もう一度、巡り逢うために

〜Hurry...〜

『朧。こっちにこいよ』
そう言って、庭に向かって手招きしてくれた彼はもういない。
また、この世に現れてくれると信じている。
けれど、まだ見つけられない。

朧という名を付けてくれたのは、彼、紀人だった。
名が無い、自分が何であるかよく分からなかった時分に、声をかけてきて、
『ならば朧にしよう。少し不安定な、お前に似合った名だ』
そう言って、笑った。
それから、ずっと、一緒に、いた。
紀人が死んでしまうまで。
そうして、私の名は、殆ど知るものがなくなった。
金襴。青玉。そんな名で呼ばれた。
私は、紀人の『朧』と言う時の声が、好きだった。
あの響きが、世界の全てより愛おしいと、何度も思った事がある。
惚れていた。好きだった。
でも、思いを告げるまえに、紀人は逝ってしまった。
だから。

−+−+−

「トムさん。トムさんの本名って、なんなんですか?」
紀子ちゃんが、私にそんな質問をしてきた。
「本名なんて、ないよ」
「そうなんですか?」
「あるといったら、あるんだけどね。
 その名を呼んでいいのは、ある人だけなんだ」
私は、笑ってそう答える。

験担ぎという奴だろうか。
名を他の者には教えない。
私はそう決めた。
もう一度、巡り逢うために。




霊のいる部屋 / お題