王の苦悩

〜歴史の狭間に〜

私の名はディクレサス。
このウォルア王国の第一王子だった。今はもう王だ。
私には双子の弟がいる。
クレハレイクと言って、見かけは親でも私とたびたび間違う程、私と似ている。
しかし中身はまるで違う、と思う。
私はどうしようもない、ただ王家に生まれただけの凡人で、はっきり言って王など、似合わない。
クレハレイクは天才だ。
弁論が上手く、人付き合いもとても上手い。
負けず嫌いなところもあったが、今の時代においてはあいつの方が王にふさわしいはずだ。
とにかく私は、今からここに、今私がどのような事態に置かれているか、クレハレイクがどんな者なのか、そして我が愛する妻との事を、限られた時間でつづっていこうと思う。

+++

25年前。
私はクレハレイクより少し遅く生まれたという理由から、第一王子という位を与えられた。
父と母はその時すでに齢35を越えており、遅くして出来た息子二人にこれでもかという程の愛情をくれた。特に嫡子である私には目をかけていた。
私とクレハレイクはいつも一緒で、一緒に遊んで一緒に勉強し、いたずらして怒られる時も一緒だった。
クレハレイクがいたずらを思いつき、私がそれを実行できる計画にする。そうして遊んでいた時、どんなに楽しかったか。
フィアナと出会ったのはそんなときだった。
私達は木の上から蛇(実物)をたらすいたずらに当時はまりまくっていた。
しかも、女の子の上から。
王権が強い時代だったので誰も私達に文句を言わない。(教育係のデイヴィットは別として)
そんな感じでまあ調子に乗っていたのだろう。
その日も私達は新入りの使用人の子供であるフィアナに蛇をけしかけた。そして蛇をものともしない、王族の権力をよく知らなかったフィアナにしばかれた。
温室育ちの私達と、田舎育ちの彼女とでは腕力も筋力も違ったのだ。
「蛇嫌い! つまりあんたら嫌いー!」
彼女を最初に見た時浴びせられた罵声は確かこうだったと思う。
「でも遊ぶ相手いないから、遊んで!」
そのあとなんだか色々矛盾している発言を浴びせられた。
貴族以外の友達は確か、あれが初めてだったのだ。
栗色の髪に栗色の瞳、そして瞳の中にあるキラキラとしたもの。
私の、彼女への第一印象は、恥ずかしいが、女神そのものだった。
それからすぐ、私達は仲良くなった。
しかしフィアナはクレハレイクと仲が良かった。
もちろん私とも仲が良かったのだが、子供ながらにやきもちを焼いた事は覚えている。

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それから数年たち、私達は貴族のみの通う学校へ行く事になった。
そのころにはもう私とクレハレイク、ああもう、クレイと呼ぶ事にしよう、との才能の差は歴然だった。 少なくとも私にとっては。
だが周囲にとってはそうではなかったらしい。
やはり最初は将来の事を気にしてか、私の方に人が集まった。
私はその時、父に王はクレハレイクの方がふさわしいと奏上していたが、父は頑としてそれを受け付けなかった。今になって私が置かれている状況を考えれば、それも当然だったのかもしれない。
父はクレイの負けず嫌いで人に勝つ事が好きな所に危うさを感じていたのかもしれなかった。
まあそれも今となっては意味のない事だ。
話を元に戻そう。
やはり性格というのか、その年の半ばになってからはクレイの方に人が集まるようになっていった。
私はクレイの兄として結構傍にいたが、その友人関係を全て知り尽くす事は出来なかったぐらいだ。
対して私は愛想も悪い、と言うか、クレイ以外の人付き合いはそれまでフィアナだけだったので、人付き合いもうまくいかなかった。
それでも何故か、多分王権も何も関係なしに付き合ってくれる、テルブ家のダリルなど、良い友に恵まれる事が出来たので、それでも良いかと思えた。
よくクレイが羨ましいとか、そんな事を言ってきたので、素直に嬉しく思って、調子に乗って、羨ましいだろうとふんぞり返った。
それも間違いの一つだった。
後で知ったところによると、クレイには私とは逆に王権目当てで、しかし私とは付き合いたくない連中が近づいていてクレイはかなり苦労したらしい。
だからそれを知らず調子に乗って自慢さえしてしまった私の行動もあって、クレイは捻れていった。
とても微妙に、私ですら気づかぬ程度に、しかし確実に。
それと共にクレイと私、そしてフィアナの距離は疎遠な物になっていった。
使用人と王子なのだから、当然なのかもしれない。けれど私はやはりフィアナに会いたかった。
だから人目を忍んでフィアナと城の中庭で会って、遊んで、話した。
クレイを誘うのは昔クレイの方がフィアナと親しかったから遠慮した。
けれど、どこからかクレイはそれを聞きつけて私達と一緒に過ごすようになった。
今度はクレイがやきもちを焼く番だった。
私とフィアナは、その頃にはすでにかつてのクレイとフィアナ以上に仲良くなっていた。
対照的に、何故かフィアナはクレイをさけるようになった。
「なんだか昔と変わっていて、嫌な感じがする」と理由を尋ねた私にそう答えてくれたが、私はさっぱり分からなかった。
私はクレイの傍にいすぎて安心していたのかもしれなかった。
クレイは私決してを憎んだりしないし、裏切りはしないと思っていた。
そんなはず無いというのに。
クレイも人だ。間違っても聖人君子ではない。けれど、聖人君子を演じ切れる程の技術はある。
だから皆、私すらそれに騙された。
ただ少しおかしいと思ったのは、私達が学校に入って6年程たった16歳の時、私と我が愛するフィアナが交際する事になった時だった。
それを告げた時、クレイは「良かったじゃないか」と言って喜んでくれた。
だがしかし、その表情の裏に、何か私は得体の知れない物を感じた。
私が、実は気が付いていて、しかし気付いてないと思いこんでいたもの。
どろどろとしたヘドロのような物。
それがクレイの目に一瞬凝縮されて見えたのだ。
しかしそれは一呼吸する間に消え去っていてしまった。
その後一週間はそれが頭から離れなかった。
見間違いだ。クレイはあんな目をする奴じゃない。いいや、クレイだって人間だ、聖人君子じゃない、でもそれならあいつは私を憎んでいる事になる。
そんな事をずっと考えていて、それから私はそれを見間違いとした。
けれど今なら分かる。あれは私に対する憎しみや、私が知らずに得てしまった物への妄執だったのだ。
何度かそれからもふとした拍子にそれが浮かぶ事が多々あった。
しかしそれらを私は誰にも話さなかった。話してはいけないような気がしたからだ。
そして私は2年の交際ののち、周囲の貴族の反対を押し切って結婚した。
勿論ダリルたちは賛成してくれた。
良い友とは何物にも代え難い。
薄いピンクのヴレイヴ・ラーサのブーケを持ち、白いドレスを着たフィアナの晴れ姿は、今でもありありと思いだせる。
それを待つかのように、およそ6ヶ月後、母と父が相次いで亡くなった。
そして私は即位した。王として。
その8ヶ月後に我が子、レヴィスレインが生まれた。
とても愛らしく、とても利発な子に育った。そうとしか言いようがない。たとえ親バカだと言われようと。
あの子はどうなるのだろう。
私は先に逝く。そう決めている。だからウイント王国に少しの間預かってもらっている。
私は、歴史史上稀な無能な悪王として名を残すだろう。
すまない。そうとしか言いようがない。レヴィスがこの日記を見つけ、ここに書かれた事を見るかは分からないが、私はここにそう書いておく。
愛している、フィアナも、レヴィスも。
そして正直に言えば憎い。
クレハレイク、私をこんな王にしてしまった張本人が。

+++

とにかく私は家族とあたたかい時を過ごす傍ら、政務に励んでいた。
要所要所でクレイが助言をしてくれて、とても助かった。
と言うより、やはり王はクレイの方が相応しいと実感した。
だから一度、退位してクレイに位を譲ろうかと、クレイに相談した事がある。
その時クレイは私の結婚を祝福してくれた時と似た笑顔で、そんな事はしなくていい、王に相応しいのはディクレサスだと言った。
けれどもやはり私ではこの大きな大陸の統治は難しいと思い、クレイに政治の実権の一部を任せる事にした。
勿論クレイの助言で、私とクレイ以外には内密に。
それから暫くは別に何ともなかった。むしろ国が良くなっていったぐらいだ。
しかし、そうしているうちに、なんだか妙な感じになってきた。
しかしクレイをやはりまだ信用していたので、そこら辺はクレイに任せておいた。
しかし、それより更に時間が経つと肌で何かが違うと感じるようになった。
犯罪率の増加、処刑の多さ。
私は手遅れだったにせよ、とにかく持てる限りの能力を使って何が起こっているのかを調べた。
手遅れだった。
税は大幅に引き上げされ、刑法も厳しくなり、貴族の賄賂は高官にまで染み渡っている。その変化が微妙に起こり始めたのは、クレイに政治の実権を任せてから少ししか経っていない時期だった。
しかも何故か私がフィアナを王権を利用してクレイから強奪したとか、税金で歓楽街で遊びふけっているとか、「パンがないならケーキを食べればいい」と言ったとか、とんでもない噂が流れていた。
そのうえ、それを知った直後、私の友である、先述したテルブ家のダリルが実の姉と禁じられた恋にふけっているという噂が流れた。しかも、私が流したという形で。
ダリルは当然私を信じてくれたが、しかし生憎、その噂は事実だった。
本当は諸々の事情があって実の姉弟ではないのだが、何があったのか、愚かにも(私にはそう思える)ダリルの親はそれを認めようとはしなかった。
しかし流れてしまった噂は、時として事実と同等の効果をもたらす。
ダリルの周りの貴族はその噂に敏感に反応していった。
そしてじわじわと、ダリルとその姉を追いつめていったのだ。
・・・どうにか事なきを得、ダリルはまた新しい人生を姉と共に生きようとしたのだが、
・・・いや、よそう。これを読むのが誰かは知らないが、調べれば分かることを書くのも気が引ける。
とにかくそんな感じで、結果的に私が責められる事となった。
私はどうにかその汚名を返上しようとしたが、無駄だった。
私はクレイに嵌められたのだ。
クレイはいつの間にか権力と金の魔力にとりつかれ、それと私のことが相まったのだろう、そんなことをしていたのだ。
双子であることを利用して、私に化け、そして色々なことをしていった。
その一方で自分は兄に利用され、恋人すら奪われた悲劇の王弟というように振る舞っていた。
そして自分を信頼する部下を集め、革命を起こした。
王権と、そして私への恨みを晴らすために。
恨みといっても、逆恨みだということはその時の私には分かり切っていた。
クレイはそういう男だった。騙されていても長年傍にいたのだから分かる。
負けず嫌い、と言うよりは負けることを、何か一つでも自分が人より劣っていることがこの上ない屈辱となってしまう男なのだ。
その屈辱が、双子で、昔は自分に引っぱられていたような私に対しては異常に強い。
昔は自分に懐いていた愛しい者と結婚し、自分が得られなかったような友を得、父の情愛を受け、王になった双子の兄。
たった少し、生まれた時間が違うだけで。
しかもそれを嬉しそうに幸せそうに話す。
それを当てつけだと思いこんで、そして長年その劣等感と、そして妄執をヘドロのように蓄積していった。
だからその立場を逆にしようとしたのだ。わざわざ私が国王の座を譲ろうといったのを断って。
そして私はまんまと奴の策にはまった。
フィアナの正しさに感心すると同時に、激しい後悔と、クレイへの怒りが私の中に渦巻いた。
しかしもう、どうすることも出来ない。
革命軍はもう首都を占領し、後は王城周辺を残すのみとなった。
フィアナはクレイが流した噂を逆手にとって、悲劇の女性ということにしてレヴィスレインと一緒に逃がしておいた。
もうとっくに貴族どもは逃げ出して、軍もない。
味方してくれるのは少数の友のみだ。
逃げてくれと頼んでも、逃げようとはしない。
私にそんな価値があるのかどうか。いや、無いはずなのに。
私はクレイが憎い。しかし、そんな感情に飲み込まれて死にたくはない。
クレイはおそらくもうすぐ私を殺しに来るだろう。
その時に私は言ってやるつもりだ。「負けた」と。
そう言って、クレイに勝ってやるつもりだ。
クレイは私が、自分を殺そうとする弟に醜い感情をぶちまけるのが見たいのだ。
ならば見せてやりはしない。
クレイは短期間で国を腐らせた。ならばもう少し長い時間をかければ、国を蘇らせるだろう。
そう言う意味ではクレイは国民にとってよい王だ。
そう言って、クレイに王権を任す。屈しはせずに。
本当は、ここまでされても、私はクレイを心のそこから憎みきれない。
たった一人の、双子の弟だ。昔からずっと傍にいた。
私はクレイが哀れでもあるのだ。
自分の非を認めることが出来ず、私への恨みでここまでのことを起こした、哀れな男。
だから私はクレイにこの国を任せる。
もしも国民が後悔することになっても、それは私と国民の責任だ。
私はクレイが憎い。そして愛おしく哀れだ。
もう殺される覚悟は出来ている。
その旨をここに記し、私が昔クレイと過ごした、この王子用の執務室の本棚の裏の隠し扉にしまっておく。
いつか誰かが、この日記を見つけてくれることを願って。
歴史に残った悪王の見方を、少しかえてくれればそれでいい。
ディクレサスが書いた物だからと信用しなくても結構だ。
願わくばフィアナとレヴィスレインが立派に暮らしていけることを。
いつかまた、・・・この世に生まれ、フィアナや、ダリスたちと暮らしていけることを。
しかしやはり、こんな宿命を背負うのならば、双子というのはもう嫌だ。


城門が開いた音がする。
フィアナはこんな私を、こんな覚悟を知ったら馬鹿だというだろう。
だからこそ愛している。レヴィスレインも。
これから私は、死にに行く。
この日記を見つけた者へ。
さようなら。そして、ありがとう。

後書き
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