騒ぎ

〜陰謀と彼女〜

エリックの背筋が一瞬にしてピンと伸びた。その瞳には知略の光が宿り、顔が引き締まる。
『殿下』の降臨だった。青い瞳は冴え冴えと澄み渡ってゆき、対照的に茶の瞳が濁る。
私はそれをなんとも言えない気分で見ていた。厄介なことになってしまった。私だってディルカ伯の名ぐらいは知っている。エリックとどんな関係にあるのかは知らないけれど、どうも何かしようとしているみたいだ。
しかしこの人、確かグィアン=フォトンさんだったっけ。昔、まだ王城に気軽に行けた時に会った事がある。私は迷っちゃいない。あの人の方が迷子になってた。だから覚えてる。しかし、名前は確かディート=レンドルフじゃなかったか? ま、それは言わない事にして。
何を考えてるんだろう。胡散臭いけど、貴族みたいに露骨でも無し。エリックを利用しようとしてる奴特有の嫌な感じもしないし。
にこにこしてて、考えが読めない。大体、信用出来るのか。
「ルイス。本当か?」
聞いた事のない名前をエリックが低い声で口にする。
「いいえ、今の時点では判断しかねます。しかし、そのような情報は入ってきていません」
流麗な声が後ろから返ってきた。て言うか、この声ってあの歌声の! それが何だか前の巫山戯た感じじゃない、真面目なトーンで言ってるし。
「秘密裏に事を運ぶのは、父の得意な事。さて、どうする? 信用する? 決めろよ」
「・・・ダフィラシアスも、フィラナル=テルブもいない隙に・・・か」
「そう。まあ、フィラナルは親友だけど、俺が元裏部隊隊長の息子で、小さな頃から人殺しの術を叩き込まれたって事は知らない」
・・・。なんかすごい話が展開してるんだけど・・・。
とにかく、こいつの話が信用出来るかって事よね。この祭りに関して、そんな情報はないって言ってたし。大体警備も結構凄いんだから。
・・・ん? あ、そうか。
「ねぇ、ルイスさん・・・だったっけ」
「はい」
「あのさ、夏祭りに関して、テロとかの情報・・・本当に、噂話でも、全然入ってないの?」
「・・・? はい。メディアでは言う事があるようですが、特に」
戸惑いがちだけど、きちっと答えが返ってくる。・・・私って信用されてるなあ。
「ああ、成る程。さすがは俺のソフィア」
「私はグィアンさんを信用する。ついでに言うけどエリック、私はあんたのじゃないわよ」
「へ!?」
て、グィアンさん、あんたが驚いてどうすんだ。
「これぐらいの祭り、テロとかそういう情報が入ってないのはおかしいのよ」
「そうそう。だから全く入っていないって事は、則ち情報が流れるのを防ぎすぎたって事。大体、何もなくても警備を強化してはいけない事はないしね。せいぜい予算がちょっと増えるぐらいかな」
一寸って言いながら、絶対とんでもない額の金を動かすんじゃないの、あんたは。
「それに、前の護衛よりこっちの方が遙かに強い。君や、君の父親が知っているレベルの護衛じゃない」
「成る程。かなり変わったとフィラナルから聞いてたんだけど、前科一犯の護衛隊長は伊達じゃないってか」
グィアンさんが苦笑する。
「それ、絶対に本人の前で言うなよ」
エリックが低く威圧感のある声と共に、グィアンさんを睨みつけた。部下思いだなあ。
「はいよ。まあ、取り敢えずだ。言うなれば親父は俺の師匠なんだ。別に殺す事に躊躇いはないんだけど、その前に腕前が違う。あっちに俺がこの町で暮らしていると知られるのも嫌だしな」
殺す事に躊躇いは無い? 何言ってんのよ、この人。
「そういう発言を俺の可愛いソフィアの前でしないで欲しい」
「注文が多いな」
誰が多くさせてるんだ!
「兎に角、クレイドあたりはダフィラシアスに知らせに行って。ついでにレコンとルクス、つかまえられたら掴まえてきて」
「じゃあ、クレイド、ディアテラ。二人で行ってこい。隊長を見かけたら掴まえろ。副隊長もだ!」
「「はっ!!」」
二人分の声がして、人混みの中から二人の人が走り出ていった。
「え? 今まであんな所に隠れてたの!?」
完璧に通行人だと思ってたのに。
「優秀だね、流石は殿下の護衛」
グィアンさんがにこりと笑った。目は笑っていなかったけれど。



ダフィラシアスはすぐやって来た。ラフィアナさんも勿論いた。でも、敷地の広さ故か、レコン達は見つからなかった。
そして俺たちは警備を若干強化した。祭りであまり兵もいなかったし、警備を急に強化するのはやはり怪しまれるだろうと言う事で、若干の変更だけだ。人も多いし。人々を不安にさせるわけにもいかない。
と言っても、かなり優秀な奴を選んで配備しておいた。休みを取ってた兵士さん達、済みませんでした。
考えてみると、奴らは祭りに俺が来るなんて事、知っているのだろうか。
表面的にはもう猫その他かぶりまくってるから、王子である俺がここに来るとは、思わないんじゃないだろうか。
だからと言って、無差別テロをするには、グィアンから話が漏れてきた事からして、危なすぎるだろう。只でさえ堅固な警備体制を築いているんだから。
だとすれば、何が狙いだ? 兎に角用心するにこした事はないな。
そんな事を思いながら、俺は祭り実行委員の北の屯所にいる。仮設で出来たトタン製の、丈夫な組み立て式の屯所だ。中心の屯所に行くより、こっちの方が近かった。仮設なので、外の祭りの喧噪も良く聞こえる。
勿論、ソフィア達も一緒だ。屯所の仮設の机を挟んで、向かいにソフィアが座っている。その隣にダフィラシアス、ラフィアナさん、部屋の外にグィアン。
ああしかし、出された紙コップ入りのジュースを飲んでいるソフィアも素晴らしく可愛いなあ。
そんな事を思いながらソフィアを見ていると、ジュースを飲みながら俺の方を見て、ふと怪訝そうな表情をする。
どうしたんだろう、と思っていると、たん、と机にコップが置かれた。
「で、どうしてディルカ伯がエリックを狙わなきゃなんないわけ?
 あっちにも保身とかあるし、余程の事がないといけないんじゃないの?」
・・・鋭い。でも、言って良いのだろうか。ソフィアしか考えられなくて、彼の娘との見合いを断ったからだ、なんて、
「ああ、それは見合いをエリックが断ったからだよ」
言ってんじゃねえよ、ダフィラシアス!
「それは言わない約束でしょ!?」
そう言ってみると、
「約束なんてしてねぇし。それに言わないと後々面倒だろ」
後々面倒って・・・そうかも知れないけど!
言うなよ! そんな事したらソフィアがどうなるのか位、分かってるだろう!?
「・・・見合い? 断った?」
ソフィアの顔がますます険しくなっていく。ここはもう腹をくくるしかなさそうだった。
「そう。相手も結構良い子だったみたいだけど、俺にはソフィアっていう愛しい人が居たんだもーん♪」
それに、笑っている時とまではいかなくても、結構可愛いからな。
「だから私はあんたとは何もないでしょー!?」
そう言って怒るソフィアの顔が! マゾじゃないけどな、俺。
ああ、どんなときでもやっぱりソフィアはいいなあ。
「しかもその子、本気だったらどうするのよ!」
「あ、それは心配ないよ。自分の相手は自分で選ぶって、見合いの後ディルカ伯に啖呵きってたもの」
いや、あれは凄かった。その後分かった事だが、彼女にはちゃんとお相手が居たのだ。この国きっての有名大学を卒業し、今は王城の図書館勤めの変わり種が。
……あ?
「ダフィラシアス。王城の図書館勤めって、王都に住んでるよな」
「当たり前だろ。……あ」
俺の問いの意味に気付いたらしく、ダフィラシアスが何かに気付いたような声を上げた。
「どうしたのよ」
ソフィアが戸惑ってダフィラシアスと俺を交互に見る。
「そのディルカ伯の娘さんのお相手だよ。ウィルーデル国立大卒だってのに、王城の図書館に勤めて書類整理と蔵書研究に没頭してるルーフェル=スィルガって奴」
ダフィラシアスがソフィアの問いに答える。
ソフィアの事だ、さっさと分かってしまっただろう。
「じゃあ、その人が狙われてるっての!?」
そう。その通りだ。どうして気が付かなかったのだろう。
この町に住む者ならば、この祭りに来る事だってあるはずだ。
多分それが狙いであいつらは此処に来ている。
急いで捜すように指示を飛ばそうとした、その時だった。
激しい音がして、屯所のドアが開いた。
「その通り!」
聞き覚えのある高い声。高めの鼻に大きな輝く茶の瞳、控えめだが、通った目鼻立ち。そして深緑色の髪と、動きやすそうな旅装。それが走ってきたのか乱れていて、声にも疲労が感じられた。
世間一般では美人といえるが、貴族の中では中の中である少女がそこにいた。全体的に溌剌とした印象を受ける。
フィン=ディルカ。ディルカ伯の長女だった。
「テルブ家のお二人、そして殿下、お久しぶりです。
 そして、そこの貴方、初めまして。私はフィン=ディルカ。今あなた方にとんでもないご迷惑をお掛けしているティン=ディルカの娘です。差し障りがなければ、そちらも名前を」
すらすらと捲し立てたフィンに、ソフィアが気圧されながらも応えた。
「ソ、ソフィアルティア=ガランディッシュ、エリックの幼なじみです。初めまして」
「幼なじみにして恋人ねー」
俺のいつもの補足。
「何言ってんのよあんたは!」
・・・瞬殺でした。即答しなくっても良いだろ・・・。
ごほん! と咳払いをしてフィンが続ける。
「今しがたあなた方が話されていたように、私の恋人、ルーフェルが危険にさらされております。父が不審な動きをしていたので、執事を殴ってみたら、見事に話してくれました」
相変わらず活発な・・・。
「そして、領地から急ぎでこの町に来たのです。と言っても、彼からはこの日でなく、二日目に行こうとの招待状が来ていましたから、楽観的に見ていましたの。
 ですが、あの馬鹿の性格をもっとよく考えるべきでした!
 部屋にいなかったのです。鍵がかかっていました。
 つまり、あろう事か、下調べに初日、つまり今日に来てしまっているのです!」
入れ替わりになったってわけか。
「でも、それなら別の所に行っているっていう可能性もあるんじゃないの」
俺の言葉に、
「彼から貰った髪留めで鍵を開けた所、机の上に祭りに関する資料がありました」
と即、説明。
……俺って今日、そういう技術を持った人に縁があるなあ。
「と言うわけで、ご協力をお願いしますわ!
 あんな男ですが、私にはたった一人の愛しい人ですから」
そう真っ直ぐに言い切られて、誰も逆らいはしなかった。
ああ、厄介な事になってきたなあ。
どうも我が護衛達は気が利くようで、さっき二人位が走り出た。それが分かる俺もそれなりの凄腕だそうだ。日頃から鍛えているしな。
でも、それしか護衛なしの時に頭以外で自分の身を守る方法が無かった。考えつかなかった。
なぜなら、俺は…。
フィンが席に着こうとした時、屯所の外が騒がしくなった。
驚きの声、悲鳴、ざわめき。
「殿下! 男が一人、怪我をして扉の所に……」
その兵士の言葉を最後まで聞く暇もなく、俺たちは椅子を蹴っていた。



「ルーフェル!」
フィンが顔を青ざめて、応急処置を施されている恋人に駆け寄る。幸い怪我は腕だけのようで、出血もある程度ある事はあるが、大したことはなかった。
それでも、彼の隣に転がっている腕に刺さっていたであろうナイフに着いた鮮血と、巻かれた包帯が痛々しかった。
着ているシャツにも血がべっとり付いている。
ルーフェル=スィルガはそれでも痛がる様子は見せず、穏やかにフィンに微笑んで見せた。但し、かなりの汗が流れている。
「大丈夫だよ、フィンー」
「大丈夫じゃないでしょ」
目に涙を溜め、それでも気丈に笑ってみせるフィンには感心する。いや、お盛んなこって。
俺はそれを見守りながら、これからどうするかを考えていた。
おかしい。何故この人が無事なんだ。
フィンには悪いが、普通ならすでに殺されているはず。油断がならない。これは話を聞く必要がありそうだ。
「……あれ?」
ルーフェルが微かに起き上がり、心配そうに俺から数歩離れた所で二人をみつめている、ソフィアの方を見た。
「誰?」
「ソフィアルティア=ガランデイッシュさんよ。
 殿下の幼なじみで、恋人らしいの」
恋人、と聞いた途端、ルーフェルが目を見開いた。ざっと顔から血の気が引く。
ルーフェルが跳ね起き、必死の形相で叫んだ。
「駄目だ、殿下から離れては!」
え、とソフィアが声を上げた途端、一直線にソフィアに向けて人影が飛び出してきた。ナイフが閃く。
しまった。もっと、早く気付くべきだった。いや、気付いていたけれど、実は目を逸らしていたのかも知れない。
俺は鍛え上げた体で、刺客の攻撃を避けたソフィアに向かって全力で駆けだしながらそう思う。
狙われていたのは、俺の心を掴んで離さない、愛しいソフィアの方だったのだ。




第七話 おわり
第八話:戦い に続く

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