あの、青い空の下で。





さんがつ いちにち はれ
きょう のはらであそびました
そしたら かわったいきものが おちてました
ちいさかったので もってかえりました

1

俺が目を覚ますと、知らない天井が見えた。
・・・・・・・・・。
ここ、どこだ?
俺には、もともと家すらなかった、もとい必要無かったのに。
ふと、顔を横に向けてみる。
目に、入るもの。
くりくりとした黒い瞳に、黒の短髪。
ぷにぷにとしてそうな、頬。
幼児だった。4歳くらいの。
そいつが、ぱあっと顔を明るくする。
「あ、め、さめましたか!?」
・・・なぜに敬語。
「・・・うん。ここは?何で俺、こんなとこに」
「ええっとですね、のはらでたおれてたんです」
「・・・」
「でですね、ぼくがもってかえったのですが、
とつぜんおっきくなって、め、さまさなくって」
・・・なるほど。
どうやら俺はあんまりの疲労のために、小さくなって姿も変わるらしいのだが、
このガキがそれを持って帰ったあげく、いきなり元に戻った俺にびっくりした後、
ベッドに寝かせたらしい。
起きあがってみると、正面に鏡があった。
そこに映る、紫の瞳に、紫ががった黒の髪に、整った顔、妖しい(怪しい?)
雰囲気の17,16程の少年。
つまりは俺、紫鬼の姿。
・・・別に、自己中ではない。決して。
「あのですね、ぼく、レア=クルムっていいます」
それからそのガキ、レアは、目をきらきらさせてこちらを見る。
・・・・・・。
きらきら。
・・・・・・・・・・・・・。
「俺の名前?」
「はい!」
・・・なんだそりゃ。
「・・・紫鬼」
「しきさん?」
「何」
「・・・・みょうじは?」
「ないよ」
「・・・はあ」
と言いつつ、不思議な顔をするレア。
「嫌か?」
「いいえ。
で、これからどうするんですか?」
「・・・さあ」
何をすべきか分からない。
なぜなら俺は、この世界の者ではないのだから・・・・。

2

鬼。
それが、俺の生まれた世界での俺たちの呼称だった。
人の負の感情が集まり、一つとなって生まれたモノ。
それが、鬼。
人々から憎まれ、そして大きな脅威として扱われた、存在。
でもって、鬼を退治するのが、いわゆる巫女、神官、エクソシスト。
俺は人の魂を喰う鬼で、憎まれていた。
そして長い間、まあ800年程か。
その中の一人の巫女に、封印されていた。
そして封印が解け、俺はそいつの子孫に復讐しようとしたところ。
その子孫に今度はめためたにされた挙げ句、時空のひずみ、みたいなとこに落とされ、
で、ここの世界にたどり着いた。
俺は人の魂を喰わないと生きていけなかったのに、なんちゅう事をするのだ。
そして。
ここの世界で目覚め、気付いた。
ここのモノの魂は、丈夫すぎて喰えない。
しかも、色々な事が違うと、感覚で分かる。
ちゃんとした“体”もできたから、今まで要らなかった食物も食べないといけない。
しかも、魂に変わるモノも要る。
さて、どうしようか・・・

3

そんな事を考えていると。
「ねー、しきさん」
「ん」
「ぼくとけいやくしませんか?」
・・・。
「けいやく?」
「はいっ。
えっと・・・ぼくがだいしょうをはらうかわりに、しえきされてください」
「・・・イヤ」
何で俺が。
「ええっ!?」
そのまま、黙り込むレア。
「よっし。
じゃ、きょうせいですっ」
「・・・え」
なんだか嫌な予感が。
急いでベッドから降りようとするが、見えない壁でもあるかのように、動けない。
「・・・結界!?」
くそっ!?
弱ってなければ突破できるのに!
「われ、なんじとけいやくをのぞむ・・・・・
まのちからあたえ・・・・そして・・・」
ちょつ・・・!?
「きょうせいけいやく!」
ぐあ、と視界が揺らぎ。
俺の意識はブラックアウトした。



「・・・!」
俺は目を覚まし、ベッドにがばっと起きあがる。
「やった、せいこうです!」
レアが小躍りして喜んでいる。
こっちは、それどころではない。
この、感じ。
間違いない。
レアが代償として俺に供給し続けている物。
魔力。
どうやらそれが、俺にとって魂の代わりになる物らしい。
しかし。
この世界には、レアぐらいしか知り合い(?)はいない。
見ず知らずの他人に、魔力を与える奴は、よっぽど思慮が足りない奴だ。
・・・つまり。
俺は、レアのいいなりになるしかない・・・!?
「しきさん、これからもよろしくです!!」
ぺこりと頭を下げるレア。
・・・ふ、
不安だ・・・。

4

なんだかんだいって、
一ヶ月後。
「しきさん、あそびにいきましょ!」
「おう、で何処いくんだ?」
・・・。
なじんでるし、俺。
なんかこいつといると、調子が狂う。
何というか、拒絶する気にならない。
何度かやってみたけど、何故かレアの頭の中には

遊ぶ=どっちも楽しい
一緒にいて楽しい=好かれる
つまり、
嫌われたら遊ぼう。

なんぞという方程式でもあるのか、飽きずに遊んでくれと言ってくる。
物好きな。
レアは俺の問いに、嬉しそうに手足をばたばたさせて、
「あのですね、みどりがおか、です」
と応える。
「みどりがおか?」
なんだそりゃ。行った事無いぞ。
「しきさんが、おちてたとこです!」
・・・。
ええ!?



ってなわけで。
青い空。揺れる花。見事な芝生。
そしてそこにある、不自然な程草の生えていない空間。
・・・やってきました、緑ヶ丘。
「しきさん、ここです!」
レアが案の定、その草の生えていない所を指して言う。
どうやら俺が着地したせいらしい。
「ここでしきさん、ひろったんですよー」
「そうだな」
言わんでも分かるって・・・。
しかもその上、白いチョークらしき物で人型の印が付けてあったり。死体じゃないぞ、俺。
まあ、いいか。
どこからかレアが木の枝を持ってきて、ぐりぐりと謎の蛇のような絵を描いてゆく。
そしてその横にうねうねと文字らしき物を書いてゆき。
顔を明るくして、俺を見上げる。
「しきさんですー」
俺!?
ちょっと待てよ、もう。
・・・あれ?
どうやらここの文字は日本のと同じらしいのだが、
「平仮名じゃないか」
レアに俺の名の漢字を教えていなかった事に気付く。
「かして」
レアから枝を受け取り、

紫鬼

と書く。
「しきさん・・・?」
「これが俺の名前。
紫に鬼、で紫鬼」
本当は屍鬼なんていう書き方もあるけど、当然、嫌だ。
「そうですか・・・」
と、ちょうどそこでタイミング良く我が腹の虫がなる。
「そろそろ、飯にするか」
「はい!」
レアが顔を輝かせた。
ああ、なんか可愛・・・
おい、俺。
今、何て思った?
断じて人間に好意なんて抱きたくなかったのに。
そう、決めた。
ずっと、昔に。

・・・あいつに、裏切られてから。

「しきさん?」
「・・・なんでもない」
でも、可愛いと思ったのは、本当だ。どうしよう。
「うよぉ?」
レアの体が宙に浮く。なに?

誰かがレアを抱え上げている。
うす茶色の髪に、漆黒の瞳。まあまあ整った、年齢の読めない顔。ハイキング用の格好。
その人物は、静かに、ほのぼのと笑っていった。
「やれやれ。レア、探しましたよ」
・・・!?
レアがその男の顔を見る。
「・・・・おじーちゃ!
ひさしぶりです!」
なにっ!?
若っ!?
驚く俺を見、レアのじいさんは笑う。
「初めまして。
君が、噂の紫鬼君ですね。
レアの祖父、マイチ=キチノヤです。
よろしく。
ウリュース魔法学校で、教師をやっています」
レアを下ろし、しばらく遊んでくるようにとマイチさんはレアにいい、
俺と向き合う。
そして言った。
「なんか、悩んでますね」
何故、分かるんだ。
警戒した俺の表情を見取ったのか、
「あのですね。
 あんな深刻そうな顔していたら、何か悩んでいるという事ぐらい、
 分かりますって」
「そうか?」
「ええ」
そう言って、またにっこり。
うさんくさい。激しく。
なんだか底が知れないし。
「あんな顔ばっかしてると、レアが悲しみますよ」
「別に。関係ない」
「おやおや。・・・っざけんなよ・・・」
・・・え?
「・・・は?」
「いえいえ。何でも」
聞こえましたって。しかも、目が全然笑ってないし。
「なら、話してみなさい。
 こっちは一応学校の教師ですから。
 そう言う面では、関係ありますよ。
 っていうか、言いなさい。気になります」
・・・命令ですか。
このままだとレアにこの人が命令するよう頼む事は必至。でも俺はレアに、聞かれたくはない。
「・・・もう人なんかに、気を許すもんかって・・・思ってたんだ」
なら、聞いてもらうしか、選択肢はないわけで。
「なんでです?」
よみがえる、嫌な思い出。

京。

俺の親友で、そして、
俺を、裏切った男。

5

それは、まあ・・・1000年程前だったか。

「遅いぞ、京」
俺は平安京かなんかの外れの野原で、駆けてきた少年、京に声をかけた。
少し切れ長の茶の瞳に、黒の髪。
顔は少し鋭そうなまあまあ整った作りをしており、体には無駄なく筋肉がついていて背は高い。
「ごめんごめん」
「まーいーけど」
そう言いながら、俺は京に笑いかける。
「あのさ、紫鬼」
「ん?」
「神社でな、祭りがあるって言うんだ」
「・・・神社ぁ!?」
「おう。でさ、俺実は女の子と行く約束してんだ」
「うっはー」
「でも何話したらいいかわかんねーんだ。紫鬼一緒に来て〜」
「ちょいまてこら」
俺は鬼で、神社なんか行ったら即浄化されて終わり。
それは当然、京も知っている。
・・・なのに友達になってきたもんだから、変なんだが。
「だーいじょうぶ、俺がどうにかするって」
「・・・分かった。じゃ、・・・行ってやるよ」
に、っと京が笑う。
その笑顔を信じた俺。
愚かだった。
裏切られる事も知らず。京の手で、半身を吹っ飛ばされる事も知らず、こっけいに。
京がその神社の神主だというのもしらず。
ただ、京を信じていた。

6

「・・・で?」
「・・・神社の神主だったあいつに腕と足、一本ずつとられた。
 再生に20年もかかった」
「それはまた、壮絶な。
 しかしあなた、馬鹿ですか」
なんだと!?
「レア、ちょっとこっちへ来なさい」
・・・?
レアの祖父は走り寄ってきたレアをつかみ、ひょいと持ちあげる。
「これとそれが、同じわけないでしょうが」
「れあ、これじゃないですーっ!」
・・・いや言われればそうなんだけど。
「でもなんか納得できない」
「私のこの可愛すぎる孫でもですか?」
・・・つくづく祖父馬鹿・・・
「ああ」
「でも、悩んでるんでしょう」
「ふみゅ?なんですか?どしたんです?」
「ああ、紫鬼君は今時珍しい“ぢ”なんですよ、若いのに」
な、何を言うかーーーー!?
「“ぢ”?」
「そう、“ぢ”」
「・・・わかんないです」
「分かんなくていいんですよ。
 そういえばレア。何で紫鬼君を使い魔にしたのです?」
マイチさんはレアを降ろして聞く。
「ふえ?
 ・・・えーっと、さびしそうだから、です」
は。
「なんだかしきさんとてもさびしそうだったからです」
「なんだよそれ」
「あと、ぼくなんだかしきさんとともだちになってあそびたかったからです」
「・・・」
ともだちに、なりたいだって?
・・・そうか。
暖かい。胸が、なぜだか温かい。
・・・ああもう。
いいや。
こうなりゃもういい。
悩むのもやめだ。
このにこにこしながらほいほいとこういう事を言うレアを、
嫌おうとしても無理。
普通でいよう。
そんで、一緒にいてやってもいいか。
そもそもあいつとこの幼児を同じ者と考えるのが馬鹿だったんだ。
「しきさん!ひとがはなしているさいちゅうにわらわないでください!」
「・・・はいはい」
「ふみ〜・・・!」
しばらくのち、にこ、とレアが笑う。
「しきさん」
「ん?」
「大好きです!」
レアの笑顔が、まぶしかった。

7

「〜〜〜」
俺は、鼻歌を歌いながらレアの昔の日記を見ていた。
あの頃はいろいろあったなあ・・・。
なんだかんだ言ってあの後、ずっと俺はレアの使い魔だ。
レアも使い魔の一種で、グルナという種族だったというのは、あれからすぐに教えられた。
自身も幾つかの使い魔を従え、またはこの世界のどっかから魔物召喚を行って操る。
と言っても、今は人の血が混ざる事も多く、普通の人と変わりなく暮らしている者が多い
のだが。
「ああ!?紫鬼さん、何読んでるんですか!」
ウリュース魔法学校生徒寮、1019号室。
つまりはここ、俺の部屋に遊びに来ていたレアが追いかけてくる。
可愛い。さすがは俺が育てた子。
「うわ〜ん、返してくださいよう!」
「いいだろう別に」
「よくないです!」
「おいおい、騒がしいなあ」
キョウ(注:クラスメート・SNOW AND CHERRY参照)が
ドアを開けて入ってきた。
「あ、キョウ」
「ほれ、緑茶」
キョウが茶の葉を差し出してくる。ちょうど茶の葉がきれていた。
「おう、ありがと」
「紫鬼さん!」
「はいよ、これ」
レアは日記を受け止める。
「なんだ、それ」
「レアがもっとちまくって可愛かった時の日記」
「ふ〜ん」
「それより、何か食うくか?」
「おう!」
キョウが笑う。
さて、何を、出そうかな。俺は袖をまくり上げた。

8

レアの日記には、こう書いてあった。

とっても たのしいです。
ずっと しきさんといっしょにいれたらいいなあ。


心配しなくても。
俺は、一生レアの使い魔だ。
離れていくとすれば、レアの方だ。
それまで、一緒にいてやるよ。
そう、誓ったんだ。

今日も見えている、
あの、青い空の下で。

<おわり>
++++++++++++++++
ここまでお読みいただき、有り難うございました。
++感想BBS
line
index home