小さな紳士

〜子供ノ心〜

「エリック兄ちゃん!」
石畳の街道を歩いていると、幼なじみのソフィアが駆け寄ってきた。
エリックはにっこりと笑うと、そのまま胸に飛び込んできたソフィアを抱き留める。
「ソフィア、またおっきくなったなあ」
「うん! いつか、エリック兄ちゃんを追い越してやるんだ!」
それは無理だ。
長身の父を思い浮かべる。そうでなくとも男女の差がある。
しかし三歳違いとはいえ、ソフィアは本当に力があった。
そのくせすぐ壊れそうで、とても扱いにくい。
「あらあら。エリック君、有り難うね」
ソフィアの母が歩いてきて微笑む。
「はい。この後、何か用があるのでしたら、お預かりします」
というより、それが目的だった。
「じゃあ、よろしくね」
そう言ってさっさと目当ての店に入っていく彼女を見送って、エリックはベンチに座ると、綺麗な琥珀色の飴を取り出した。
「あめちゃん!」
ソフィアがそれに手を伸ばして笑う。渡すと、迷いなく口に放り込んだ。
「オイシーねー、エリック兄ちゃん」
「うん」
なにせ、うちの御用達の中で一番美味そうな奴を買ってきたからな。その一言を飲み込む。
「そういえばねえ、よーちえんでもね、あめ、たべたの」
「そう」
幼児園である。本当は。
「でね、ディンくんが、あめくれたの。じぶんのぶん、くれたの」
ぴくりとエリックの耳が動く。ディン君。誰だ。
「だから、そのあとでね、ぷりんをかえしたの」
それ、俺が欲しいよ。ソフィアのプリンなら小遣い全部使ってでも欲しいよ。
「ふうん。よかったね」
叫び出したいのを押さえてにっこり笑うと、ソフィアは、えへへ、と幸せそうに笑った。

+++

「あら、楽しそうね」
ソフィアの母は買い物カゴに野菜を詰めながら、目を細めてその様子を見守る。
いつもソフィアと遊んでくれる、良い子だ。ただ、それがこの王国の王子というのが驚かれるが。
「仲が良いわねえ。何の話をしているのかしら」
どうせソフィアが色々話して、エリックは適当に相槌を打っているだけなのだろう。頭も同年代の子供よりは遙か上を行っているだろうに。
「まるで、小さな紳士ね」
そう呟いて、ふっと微笑んだ。

+++

その後、小さな紳士によって、『ディン君』はいつの間にか姿を消したそうである。




 王子と娘 / お題