旧 く 幼 き 残 響 ・ 1

−関わりだす人々−


Who killed Cock Robin?
I, said the Sparrow,

誰がコマドリ殺したの?
それは私と雀が言った



ウォルア王国王城内、第一王子用の執務室の二つ隣には、会議室がある。
王子への謁見用にも使われるその部屋で、ウォルア王国第一王子・エリックザラット=ウォルア=ウィルクサードと、
「……だから、ここでこの補助金は必要なんです」
「それは分かるけれど、クリスヴァルト。この額は出せません。
 もっと現実的な金額を提示して欲しいんです」
「……どこか、ほかの所を削れと?」
「そう。
 出産費用の公費負担の増額は理解できるけれど、それも入れればやはりいろいろ手厚すぎることになるんです」
「……検討する」
「そうですか。では、検討結果は明日ということでいいですね。もう今日話すべきところは終わったし」
「分かりました」
「じゃあ、これで今日はお開きで」
頷くクリスの正面の椅子から立ち上がり、エリックは書類を手早く片付けると出口へと踵を返した。
「あ、ちょっと待った、エリックザラット」
「……何か」
わずかに眉をひそめて決して愛想がいいとはいえない顔でエリックが振り向く。
「あの、今夜の夕食、一緒にできないか……いや、できませんか?
 いくら五年会ってなかったとはいえ、従兄弟なんですし、いろいろと話がしたいのですが」
「……いいですよ。夕食時に私が食べている場所に来てください」
「へっ……」
それでは、とエリックは部屋から出て、廊下を歩きだす。
扉の閉まった音が聞こえてから、エリックの後ろをついて歩くレコンは主に声をかけた。
「殿下……あなたの食事場所は、食堂では?」
「うん。あいつがそこに来て定食食ってもいいって言うんなら話す」
「……それ以前に、ウォルア王国皇太子殿下が食堂でA定食を頬張っているという発想があちらにあるかどうかだと思いますが。
 まあそれはそうとして、食堂に殿下がいることが分かれば来るでしょう。その場合いかがいたします」
「うん? 来るかなあ」
「私の『勘』ではありますが、おそらく来ると思われます」
「そう?」
「ええ」
「じゃあ、話すよ。信用するにしろしないにしろ、あそこにはいっぱい兵士もいるしさ。
 レコン、同席してね」
「はい」
「……いやに警戒するねえ、殿下。仕方ないかもしれないけどさ」
後ろから話に加わったルクスに、エリックは苦笑して返す。
「そりゃそうだろ。初めはあいつの父親が王になるって話だったのに、親父が政治闘争に勝って王になっちまったんだから。
 そんで親子ともども封じられた領地は南部と北部の境で、南部の中心ほどじゃないにしろ、治安とかの問題が山積みだ。
 普通、恨んで憎むだろ?」
「うーん……王様を恨むのは分かるんだけどね。
 その子供だから殿下も憎む、っていう性格かどうかは接してみないと分からないよ?」
「知ってるの、ルクス」
「んー、ちょっと前に実家の関係で会ったことがあるんだ。
 なんか結構善良な感じだったよー。うちの女装の弟に引っかかって振り回されてたのが哀れだったけど」
「……うわお……」
エリックは唇の端をひくつかせ、その後ふっと相好を崩し、
「じゃあまあ、もしかしたら憎まれてないかも、ぐらいには思っとく」
そう答えて辿り着いた自室のドアを開ける。
そのままさっと部屋の中を見回したエリックの視線が一点で止まった。
「……ん……? ああ、あいつか」
レコンが持ち込んだちゃぶ台の上にちょこんと載ったボード盤。
10×10マスの、交互に白と黒に塗り分けられたその盤の上に、黒と白に分かれた駒が乗っている。
その並びを見て、少しエリックは考え込み、
「ここをこうして……こう、と。詰み」
いくつか駒を動かして満足そうにほほ笑むと、机のほうへと向かう。
「シェグの詰め問題ですか。……しかし、誰が?」
レコンは盤を覗き込みながら聞く。ルールブックを暗記はしているものの、レコンはシェグにはそれほど詳しくない。だからよく分からないのだが、詰め問題をエリックに仕掛けるほどとなるとそれなりの腕を持った者であることが予想された。
だが、そんな部下は記憶にない。
「んー。俺の腹心の部下」
「テルブ殿でいらっしゃいますか」
「いいや。違う。まあそのうち分かると思うから。
 黒騎士、とでも呼ぶといい、かな」
「黒騎士?」
「そう。他はまあ、お楽しみだ。
 警戒の必要はないぞ。信用できる奴だからな」
答えながらエリックは椅子に座り、ぱらぱらと書類に目を通す。
「はあ……」
レコンはあいまいに返事を返しながら、自分もちゃぶ台の前に座り、書類とペンを手に取った。



虚空に向いた青い瞳が細められ、黒髪が揺れる。
普通に見れば気付かないほどのわずかな表情の変化だが、それでもウィルには相棒の心に浮かぶ感情が手に取るように分かる。
黒いジャケットを羽織ったウィルの相棒は、確かに幸せそうな笑みを浮かべていた。
(……楽しそうだね、この子は)
そのわけを自分が知らないのが、少し悲しいけれど。
ウィルはわずかに目を細め、相棒が奢ってくれるという目の前の食事を口に運ぶ。
そして目を一瞬丸くした後、微笑んで相棒に告げた。
「ルー、ここのランチは良いね。見事に俺好み」
「それは嬉しい」
穏やかに笑うウィリアム=ハルヴォに簡潔に、しかし満足そうに言葉を返し、相棒である『ルー』は自分も料理を口に運ぶ。
「探してくれたの? 僕のために」
ウィルが問うと、ルーは料理を口に含んだままで、ふるふると首を振る。
そしてごくりと飲み込んだ後、
「違う。偶然見つけて、いつかウィルが首都に来たら連れて行こうと思ってた」
また微笑んでルーが言う。
「ふうん。
 ……ねえ、首都は楽しい?」
「楽しい、というか、平和。
 シリアルキラーも少ないし、道に死体も転がってない。
 なんか、『毒』が無いかんじ」
「それは良かった」
「うん」
二人が組んで活動していた南部の都市の名は『マルグク』。
政治的犯罪対策はほぼ通用せず、かつそれを誰も責めない程、当然のように治安が悪い街。
実にウォルア王国内において二十年連続犯罪率一位の座を譲ることはなく、しかもそこに流入するものはなぜか絶えない――そんな『毒』を持った都市の光景を思い出し、ウィルは静かにほほ笑む。
それに比べてここは平和だ。
もちろん北部にだってテロもある。反乱もある。先日も王子が危機に遭遇したばかりというではないか。
けれど、それでも。
道に死体がなくて、泥だらけで餓えた子供たちもいなくて、路地裏に入っても襲われず、殺人鬼なんて滅多にいない。
凍死体はニュースになって報じられ、子供が一人嬲り殺された『ぐらい』で大騒ぎする北部。
人形のようになって転がり、識別票を付けられて安置所に凍死体が回収されてゆく、本当に何かが凍りついたような奇怪な光景もなければ、成人男性五人を殺してやっと『殺人鬼』と呼ぶようになるという狂った感覚もない。
だから、北部は平和だ。そう言えてしまう。
「ウィルは、久しぶりの北部は、どう」
「楽しいよ。実家には帰るつもりはないけどね」
「そう」
それ以上何も問うことなく、他の人には仏頂面、ウィルにとってはきれいな微笑みを浮かべ、ルーはむぐむぐと食事を口に含む。
実家の事についてはウィルが話したいと思うならその話を聞き、ウィルが話したくないと思うなら何も聞かない、という姿勢をルーは取ってくれている。
ルーは一通りの事情は知っているし、元々友であろうと恋人であろうとそういう詮索には関心の無い性格をしているからだが、その性格もその姿勢もウィルはとても好きで、一緒にいるとひどく居心地がいい。
しかし、その居心地の良さを幸福に味わっていても、心のどこかでウィルは自嘲してしまう。
この空間は、この会話は、この目の前の愛おしい相棒は。
限られた時間だけしか、自分のものにはならないのだから。


食べ終わった後デザートを追加し、それを淡々と食べるルー。
ウィルは自分もデザートを頼んでそれを眺めていた。
しかし、ルーの手がふっと止まる。
「どうしたの、ルー」
「……ニュース」
そう言ってルーの視線が向けられた先をウィルも見ると、そこには店の魔導水晶(テレビ)があり、ニュースを報道しているところだった。
「……おや、これは珍しい」
呟くと、こく、とルーも頷く。
ニュースの内容は、ある意味二人にとっては珍しくもなんともないものだった。
しかし、それが起きている場所が問題なのだ。
「北部でこんな事件がおきるなんて、ねえ……」
もしかして僕らの出番かもね。
ウィルがそう言うと、ルーは珍しく何か考え込んでいるような顔になった後、こくん、と一つ頷いた。



『WKKニュースです。
 今日未明、首都ウィルード北区の8番道路にて、ランシャード=エドワーズさん(35)、ヴェスキオ=ディルマーニさん(40)の二人が遺体で発見されました。
 二人は鋭利な刃物でメッタ刺しにされており、犯行現場には犯人よりの声明と思しき文面が残されていまました。
 首都警察はただちに捜査本部を設置し調査に乗り出す事を記者会見で―――』

『BWKニュースです。
 一時間前、ウィルード北区にて死傷事件が起きました。
 鋭利な刃物を用いた犯行であり、加えて犯行声明らしきものが見つかったため、首都警察は未明の事件との関連を調べています。
 被害者はラスク=ヴィラさん(28)、サン=ヴァドゥルさん(25)です。
 ヴィラさんは病院に運ばれましたが死亡が確認され、ヴァドゥルさんは重傷ということです―――』




第一日、第一節:旧く幼き残響・1 おわり
第一日、第二節:連続(仮) に続く

※冒頭のマザーグースは http://www2u.biglobe.ne.jp/~torisan/ を参照しました。

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