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First

〜初めての・・・〜

私には、3歳年上の幼なじみがいる。
昔私は、そいつが大好きだった。
初めて父さんと母さん以外の人の絵を描けばそいつで、初めて父さんと母さん以外に笑いかけたのもそいつだという。
でも、それは昔のことのはずなのだ。
あいつがいつも、初めてだったのは。

   1

この世界、リンブルークには五つの大陸がある。
その内で最も南寄りの大陸が、丸ごとがウォルア王国であるウォルア大陸。
そのウォルア王国の首都、ウィルードには、首都故に大きく、文化の要所でもあるからか、そこにはいくつもの王立の学園がある。
裏はそれぞれ、どうなってるのか知らないけど、表向きには貴族も平民も平等に扱われ、学を競い合う。
その中の一つ、私の通うレーヴィン王立学園は、学業はまあまあ、進学もまあまあの至って普通の学校だった。

春の浮かれた空気もどこかへ行って、夏が来た。そんな今日。
外は夏の風が木立を揺らし、朝から気持ちいい天気だ。
けれど私、ソフィアルティア=ガランディッシュは、放課後の家庭科室でひとり、目の前の物体を見つめ、ため息をついていた。
「ああソフィア、ふわふわしてるー。気持ちいいなぁ」
体が重い。重くて、動けない。
「流石は俺の愛するソ・フィ・アっ」
比喩とかではなく物理的に、この歯の浮くような言葉を囁く『こいつ』の重さで、重い。
私はさっと腕を頭の上に回し、『そいつ』をつかんで思い切りさっきから度々叫んでいる言葉を叩きつけた。
「いい加減に離れなさい、エリック!」
同時に剥がれるよう力を入れるが、いかんせん女の力で男の体重にかなうはずもない。ああ畜生厄介なやつめ。
「やだ! 離れない!」
どぎっぱりと私の頭にしがみついたそいつは、憎々しい程に悪びれない顔をしてのたまう。
私の首に手をまわし、私の顔を覗き込んでくるその碧と茶の瞳には忌々しい事に一点の曇りもない。
くすんだ金の髪に、片方は澄みきった宝石を思わせる碧、もう片方もきらりと輝く茶の瞳の、鼻筋すっきりで、むやみに美形な顔の男。
エリックザラット=ウォルア=ウィルクサード。
頭脳明晰、天才的な頭は我が国の希望の星、その点だけ取ってみれば、女の子にとっては魅力満載の物件である事間違いなしの、このウォルア王国の皇太子殿下であり、第一王子サマである。
通称エリック。そう呼ぶものは親しい間柄の者達だけで、ごく少ない(大国の王子なのだから当たり前のことである)。そんなロイヤルな人間がどうしてここにいて、おそらくは普通の町娘である私に抱きついて、その上口論しているかといえば、私とこいつは不本意にも、エリック、ソフィアと呼び合えるぐらいには『親しい間柄』にあるからだ。
勿論、恋人なんていう典型的な悲恋もしくは身分を超えたラブストーリーのネタになるような関係ではない。ただの幼馴染だ。
昔何をやらかしたのやら、うちの親はミラクルにも現国王とつながりがあり、そのつながりでエリックは赤ん坊の頃からずっと私の幼なじみなのである。ちなみに年をとるにつれお互いを意識し合い、なんて展開は勿論あり得なかった。存在するのは小説の中だけで十分である。
「ソフィアがクッキーくれるって言うまでどかないもん!」
なのにどうしてか、その王子様は今、わざわざ城を出てきてまで、私のクッキーをお望みでいらっしゃる、ときたわけだ。
「あんたねえ。どうしてそこまでしてこんな物を欲しがるのよ」
私は呆れかえりながら机の上を見る。可愛くラッピングされたクッキーは、私の心中を知るはずもなく脳天気な柄の袋に入ってちょこんと鎮座していた。
クッキーの元を作るのも、ラッピングのリボン選びも気合いは入れたが、特別に趣味で焼いたというのでもない。本来学問の園ではあるが、将来社会に出て生活する者として一通り自炊は習得しておくべき、と学校が設定した特別一般授業の家庭科で調理実習としてやらなければならないので、小麦粉やらバターやらをまぜこぜしつつ、成績のために努力した次第である。そんでもって、恥ずかしながら、クッキーを作ったのは初めてで、勿論うまいとは言えない。
作った後はすぐ他の授業だったので、うちのクラスは家庭科室にクッキーをおいといて、焼いて貰った上でラッピングお願いしますね、ということになったのだ。
そしてこれを放課後、クラスの中でも遅めに取りに来て、どこからか侵入していたエリックに掴まってしまった。しかもそのまま抱きつかれて、悲しきかな女の筋力、未だに引きはがせない。
私だって、この立場でそんないい男なら普通ときめいたり恋人同士になったり、そしてこのクッキーすら、当然のようにあげてしまうだろうと思う。
「だってソフィア可愛いんだもん!」
ただそれは、エリックが私に抱きついた上で年甲斐もなく人の作ったクッキーを、こっぱずかしいセリフを吐きながら欲しがったりするような奴でなければの話である。要するにときめきようがないわけだ。
「訳分かんないわよ!」
だが私の何が良かったのか、エリックは毎度毎度いわゆる恋愛アタックという奴を仕掛けてくるので、私は昔からうんざりするぐらい振り回されている。
昔はただの『エリックお兄ちゃん』と呼べるだけの存在だったのに、いつのまにこうなったのやらさっぱりだ。物心付いてない頃ではないのは確かなんだけれど、とても覚えてはいない。
気が付けば、週四ペースで毎日の職務をきっちり終えた後、わざわざ私に会いに来てべたべたべたべたしていくこいつのお陰で、私は午後は殆ど暇がなくなってしまう事だってしばしば。課題とか予習とか復習とかの邪魔をしないのが唯一の救い。
しかもその間の、この歯の浮くようなセリフを聞く時の恥ずかしさといったらもうなんというかね、本気で私の歯が溶けたらどうしてくれる、といった感じなのである。
その恨みも込めてか反抗する言葉と手にも力が入る。
エリックは負けじとやり返す。
反抗する。やりかえす。押す。押し返す。繰り返されるその応酬。
そんなやり取りを止めるように、家庭科室のドアが音を立てて開いた。
「あっ、ちょっと……」
天よりの助けか、と思って、そちらの方を向き、入ってきた二人をみて泣きそうになる。
一人は茶髪に碧眼の同級生、ダフィラシアス=テルブ。この学園に入った時からエリックと私を主に見物するために絡んでくる中流貴族の次男。それでも一応私の一応男友達だ。 もう一人は、ころころと笑うのが可愛らしい、私の親友、チヨ=サノモンである。
どうやら二人も自作のクッキーを取りに来たらしい。ならせめて助けて欲しいけど、私の願いは届かないだろう。なぜならこの二人はただ面白がってるだからである。今まで積極的に、こんな状況から助けてくれたためしがない。彼らはエリックの味方なのだ。理由は面白いから。
予想通り二人は私達を面白そうに見た後、さっさと自分のクッキーを取って「じゃーねー、頑張って」という他人行儀な言葉を残して出て行った。一応、友達だよねえ、あんた達? と問いかけたくなったけど、返事が想像できるので止める。
……いっそのこと来ないで欲しかった。無駄な期待をかけた自分が虚しく思えるじゃないの。
そして背後の色ボケ王子よ、猫みたいに頬を擦り寄せるんじゃない。
「ねー、だから頂戴」
エリックが子供のようにだだをこね始めた。
「ソフィアが初めて作ったクッキーでしょ? なら俺がたべなくちゃなんないの」
「はあ!?」
なんなのそのどこぞの男子学生みたいな理屈。義務教育12歳で終わらした天才的18歳がいう台詞じゃないでしょう。
「でさ、塩と砂糖間違えてて、適度に飲み込みにくくって中が半熟してたりするんだけど、俺が全部たべるんだぁ♪」
どこの少女漫画だそれは…!
しかもきらきら目を輝かせてるんじゃない、この万年色ボケ男!
そう言われればそう言う程、やりたくなくなってくるのが分からないのか!?
「あっそ。でもときめかないわよ。誰も」
「いいの! ソフィアの、クッキー食べたいんだよ。
 初めてでしょ」
目を潤ませて気色悪い仕草をしながらエリック。
「初めてだからこそよ! どうしてこれがあんたのおやつになんなくっちゃなんないの」
それはね、と言って、エリックはようやくしがみつくのを止めて私の正面にまわり、にっこりと嫌ぁな笑みを浮かべた。
なんか、背筋がぞくっと来たんですが。
私は自然に身構えようとした。そして。

明らかに昼を抜いたレベルの腹の悲痛な、まさに、ぐー、という音が、家庭科室に響き渡った。

・・・昼を抜いた腹の音?
ここに居るのは私とエリックのみ。勿論私はそんな悲痛な音を立てる乙女じゃあない。昼食はさっきばっちり摂った。友達からは食べ過ぎだと言われたけれど食の喜びを私はとった。ということは残る可能性は一つなわけで。
「エリック、あんたまさか」
「ふっ。ソフィアへの愛においては、ソフィアがそう言った時のために昼を抜くなんて簡単なのさ! さあ、ソフィアの優しさを俺に頂戴!」
アホーーー!!
「馬鹿じゃない!? 私がもし失敗してたりしたら、どうするつもりだったのよ!?」
エリックに怒鳴りつけると、エリックは仁王立ちで自慢げに、
「失敗しても愛の力で乗り越えるもーん! 考えてなかったし!」
それは国交の場で裏の裏をかきまくる王子が威張って言う事じゃない。しかももーんてなんですか王子様。愛の力なんて精神的なもので現実がどうにかなるものか。……なりそうなのがエリックなのが恐ろしいのだが。
それとまあ絶妙なタイミングで鳴るエリックの腹。
呆れて物も言えなかった。そして家庭科室に静寂が満ちる。なんか世にも奇妙で表現しがたい沈黙だった。
それを切り裂くのはやっぱりこの国の宝の腹の音。
夕日が赤くエリックに照りつける。その顔は綺麗なのに、響くのは間抜けな腹の音。しかも静寂と相まって妙にリズミカルですらある。
困った。こんな事されたらあげないわけにいかないじゃないか、人として。
エリックの顔を見ると、情けない音を立てているくせに、何もかも見透かしたような瞳で微笑まれた。
……何だろう。体が火照る。
……全部、見透かされていたのだろうか。
「……ほら」
エリックにクッキーを渡す。
「味の保証はしないから」
はーい、とエリックは嬉しそうな笑みを浮かべた。あの全てを見透かしたような瞳のまま。

……本当は。
本当は、最初からあげるつもりだった事を、エリックは分かっていたのだろうか。
素直に渡す事が出来ず、抵抗していた事を分かっていたのだろうか。

情けないのは、どっちの方だろう。本当はさっさと無抵抗にあげようと思っていたのに、どうして素直になれないんだろう。エリックがこうなった頃を覚えていない私は、私が素直になれなくなった頃も覚えていない。
「有り難う、ソフィア!」
これが恵みの雨とばかりに、エリックはざっと一気にクッキーを口に入れてほおばる。その嬉しそうな顔が、なんだかくすぐったくって、全身がむずがゆくなる。
けれど、一瞬体の動きを止め、意を決したような顔をしてエリックはそれらを飲み込んだ。
どうして一瞬体の動きを止めるんだろう。嫌な予感が背筋を走った、その時。
エリックの体が、ゆっくりと床にくずおれた。
「エリック!?」
急いで駆け寄ると、その頬は青白い。でも、クッキーの欠片は一つも付いていない。
強烈な寒気が体に走った。
家庭科室の扉が開き、のぞき見をしていた風のテルブがエリックを抱え、チヨが保健の先生を呼びに行く間も、私は動く事が出来なかった。




青と茶の瞳が開き、はっきりと光を宿して私を見た時、思わず叫んでしまった。
「馬鹿!」
「ふぅえ?」
エリックは目を覚してぼけた声を上げる。
あれから血の気の引いていく体を奮い起こして、どうにか保健室にエリックを運び、袋に残った破片を食べて分かった。
あれは私の人生最大の失敗作。食べ物なんて言うのもおぞましい代物だった。倒れて当然といえよう。どうして家庭科の調味料から出来てしまったのかが不思議なほどの毒に等しい代物だった。
別に材料がどうだったとかいうのではない。ただ、量のバランスとか入れ間違えとか焼き加減とか、いろんなものが積み重なって強烈な不協和音を奏でてしまっていたのだ。
「あんたねえ、吐くとかしなさいよ!」
「だって、ソフィアが初めて作ったクッキーじゃない」
私の抗議をものともせずに、にっこりとエリックは笑う。
綺麗な顔で、本当に嬉しそうに、その手で私の頭をなでながら。
それがあまりにも優しくて温かいものだから、なんだか泣きたくなる。
なにそれ。そんなので食べたわけ? アレを。超絶不味い毒クッキーを。
浮かれた私は、味見を忘れたのにも気付かなかったのに。抱きついてくるエリックと話をして、あげて、喜んで貰う事しか考えなかったのに。
ほんと、どこの少女漫画なんだろう。
「・・・ごめんね」
「うん? いいよ。ねえソフィア、惚れ直した?」
真っ青な顔で、それでもしゃあしゃあと聞いてくるエリックに、
「馬鹿」
私は背を向けると、誰にも聞こえないように呟いた。
「……ちょっとだけ」
けれどエリックは地獄耳でそれを聞いて、喜びの声を上げる。
心臓が脈打つのが聞こえる。心地良い熱に、どこかくすぐったい気持ち。この気持ちが何なのか、私にはまだ分からない。
ただ分かるのは、この気持ちを感じるのが、エリックだけという事。
エリックが、初めてだという事。

第一話END

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