自覚した後

〜まだまだ素直になれません〜


恋に気付いたからといって、告白まではあまりいかない。
何故なら、どうしても素直になれない心はあるからだ。



「お前はまた面倒な事を」
殿下の執務室の傍、私達の控え室で、レコンがはあ、とため息をついた。
そして、木製テーブルの椅子に座っている私と向かい合わせに座る。
殿下の執務室よりはだいぶ劣りはするけれど、ここは少し豪華で快適な作りになっている。ソフィアさんの部屋の隣、私の控え室の殺風景さとは違う。
しかも、男臭い匂いがするし。散々これまでかぎなれてるからいいけどね。伊達にあの男だらけの精鋭部隊と活動してはいないんだから。
殿下とソフィアさんは執務室に籠もったまま。殿下ってあれでも純だから、大方ちょっとベタついてるぐらいだろうけどね。
「君が事を厄介な方に転がすからさ。
 君の焦り様、面白かったよー」
けたけた笑いながら言ってみると、呆れたようなため息。目は怒ってるけど。
……でも、兎に角今回のレコンは気に入らない。
私は女だからね。ソフィアさんの味方。顔に傷でも付いていたらどうするつもりだったのさ!
全く、腑が煮えくり返る思いだよ。
「ほほう。自分でここまでソフィア殿を連れてきておきながら?」
嫌みったらしい口調と顔でレコンが言い返す。
「そうだとしても、君は止めるべきだったんだ。
 わざわざ殿下と話させて、しかもそれをエイダ嬢にもらすよう仕組むなんて。
 いつも真面目なレコン隊長は一体どこに行ってしまったのだろうね?」
怒りはなるべく抑えてイヤミたっぷりに言ってみる。
「私は殿下に忠誠を誓った部下だ。それに、なるべくこういう事は早めに体験させておいた方がいい」
レコンが少し俯いて、けれどはっきりと言う。
そうかも知れない。けれど、割り切れやしないさ。
そう思ってる事を読み取ったのか、
「……ルクス。あれだけで諦めるのであれば、ソフィア殿はそこまでだったという事だ」
今度は顔を上げて、じっと私の目を見つめながら言う。そうかも知れない。でも。
「辛いんだよ、あんなのは」
辛いんだ。とても。
人を傷つける事になんの躊躇いも持たず、いや、そればかりか傷つけた事すら自覚しない。
身をもって知っているとまで言って良いのかどうか。でも、私はその所為で男装を始めた。
男みたい。本当に女か。どうして男が女の格好を。変なの。変。男の格好をどうしてしないんだ。ドレスが似合わない。
そんな言葉を、私は初めてのパーティーで浴びせられた。
同い年程の女の子や、うちの分家の人。そんなのが、私にそんな言葉をかけやがった。
子供の方はまだはっきり面と向かって言われたからいいかも知れないけれどね、大人は子供には分からないと高を括り、私に笑顔を向けた後、他の人相手に平気でそんな事を言う。
そこには無神経と欲望、間違った気遣いなんていう、矮小な感情が大きな顔をしていたんだ。
辛かった。悔しかった。女の子でないなら、私はなんなのかって。
だから私は男の格好をした。そうしたら風当たりはきつくなったけど、それでもそうせずにはいられなかった。その内どうしてか私は男という事になって、そのまま現在まで男として生きてきた。
そりゃあ時々、女の格好だってしたけれど。
辛かったんだ。女なのに誰も気付いてくれなくて、でも男装を止めようとも思えなくて。
それ位、私はあの言葉達に人生を変えられてしまった。
……男装をしてると周囲の反応が面白いというのも結構あったけども、ていうかそれが主な理由になってしまったけどさ。
「……だが、……。
 ああもう! すまん、この通りだ!
 本当はソフィア殿に謝るべきなんだろうがな」
レコンがいきなりぐしゃぐしゃと頭をかいた後、必死に頭を下げた。
私、どんな顔をしていたんだろうね?
レコン。私が男装していても、一目で女と見分けてくれた人。
私が女の格好をしても、綺麗だと、似合っていると言ってくれる。
胸が少し疼く。
それを振り払うように、私はつとめて意地の悪い顔を作ってレコンをからかってみた。
「ふっ。私の勝ちだね! では、レコンには罰ゲームだ!」
「な、何をいっとるか貴様ぁぁ!?
 騙したな!」
「事実を言ったまでさ!」
ぐっと親指を立てると、レコンは怒りの形相を浮かべ、でも何も言わずに背中を向けて押し黙る。
「おや、敵前とうぼーう♪」
「違う!」
レコンは怒鳴って、それからまた頭を掻きむしる。
「禿げるよ、レコン」
「……。
 …俺には、お前は女にしか見えない」
掻きむしる手を下ろし、何を思ったかレコンがいきなり静かに告げた。
……は。
何故か心臓にドクンと来た。
レコンがばつの悪そうな顔でチラリとこちらを見る。
「罰ゲームはごめんだ。でも、お前に嫌な思いをさせたなら……」
そしてすまなさそうに微笑む。
「すまな」
そこまでレコンが言った所で、
「止めたまえ」
私はその謝罪を止める。
ああ。
どうしてこの男は。
こんな顔をされると、私が折れるしかなくなるじゃないか。
「……私はいいのさ。君だっていてくれるから。
 さて、じゃあちょっくら屋根裏であの二人でも見ておこうじゃないか」
そう言って今まで座っていた椅子に上り、天井の板をずらす。
レコンには背を向けたまま。
なんだか今は顔を見られたくなかった。
首筋が妙に熱かった。



父さん、母さん、ガランディッシュのおじさん・おばさん。
どうしよう。
そう頭の中で呼びかけてみても、当然答えは返ってこない。
依然ソフィアは俺の腕の中で泣いてるんだか泣き止んでるんだか分からない有様で、その体を俺に預けている。
本人はただ安心したいだけかも。
でも、俺には天国と地獄。だってソフィアが胸の中。
いい匂いがします。栗色の髪がくすぐったいです。
人生の中で、こんな状況を体験したのは初めてです。
そりゃあ今までソフィアを抱きしめた事はある。でもそれはお互い幼い頃か、巫山戯ている振りをして抱きついたまで。
なのに今回は真剣に抱きしめてるし、しかもソフィアは俺の背中に腕まで回してる。
本当にどうしよう。政治的交渉がいくら得意な俺でも、私生活では行動に窮する。
しょせん人間なんてこんなもんだよな、とか悟った振りをしてみても、これからどうすればいいのやら。
ソフィアが何考えてるのか分からないし。
俺のソフィアの事、エイダ如きで怯んだとは思えない。平手打ちを喰らわせたという話だし。
うん、惚れ直した……ってそうじゃねえだろ俺。
とにかく固まったままじゃあなあ。
そう思って首を下に向けると、ソフィアの頭が見えた。ああ、いい香り。ああ、可愛い。愛しい。気持ちいい。
……しばらく、このまんまでいいか。
そう思って顔を上げると、下から何やら規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
でもって、体にかかる重量が増えてきている。どっちにしろ軽いものだけど。
……寝た。さっきも寝てたのに、ソフィア寝ちゃったよ。
緊張状態にあって、それがルクスによって落ち着けられてたとはいえ、安心したんだろうな。
そっとお姫様抱っこをし、古い装飾の刻まれた天井の一部へと耳を澄ます。
かたん……という小さな音がした。いる、という合図。
「ルクス。運んでいってくれるか?」
音もなく正面にルクスが着地した。ベルベットの青い絨毯を踏みしめ、俺の手から慎重にソフィアを受け取る。
「一緒に寝なくていいのかい?」
ルクスが挨拶代わりにそう小声で告げる。飄々とした表情。けれど神経をソフィアに集中させているのは分かる。
「お前な」
頭を押さえてため息と共にそう言ってみると、
「殿下も男だねえ」
という言葉と満足そうな笑みを浮かべて、扉からしなやかで繊細な動きで出ていった。
……お前も男だろ。そう心の中で呟いて机に座る。
なんか一気に疲れた気分。もうすぐで書類が片づく。そうしたら寝よう。
そう思って処理を始めると、レコンもいつの間にか自分の卓袱台に座って書類をまとめていた。
「レコン。男って辛いよな」
そんな言葉を投げかけてみると、
「はい。まあそんな事も、案外女には筒抜けだったりしますけどね。女って男より数段賢いですから」
なんて答えが返ってきた。
つ、筒抜け?
「ああ殿下。ソフィア殿には筒抜けではありませんよ。天才的に鈍いですから」
「あ、俺のソフィアになんて事言うんだ!」
「……一概にしてまわりは本人達より色々分かってたりするもんですよ」
なんか深淵な事言ってるし。こいつの方が何かと人生経験多いからなあ。でも、あんまり話つながってないんだけど。
「まあ、ですから取り敢えず、
 ………………………。
 どうすればいいんでしょうね、殿下の場合」
おい、この野郎。
「ま、とにかくあんまり気にしないように。でもちゃんと自制はして下さい。
 例の風呂の時のような事態はお避け下さいね。今度はお叱りするだけではすみません」
殴るぞ、このガキとレコンの目が言っている。
ルクスとかに目を取られて忘れてたけど、こいつも失礼っちゃあ失礼だよな。特にあの夏祭りのあたりから。
「分かってるよ。ソフィアを傷つけたくないしな」
そう、傷つけたくない。大切だから。
「そうですか」
呆れたようにため息をつくレコンを見て、俺はふっと思った事を口にした。
「なあ。そういうお前はさ、俺やソフィアぐらいの歳の時、どうだったんだ」
「奨学生です。夜は働きづめ。
 んでもって、前科の過剰防衛事件を起こしまして、危うく被る必要のない罪を被る所でしたので、今は刑事をやっている友人とその事件に携わった人々を巻き込んで法廷での争いを半年程やったのが、ある意味一番の想い出です」
「……それはもの凄い青春だな」
書類で知ってはいたものの、いざ言われると迫力があるのは何でだろう。紙の上の言葉と、実際に話される言葉は重みが違うように思える。
「その後はまあ、普通に女の子を捕まえて普通の青春を過ごしましたね。
 ああ、でも良く振られました。元々好きでも何でもなかったので、別に堪えはしませんでしたが」
おーい。さり気なく酷いなお前。
つまりその後人形職人である父親が成功して、貧乏生活から脱出。
上京してきて、万屋につとめた後、騎士団に入隊、そして俺と出会った。
人より凄い経験しすぎだよ、と呟くと、
「そうですか? でもとにかく、私の学生時代はそんなものでした。
 自分を尊敬しろと言うばかりに説教を垂れてくる教師は矮小などうしようもない傲慢な者でしたし、皆の人望を集めている生徒会長は、私と言い争いをしたならすぐに醜い本性をさらけ出しました。
 私に『戦う者』というあだ名を付けた友人がいましたが、彼らと共に、私はまさに戦っていたのでしょう。
 恋だとかにうつつを抜かす暇もなく、私は多分年齢に相応しくない様々な事を知っていたからでしょうね。
 だからこそ、殿下のような方に出会えた事を幸せに思うのです」
何か、凄い良いまとめ方をされたような。てかどうしてそっちへ話が吹っ飛ぶ?
まあ嬉しいけどさ。……でも。
「俺は、そんなに凄い奴じゃあないよ」
「いいんですよ。殿下はそれで。自分を必要以上に凄い奴だと言う者の方が危ない」
………。あの、なんかとっても照れくさいんだけど。
照れている間に、レコンは俯いて仕事に戻る。
……なんでこんな話になったんだか。最初は男の悩みだったはずなのに。そもそもこの男の人生と俺の人生を比べようなんて、馬鹿もいい所だ。身分も境遇も随分と違うのだから。
でも、なんだろう。この男はどこか俺に似ている。『渦』を持っているかも知れないからだろうか。
どちらにしろ、レコンの言葉はとても嬉しい。
「ありがとう」
そう言うと、びっくりしたように顔を上げ、そして眩しそうに顔を歪める。
「これからも、よろしくな」
さらに不意をつかれたような顔。
どうしたんだろうか。レコンらしくない。感動ぐらいしてくれよ。
「……申し訳ございません」
「は?」
「私です。ソフィア殿をこの部屋に通し、その情報を軽い程度ですが、貴族達に流したのは」
………。
「……ああ、やっぱりか」
「ええ!?」
そんな露骨に驚かなくても良いと思う。
だってさあ、ソフィアが俺の部屋で過ごすのと、俺が城下町までソフィアに会いに行くのとでは質が違う事ぐらい、分かってるから。
それをレコンが知らないはずもないって事も。
早い話が、ソフィアを試したんだろ? 残念でした、ソフィアはもの凄くいい女なんですよー。
大体実行犯はエイダだし。
とは思っても、胸がむかつくな。
それでも怒らない理由は一つ。
「でも、お前はソフィアを試しただけなんだから、もうそんな事はしないだろ?」
「当たり前です! これからは注意を払いますとも」
真っ直ぐな瞳で、そんな事を言ってくれる。
信頼出来る部下だな、やっぱり。
レコンは感極まった様子で、
「本当に申し訳ございません、何せあなた方があんっまりにも鈍いものですからつい魔が差しまして……!」
などとのたまった。
………は!?
理由が違うだろ、理由が! しかもそれじゃあ、俺とソフィアが両想いみたいじゃないか。
そんな筈はない。俺みたいなのをソフィアが好きになるなんて。
しかも聞き捨てならない事を言ったぞこの男。
「鈍いってなんだよ!」
「………じ、実はソフィア殿を試すなどと馬鹿な事を考えておりまして……」
話と目を逸らすな、コラ。
「今、なんて言おうとしたんだ?」
「さ、さあ何のことだか……」
なんか視線が虚空を彷徨ってますよー、レコン隊長?
絶対に、吐かせてやる!

などと意気込んで問い詰めたものの、レコンはなかなかに話をかわすのが上手く、とうとう当番の交代を理由に逃げられた。
くやしかった。



戦う者。そのフレーズを口に出したのは久しぶりである。
その名を俺に付けた友人、サリフ=ディルジオは今は、キャリアであるにも関わらず、ハードボイルドな外見と一匹狼な捜査・推理を得意としているなどという、一風変わった刑事だ。
本人に言わせれば、『そんな一風変わった俺を、余裕でおちょくれるお前の方が変わってるよ』だそうだが、それは別問題だ。サリフが面白い反応をするのが悪い。
そういえばサリフは自分の事を『語る者』と言っていた。全然語っていやしないが。
語ろうが語るまいが、俺はお前と一緒に『共闘する者』じゃないんだよ、などと意味不明の事も言っていたな。
なんというか、たとえ話や言葉を使うのが上手い奴だ。といったら聞こえはいいが、はっきり言って、そういう事を言い出すと哲学的もどきにワケが分からない奴だった。
それはさておき、殿下に私のした事を言ってしまったのは、我ながら驚いた。
ぽん、と、本当に突然、私は隠しておくつもりの事を言ってしまったのだ。
あっさりとしたものだった。罪悪感もあったのかもしれない。
……けれどおそらく、原因は、私の中で大きくなった忠誠。
『渦』の観察、などという事より、それは元々大きかったのだ。自分で思っている以上に。
殿下に嘘をつきたくない。背きたくない。
あのくすんだ金髪が、無邪気に揺れている。その前に出ると、どうしようもなくなるのだ。
執務室を退出した後、そんな事を考えながら、図書室の個室で本を読みふけっていると、いつもの如くルーフェルがずかずかと上がり込んでくる気配がした。
「あの高慢ちきなエイダのお嬢がソフィア嬢に何やらやったそうだって?」
「お前は本当に口が悪いな」
「そうかな。まあ色々気にかかるんでね。ローズマリーは従妹だし」
・・・は?
「なにィ!?」
従妹!?
「従妹、って言った。あのくそエイダの当主の弟さぁ、俺の親父なんだよね。あ、勿論妾腹だよ俺」
軽く言えない事を軽くルーフェルが言う。
驚きの事実。妾腹などと、無駄にドラマチックだが、かなり重い事ではないのか?
「軽く言うな、それを」
「更に軽く言えない事があるから、これぐらいなんでもないよ」
「その上があるのか」
「うん。で、殿下とソフィア嬢はどうなった?」
『さらに重い事』を話す気はないらしく、にこっと笑ってルーフェルは話題を元に戻す。
「思っていたよりソフィア殿が勇敢でな。しかもエイダ嬢を殴った弾みで殿下が好きだと気付いたらしい」
「あ、じゃあ俺の勝ち?」
「告白はまだだ」
「ふーん」
つまらなそうにルーフェルがそっぽを向いた。
「まあ、女の子ってそうだよね。フィンもなかなか素直にならなくってさあ」
「……自分で計画的につかまえたくせして、なにを言っとるんだお前は」
「えー、そんな不純そうな言い方しないでよ。俺は純粋にフィンの事を想ってるんだから」
知っているとも。フィン嬢の話をしている時だけ、ルーフェルは見た事のない顔をするからな。
「だってさあ、フィンって綺麗だし、拗ねた顔だって……」
「ノロケは止めておけ」
ちっ、と舌打ちをしてルーフェルは本を奪ってデスクに置き、俺の顔を覗き込む。
「君こそ、………」
なにか言い出そうとしたが、そのまま苦々しい顔で首を振るルーフェル。
「……まあいいよ。それより、この騒動は君が一枚かんでいるね」
苦々しい顔を一瞬で人をくった顔に変え、ルーフェルが言う。
「殿下の部屋にソフィア嬢が行った。その情報を探ろうと思えば探れる位にばらしておいたの、君だね」
「……ああ」
「理由、当ててみようか。ルクス嬢が殿下とソフィア嬢の恋の進展を望んでいたから。
 違う?」
……違わなかった。あんな事があれば、ソフィア殿の格が分かると同時に、殿下との恋も進展する。
後者の方を、ルクスは望んでいたから。恋が叶う方を、望んでいたから。
だから、それを叶えてやろうと思って、俺は。
俺がどんな顔をしているのか、ルーフェルは呆れている顔でため息をついた。
「もっと違う方法があっただろうに。どうして君はそうなんだ」
「……さあ」
殿下とソフィア殿の気持ちが近付くなら、ルクスの望みが叶うなら、その場の環境を利用して何でもしようと思った。
その為にあのような事でも躊躇いなくできる。手筈を整え、少し警備に穴を開け。
それも殿下に気付かれないぐらいに、ほんの少し。
黒い渦に従っていればいいだけだ。
最も、殿下には気付かれてしまったがな。
本当は、罪悪感など馬鹿らしいと何処かで思っている。本当に悪いという自覚が無い。やらなければよかったと、現実感のない建前のみが叫んでいる。
狂っているのだろうな、俺は。だが、どうして狂っているのか分からない。
俺にとってルクスは親友であり相棒。そして衝動。黒い渦のもと。
それは初対面の時からそうだった。
あの銀の髪、美しい全てに俺はどうしようもない衝動を感じた。女だと直感が断言した。
俺が何も言わずにルーフェルの顔をぼうっと見ていると、ルーフェルはまたため息をついた。
俺の瞳と同じ琥珀の髪が光に煌めく。
それからルーフェルはまたあの人をくった笑顔を作ると、
「まあ、がんばりなよ」
と意味不明の言葉を放ち、さっさと個室を出て行った。
何を頑張れば良いんだか。俺はため息をつくと、デスクに置かれた本を取り上げて再び読み始めた。



エリックの腕の中は、とても心地良かった。
……でも、それで寝る事なかったと思う。
気付けば朝だったし。エリックは仕事中。私はソファーの上。
それはもう慣れているからいい。
でも、もうちょっとエリックの腕の中を堪能してても良かったんじゃないか、とか考えたりして。
駄目だ、完全に恋する乙女だ、私。
そこまで思い至って、殆ど読んでいなかったに等しい本を置き、図書室の机に突っ伏していると、
「あ、恋する乙女さんだ〜」
「あんたってどうしてそんな妙な事ばかり言うの」
フィンさんとルーフェルさんが、昨日と変わらなさそうなやり取りをしている。
ルーフェルさんはさり気なく勘がいい。もしかして、どことなく惚けた雰囲気はその鋭さを隠すカモフラージュじゃないだろうか。
で、そんな事を考えている間にも、脳裏にエリックの様々な想い出が浮かびまくってる。
エリック兄ちゃんと呼んで遊んでた頃の記憶まで。
この気持ちに気付いてよかったのか? 私。
自分の頭の中が恥ずかしいんですけど。
「しかし、貴方も大概挙動不審ね。
 どうしたの、一体」
フィンさんが机の高さまで目線を合わせ、怪訝そうに首を傾げる。
「……どうも私、エリックに恋してるみたいです……」
「あら、やっと気付いたの。で、告白は?」
コクハク。
その言葉を理解した途端、カッと頬に熱が走る。
「どっ、どうしてそっちの方に話が飛ぶんですか!」
思わず立ち上がって叫んでしまった。どういう思考回路をしてるんだよこの人。
「そうだよ、フィンみたいに俺を好きだと気付いたが最後、いきなり『私と付き合いなさい!』とか言える肝っ玉溢れたっていうか度胸が無駄に据わっているというか、そんな神経の人そうそういないよー」
「……あなたそれ、イヤミ?」
聞かなくてもイヤミだと思う。変な恋人さん達だ。
……告白、か。
何故か、ため息が出た。



やっと、仕事が終わった……!
俺は心の中で歓声を上げながら椅子から立ち上がった。
「殿下は早いですね。ソフィア殿に会うとなると」
とか言いながら、そっちも結構な早さで書類仕事を終えたレコンも立ち上がる。
「当たり前だろ、愛しいソフィアの為なんだから」
「……なら気付けばいいじゃないですか」
「は? なんだよそれ」
この前からワケの分からない事をよく言うな、お前。
「ああ、全く持って焦れったい……」
「は?」
「殿下は分からなくていいです。分かった方がいいんですがね」
何を言ってるんだろう、この前から。
「お前、病院行った方がいいんじゃないか? 変な事ばっかり言ってるだろ」
「四百四病の外よりはましですから」
四百四病。人間のかかる一切の病気。その他って、なんだろう?



四百四病の外。
つまり、恋煩いの事。
私は今それのまっただ中にいるらしい。
だって、エリックがめちゃくちゃに輝いて見えるんですから。
まあ、心臓が弾みまくるという事はない。それでも早くなってはいるけれど。
今まで心の奥では好きだと思っていたから、今までとそれだけしか違いがないのは当たり前か。
でも、やっぱり色々新鮮だ。
仕事を終えて一目散に私の部屋に来たエリックの笑顔が、百万Srのそれに見える。
……恋煩い、ってやつ。
そんな事を実感する私とは別に、エリックはいそいそと部屋の中に入ると、音を立ててドアを閉めた。
「ソ・フィ・アー!」
エリックの弾んだ声に、
「何、エリック」
ああ、いつものように答えてしまうこの口の悲しさよ。
「いやだなあソフィア。俺に会いたかったんでしょう?」
「はあ、何言ってんの。そりゃあ幼なじみなんだから会いたいと思うけどさ、毎日っていうのはどうかと思うわ」
会いたかったです。なんか少し苦しいぐらいドキドキしてるけど、とっても会いたかったです。ええ、もうずっと一緒にいたいぐらいに。
「そ、そんなっ……! あの花火の日に、愛を誓い合ったばっかりじゃない!」
「何言ってんのよあんたは! あれはただ、幼なじみとして」
顔が熱い。多分真っ赤なんだろうな、私。
でもあの時は、本当に幼なじみとしてそういったんだから。
……もしかすると、好きだったからかも知れないけど。
「うん。そうだね」
「分かってるのなら言うなあ!」
「でも、嬉しかったんだもーん」
えへへ、と嬉しそうにエリックが笑う。
「でも、その内絶対にソフィアと両想いになるんだから」
「冗談を言わないの!」
もう両想いです。……本当にエリックが、私を好きならね。
「どうしたの、ソフィア。百面相してるよ。大丈夫?」
エリックが百万(以下省略)の顔で心配そうに聞いてくる。
……私の方に、手を伸ばして。
心臓が跳ね上がる。
な、なんか手まで輝いているように見えるし……!
「な、なんでもない!」
「そう? ……分かった。
 でも、調子悪いんだったらすぐに言ってね、俺のソフィア」
「誰があんたのものなのよー!」
半ば反射のようになってしまったこの言葉達。
どうも素直になれない。でも、それで良いのかも知れない。
少なくとも、傍にいる事は出来るのだし。
告白する度胸もまだないし。……そりゃあ、両想いにもなりたいけれど。
顔良し、スタイル良し、頭良しでも、性格はこんな男。だけれど、やっぱり私はこいつが好きだ。
今はその実感だけで精一杯。
そして、幸せだ。
もう少し。もう少しだけ、このままで良い。
「でもいいもんね! エリック兄ちゃんのお嫁さんになるって、ちゃんとサインも取ってあるもんね!」
「はあ!?」
「おや女の敵だね」
ルクスさんがいきなり天井から着地してコメントする。
「大丈夫ですぞ、ソフィア殿。私の友人に弁護士がいますから」
レコンさんも何時の間にやらエリックの後ろから一言。
「……ソフィアぁ、レコンとルクスがいぢめる〜」
「自業自得でしょうが!」
レコンさんがいてルクスさんがいて、エリックが傍にいる。
エリックに怒鳴り返しながら、私はこみ上げてくる色々な思いをかみしめていた。



後日。
レコンさんが、臨時収入が入ったと言って、エリックと私、そして隊員さん達に美味しいお菓子を配っていた。
私とエリックに向かって、有り難うございました、とか言っていたけど、どうかしたんだろうか?



告白しても、しなくても、知らぬは本人達ばかり。
恋も、お互いの心も。
……それに対する、ちょっとした賭けも。



第十四話 おわり

第一部 Love and Like 完



第十四話 おわり
第1.5部・第1話: 花嫁をかっさらえ!に続く

よかったら感想をどうぞ。無記名でも大丈夫です。何も書かず送って下さるだけでも作者は大喜びします。

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