レコンの剣が舞う。シェランの剣が舞う。そしてその度に押されてゆく刺客達。いつの間にか護衛隊の奴らも加わって、相手に攻撃を加えてゆく。
たった二人。たった二人が戻ってきただけなのに、あっという間に形勢が逆転した。
相手を完全に押している二人。その体の動き、リズム。端から見れば酷い戦いだったのかも知れない。でも、舞っているかのように見えた。酷く綺麗な、息のあった舞。
その周りで、二人を強調するように護衛隊が舞っている。
二年付き合ってきて、こんな事は何度かあった。二人を中心にして、ぐんぐん護衛隊の奴らが強く、息があってゆく。その光景を初めて見たとき、どんな心地がしたのかもう覚えてはいない。けれど、このゾクゾクとした背筋を駆け抜ける何かを感じるたび、味方であってよかったと改めて思う。
その舞は、最後の一人が地に平伏すまで続く。相手が死ぬまでとは行かなくとも、動けなくなるまで。
形勢が、完全に逆転するまで。
最後の一人が、遂に倒れた。まだ息はあるようだ。この先、どんな運命をたどるかは知らないが。取り敢えず、首謀者を聞き出す道具に使わせて貰おう。
「大丈夫ですか、殿下、ガランディッシュ殿、それに、皆!」
レコンが振り向いて叫ぶ。相変わらず大きな声だ。でも、不思議な安定感がある。
「はい!」
それに大声で護衛隊が全員叫ぶ。全幅の信頼と尊敬を込めて。本当に慕われているのだ、この男は。
「あと、貴方も」
いきなり声をかけられて驚いた顔をしたものの、グィアンはにっこり笑い、
「はい。有り難うございます」
と言って笑う。
肩から血を垂れ流しながら。
「大丈夫じゃないですよ、あの人!」
ルイスが思わず声を上げた。
「そうだな。でも、まあお前が治せる程度だろう?」
レコンが爽やかに笑う。やっぱり、少し普段の仕事の時とは様子が違った。いつもなら「大丈夫では・・無いだろうが!? 救急車だー!」とか叫ぶはずなのに、妙に冷静だ。
いつものように暑苦しくもない。瞳が真っ直ぐに、濁っていないのは同じだけれど。
まあ、いいか。確かにルイスの特技で治る程度だし。
「分かりましたよ。どうせなら凄いのやりますから、雑音を入れないで下さいね」
そう言って深呼吸し、胸に手を当てるルイス。
それを俺の横で見つめながら、ソフィアは、何だろう、という顔をした。好奇心が押さえきれない顔。
そしてルイスの口が開く。
そこから、この世のものとは思えないような美しい声が心地良いメロディーによって流れ出た。
それが屯所の前の広場に響き渡ってゆく。圧倒的な声量。傷に染み込んでいくような気がした。
鍛え上げられた体と、日々惜しまず続けられた練習によって身に付いた、癒しの歌。俺がこいつを護衛隊に入れる時、武術の腕と共に、重要視した点だ。歌によってある程度の治癒をこなす事が出来る。百年に一人の逸材だという。
私は、そこにいるのです。
いなくってもいるのです。
見ていて下さい。
感じて下さい。
私は、貴方ではあるのでしょうか。
私は、他人です。
僕で俺で、我で私です……。
昔からの有名な歌だ。作者も意味も分からない。いろんな人によって、いろんな解釈がある。
只、そのメロディーは流麗で、しかもルイスの口から流れ出ると、立派な癒しの歌になる。
転がった時の擦り傷、そして皆の傷が瞬く間に治ってゆく。
私は貴方と違います。
私は貴方と同じです。
貴方が西に夕日を見るなら、私は東に朝日を見ます。
神を信じる人がいれば、何も信じぬ人が居る。
この世とあの世が混ざり合う。
それはそんな時でしょう。
海と空が混ざったら、
私は笑って言いましょう。
眠ってしまって良いですよ、
傷は治ってゆきますよ。
心地良い歌が流れてゆく。意味は分からないけれど。不思議と懐かしいような気分になる。
歌いましょうか、黙りましょうか。
醜くっても美しい、そんな貴方は誰でしょう。
どうか、そのままでいて下さい。
醜いだけにならないで。
それなら、どんな貴方になっても、
私は歌い続けましょう……
そうだ。ソフィアが昔、よく歌っていた曲だ。
俺の誕生日に、色々と気を遣いながら、枕元で歌っていた。結局、俺より先に眠ってしまったけれど。
いつの間にか、夏祭りの客が戻ってきて、ルイスの歌に聴き惚れていた。酔ったような顔をしている。
貴方が行うのならば、私は考えるのでしょう。
貴方は私と違っていって、
私は貴方と違っていって。
それでも私達は近い。
この上、なく近い。
歌いましょう。
いつものように、歌いましょう。
そのいつもは遠いけれど。
私が私になる日まで。
貴方が貴方になる日まで。
曲が終わった時、静かな拍手が湧き上がった。
倒れ伏していた敵達も、毒気を抜かれたような顔で、ルイスを見つめていた。
これで、どうも、いろんな事が終わったような気がした。
実にあっけなかったけれど。
やっぱり、レコン達が味方でよかったな。
第九話 おわり
第十話: 花火 に続く
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