、あっさりとエリックは私の体に回していた手を解いた。
それからばさばさと音を立てて高価そうな服を脱ぎ捨て、半袖Tシャツ一枚にジーンズというラフな格好になる。初めから脱いでおけばいいのに。
「あっついねえ、ソフィア。どうしてクーラーつけないの?」
「まだ無くっても大丈夫でしょ。それに、つけた後はこの部屋の空気がぐしゃぐしゃになるんだから」
冷たい風、熱い風が交互に吹きまくる。それが空気を冷やした代償だ。
「ああ、そっか。俺はそういうのも含めて分かんないからなぁ。一応魔法でしょ? 職員の希望に会わせてつけてみただけ。
 旧式だしね」
そういやあんたにはそんな類が通用しなかったっけ。
「変わった体質よね」
「うん。魔法使えないしね。昨日みたいに庇ったら盾になるから、助かったけど」
うん。助かった。
あの感触は、今でも覚えている。ぎゅっと、本当に大切な物を抱きしめるように入れられた腕の力。
あれがなかったら、私は死んでいた。
もしエリックが魔法が通用する体質だったら、そんな事をしてくれただろうか。
聞きたいけど、聞けやしない。何でかそうしようとすると胸の中がもやもやして、でも止めていてももやもやする。
「ソフィア? おぅい」
気が付けば、プラプラとエリックが私の目の前で手を振っていた。
「ぁ、ああいや、何でもない」
「どしたのー? 俺の事考えてくれてた?」
にっこり笑うエリックに、
「いやそれはないから」
本当はそうなんだけれど、嘘を返す。なんだか恥ずかしくて言えない。
「酷いなあ。俺は四六時中ソフィアの事を考えてるのに」
本当にそうなのか疑わしい。職務だってあるんでしょ、と十歳ぐらいの時に言ったら、『それは別腹なの』と返ってきた。男にも別腹があるんだなあ、と素直に感心していた自分を恨めしく感じてしまう。
「仕事の事は?」
「それは別腹」
変わってないし。少しは変われよ。それで務まる王子の職務ってどんなだよ。
そう言いたいけれど、十歳の時とは違って、王子の職務の大変さが私は分かっている。
おじさん達は、そう思いたくはないけれど凡才だ。天才のエリックが権力を掌握し、国を切り回している。外交、テロ対策、その他諸々。
その中で、私の事なんて、忘れてしまって当然なのだ。責められるべき事じゃない。
でも、私の事を少しでも考えていてくれたら、………。
ぅ、嬉しいなんて考えてないし。いや、嬉しくないと言えばそうでも……ない……気もする。
「ぁ、ソフィア、顔赤い」
にんまりとエリックが笑う。
「だ、誰がよ! 嬉しいなんて、思ってないんだから!」
「思ってるんでしょう?」
何なのよ、その自信に満ちた笑みは。
ああ、そうよ。嬉しかったわよ。何でかは知らないけどね。
どうにも答えられなくなって顔を逸らすと、エリックが顔を見ようと回り込んでくる。
更に顔を逸らすと、今度はエリックは回り込んでこなかった。

代わりに、抱きしめられた。

「ソフィア。大好き。愛してる」

耳元でそう囁かれると、体がぼっと熱くなった。前にエリックが泊まりに来た時よりも、遙かに鼓動が速くなる。何なんだ。何なんだ、これは。
爆発しそうだ。熱い。どうして。いつも言われてるような事なのに。
夢中でエリックの腕を振り払う。力はなかったと思うけど、意外とあっさり離してくれた。
でも、まだ熱い。このままでは茹だりそうで、何か冷たいものが欲しくなる。
涼しい所を求めて、ベランダに出る。
眼下に首都が一望される。涼しい夜風が頬を撫でた。
すっと、熱さがましになった。
「ソフィア? どうしたの? 暑かった?」
エリックが心配そうな顔をして隣に立った。
「……うん」
頷くと、
「ここは涼しいから。俺のお気に入りの場所」
「そうなんだ」
そんな部屋を私に割り当てるあたり、エリックらしい。
「それにね、街を見れるでしょ。ソフィアの家が見えるんだ」
少しだけ、頬が熱くなった。さっきとは違って、心地良い痺れが走る。
本当に何なんだろう、この気持ちは。
「あ」
エリックが高価そうな腕時計を見て、声を上げた。
「何よ」
「始まるよ」
へ? と、エリックの方を向いた途端、聞き慣れた音がした。そう、何かの笛を吹き鳴らしたような音。
そして響く大きな音。夜空に広がる明るさと光。色とりどりの火花。
「花火……」
だった。
それは最初は控えめに、けれど段々勢いを増して上がってゆく。
綺麗だった。夜空に花火が映える。余韻を残して消えてゆく。単純に花形の物から、柳のように垂れ下がるものまで、様々な種類の花火が上がってゆく。
「うわぁ……」
思わず見とれてしまい、ふっと我に返ると、エリックも横で花火を見上げていた。
くすんだ金髪に、綺麗な澄んだ瞳。横顔が美しく、花火にてらされて浮き上がるその顔は、これまた夜空に映えて美しい。
遠いなあ、と思う。
本当に遠い。身分とかそう言うのじゃなくて。
その頭の中に、私よりも遙かに多い知識を詰めて。その目に、私より多い景色を詰めて。その耳に、私が聞いた事もない音を聞く。
私なんかよりよっぽど凄い。追いつこうとしても、追いつけない。隣にいるのに、隣で笑ってるのに。
ずっと昔から、そう思っていた。本当に小さな頃は分からなかったけれど。じわじわと、段々と、その実感が大きくなるにつれ、分かってきた。
私には、似合わないのだ。私なんか、相応しくない。
でも、好きだ。恋とかはまだ分からないけど、好きなんだ。
前にエリックが泊まりに来た時と同じ事を考えているなあ、私。あの時は風呂にエリックが入ってきて、思わず湯を浴びせてしまったような。
そんな私の思考を遮るように夜空に炎の花が咲く音が響く。
気を取り直して、私はそれを見上げた。



暑い。暗い。そんな状況に、私はいる。
畜生、ルクスめ。ちょっと油断したらすぐこんな事をしおって。
ただ暑くて暗いぐらいなら、まあいい。でも、ここが何処なのかが問題なのだ。
力を入れるが、私を縛った縄はほんの少し音をあげるのみ。
何故、私が殿下の事で迷っておったとはいえ、こんな所に放り込まれねばならんのだ。
容易に声を上げる事もかなわんし、決して静かではないし。
……いや、意図は分かる。意図は分かるが。
何処に隊長を縛ってこんな妙な場所に放り込む副隊長がいるのだ!
(ここにいるに決まってるじゃあないか)
そう問いかけたら即返って来るであろう声を想像し、私は人知れずため息をついた。
ああ、どうしてあいつと知り合ってしまったのだろう?
……でも、知り合ったことを、後悔はしていない。決して。



花火が上がれば、ソフィアはそちらの方に見入ってしまった。
その光にてらされる横顔も、全てが好きだ。八方手を尽くして、この花火だけでも上げさせて良かったと思う。
名目は『昨日の事件でテロを危惧し、気が気でない筈の市民を労う』だが、俺が労いたいのはソフィアだけ。
よく頑張ってくれた、と思う。昔もこんな事が一度だけあったけど、あの時ソフィアはとても小さくて、何も分かってなかっただろう。
ソフィアがいない時にも、命を狙われた。真面目に仕事をしないとソフィアに嫌われるから、きっちりと、不正もせずに職務を果たしていただけなのに。この世には暇な奴らもいるもんだ。国政が良くなったって言うのに、テロは尽きないし。
でも、まさかあんな夏祭りのまっただ中で襲われるとは思わなかった。
人々が沢山居る中でのテロに等しい暗殺未遂。リスクが高すぎる。そう思ったからレコン達の休暇を許したのに。しかも、よく考えると、何故か奴らは俺を殺す事を躊躇いはしなかった。狙いはソフィアの筈なのに。
何か、ある。確実に何かがある。
でも、そんな事は今はどうでも良い。ソフィアが俺の隣にいてくれる。それだけでいい。そして、俺はソフィアを離したくない。放しはしない。
ソフィアはどうなのだろうか。俺の傍に、これからも居てくれるだろうか。
花火から視線をはずし、花火を見上げている振りをしている俺を、物憂げな顔で見ていたソフィアが再び花火に視線を戻す。
何を考えていたのだろうか。
頭の中を、土壇場になって裏切った者達と、そうでなかった者達がよぎる。
そう考えて、自分を、最低だと戒める。ソフィアは、俺を裏切ったりしない。俺が彼女を裏切らない限り。
そういう子だ。だから、好きになった。幼なじみとしてでも何でも良い。俺の傍にいて欲しい。王子だとか、そんな事関係無しに付き合ってくれる。
花火がまた上がった。
花火は、一瞬で燃え尽きる。
でも、俺の心の中の炎は燃え尽きない。呆れる程に燃えさかって、黒い渦を作り出す。
それと同時に、胸を締め付け、体を火照らせる暖かい風も作り出す。
傍にいるだけで良いと思う心。でも、その後ろで、それだけでは嫌だと黒い渦が叫ぶ。
とにかく、今は、傍にいて、この女の子を見つめていたい。
そう願うのは間違いなのだろうか。
花火が上がる。それは俺の目に映って、残像を残して消えた。



花火が終わった。私とエリックは暫く何も言えずに虚空の夜空を見上げた後、私達はほぼ同時に部屋の中に入った。
「綺麗だったわね、エリック」
「うん」
そう言って頷くエリックは、心此処に在らず、とでも言うかのようにどこか遠くを見つめている。
考え事でもしているのだろうか。
「ねぇ、ソフィア」
「何?」
「このまま、傍にいて、いい?」
その言葉に、私の胸が大きく脈打ったのが分かった。
それは、私が言いたかった事だ。昔から、いつの間にか抱いていた問いだ。
迷う前に、言葉が口をついて出た。
「良いに決まってるじゃない」
エリックが望むのなら。
喩えそれが悪い事だとしても、私はエリックと一緒にいたい。
でもそう言うのは恥ずかしいから、
「私達が離れちゃったらあの刺客共の思うつぼだし、大体あんた私とどんだけの付き合いだと思ってんのよ。
 今更、もし離れたりしたら嫌じゃない。あんた馬鹿?」
なんて、急いで付け足す。
「そっか、いいんだ」
光が差し込んだかのように、考え込んでいたエリックの顔が急に明るくなった。
何がそんなに嬉しいんだろう。分からない。私なんかの事で、どうしてそんな顔をするのか。
でも、それが嬉しくて、くすぐったいと思った。
「さ、じゃあもうそろそろ母さん達も急ぎで帰ってくる頃だろうし」
ちょっくら城門まで、とエリックが言いかけた時だった。
がたん。
ベッドが揺れた。元は天蓋付きだったけど、使用人さん達に頼み込んでそれははずして貰って尚、実にビッグで豪華なベッドが。
「へ?」
そのままベッドがもう一揺れし、それからいきなり、
「どぅぉりゃぁぁぁぁーー!」
というかけ声と共にひっくり返る。
唖然としている私達の前に、一人の男性が立ち上がった。その途端、ロープの残骸のようなものが床にはらはらと落ちる。
そして、エリックが叫んだ人名は、
「レコン!?」
だった。



第十話 おわり
第十一話: 渦 に続く

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