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水玉。
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水玉。

 どん、と大きな音がしたかと思うと、ものすごい勢いで水が渦を巻き、人々を救出にかかっていたラエとルクスはそのまま吹き飛ばされて岸辺に打ち上げられた。
 とはいえ不思議にも岸に叩きつけられるということはなく、まるで水をクッションのようにして柔らかく着地する。頭をひねっていると、ラーマが暗闇の中タオルを手に抱えて駆けてきた。
「寒くないですか、ラエさん、姫」
「…つくづく姫ってガラじゃないのに、変な日だね今日は」
 はは、とどこかおかしい気分になったようで、ルクス軽く笑ってタオルを受け取る。あはは、とラーマも軽く笑い、そして――
 あたりに、異常なまでに大きな咆哮が轟き湖が揺れた。
「…これはまずいね」
 ルクスが呟くと同時にラエは身構える。
 巨大な鱗、輝く牙、なによりとんでもない巨体が揺れる。
 ――湖に、巨大な蛇が出現していた。
 こまったものだね、とルクスがひとりごちる。
「間の悪いことにレコンがいない。どうやって君を鎮めたらいいんだい――ヨルムンガルド」

 *****

 ヨルムンガルドはどういう生物かといえば、ヨルムンガルドである。ミズガルズと呼ばれる湖で生まれた。父親は魔物ロキである。故にミズガルズ蛇とも呼ばれる。全く同じ種の生物は存在しない。彼はその湖、果てはその地方の海岸を覆う程の胴体を有した。
 故に、それは封印を必要とした。自らの意志で姿を変えることはできても、迂闊にその巨大さを用いることが出来るような状態ではならないのだと、自ら願い出た封印である。
 結果、彼は自らの力を封じられ、以来それでも魔物の中でも強い力を持つものの力を全開とすることは許可無くしては許されない事となった。
 だがしかし、今回は違った。許可が出た。しかもその許可の元は『彼』である。『彼』の権限は広く、また今回は彼の怒りも込められた許可だった。
 故に、ヨルムンガルドは咆哮する。自らの力を開放し、湖に満ちたその体で、人々を助けおおせたその後に――怒りをのせて、咆哮する。
 
 それに適うものは限られていた。ヨルムンガルドの力に対向できるのは、少なくとも古の純粋な天使の血を持ったものたちの、それも高位に匹敵する実力を持たねばならないのだ。
 例えば、鍛え上げたレコン=ブラック。例えば、ラーマの一族を10人ほど結集して構成する一団。
 そして勿論、ウリエルにもそれだけの力がある。
 だがしかし、だからといって決して楽に撚ることの出来る相手でもないのは自明だった。
(そんなものを、よくもまあこう軽々と…解き放てる)
 これだから「あれ」は、とウリエルは視界の中暴れまわる巨体を捉えながら、内心また舌打ちした。しかし自分が元々呼んだようなものである上、それだけのことを今後ろをついてきている湖の長の下についていた者たちはやらかしてしまったのだから、仕方ない事ではあるし、想定内ではあったものの、厄介であることに代わりはないのがこれまた面倒である。
 湖の周辺にいたらしい者たちは早々に離れてゆくようで、チラホラと移動する気配が感じられた。この祭りにいる時点で彼らはそこそこの力は持っているだろうし、持っていなかったとしても力のある者達に連れられてここに来ているのだろうから、特に保護する必要もないだろう。ここにいる「普通のモノ」など、強いて言えばラエぐらいだが―――
 …その、ラエも、結局は。
「………」
 ウリエルは唇を噛みしめ、けれどもそれを振り払うかのように更に強く空を切って進む。
 どうして自分はこうなんだろうか。別に人の為云々とか、そんなことをうたえるほど自分はお人好しではない。
 けれど。
「…どうして」
 自分の、いざ、自分が守りたいものは――
 と、そこでウリエルは気がついた。『いる』。
 何か――純天使でもなく勿論後ろで倒れている『あれ』でもなく、湖の主でもない、しかし覚えの有る何かが、いる。この湖のそばに、確かに、いる。
 咄嗟に下を向いて視線を湖の周囲に巡らせる。なんだこれは。一体誰だ。
 その気配は湖の直ぐ側にいた。黒い服を纏った人影がじっと顔を上げてヨルムンガルドを見つめている。
 ウリエルはそれが誰なのかを探ろうとする。そして――ふい、と顔を上げてこちらを見つめたその人物と――目が合った。
「…!?」
(馬鹿な)
 まさか。まさかまさか、まさか。
 ウリエルは目を見開く。いや違うはずだと自分をごまかそうとしても、はっきりと分かっていた。『あれ』だ。間違いない。
 まわりに響きわたるような気配も持たない。純然たる、純粋なる、どこまでも人間である人間の中で自分に気づき、目を合わせることができるものなど――『あれ』しか、いない。